60話 【呼び出し手】と渓谷の観光
宴のあと、俺や神獣たちは竜ノ宮の一室で宿泊していた。
岩の中ではあるものの、蒸し暑くも冷え込んでもおらず、思っていた以上に快適に体を休めることができた。
それから翌日早朝、妙に暖かいなと思いつつ目を開けると……。
「……翼?」
目の前には翼があり、体を起こして振り向けば黄金に近い琥珀色の鱗が見えた。
これはもしやと思った時、翼で俺を包んでいた体が動いた。
「うにゃっ……お兄ちゃん、起きたの?」
ローアはそう言い、翼を広げて大きく伸びをした。
……どうやら俺は、いつの間にかローアの翼の内側の方で寝ていたらしい。
しかし昨夜は確かに寝具の中に包まっていたのに、どういうことだろうか。
「ローア、俺っていつの間にここで……?」
「うーんと……あれっ、わたしがお兄ちゃんを包んだんだっけ? そんな気がするけど……みゅーん……」
首をかしげるローア。
まさかと思うが……。
「ローア、昨日の記憶が曖昧とか?」
ローアは小さく頷いた。
……なるほど、つまり酒のせいか。
それで大方寝ぼけて、夜中にドラゴンの姿に戻り、俺を包むようにして眠ったのだろう。
そう考えていると、ローアは人間の姿になって「あ、でも!」と顔をしかめた。
「昨日の夜、お姉ちゃんたちに何かだかいじわるされた気がするー……。それが嫌で、お兄ちゃんと一緒に寝たいと思ったところまでは覚えてるよ?」
おお、そこはちゃんと覚えているのか。
けれど蒸し返す必要もないだろうと、あえて何も言わないでおく。
そしてローアが人間の姿になる際に発した光で、もそもそとマイラたちも目覚めていた。
「二人とも、おはよう。……あらっ、こんなところで寝ていたかしら?」
「……ふむ、妾も記憶にないな」
「マイラもクズノハも酒のせいで記憶が飛んでるのか……」
我が家の神獣たちは、飲みたがる割には酒に弱い。
昨日は皆揃ってドラゴンたちとかなり飲んでいた様子なので、記憶が飛ぶのも無理はないかもしれない。
「……あたたた、頭が痛いです……」
「……zzz……」
二日酔いの気配を漂わせるリーサリナに、未だに爆睡中のフィアナ。
俺は仕方がないなと、フィアナを揺すって起こした。
「爽やかな朝だな……」
竜ノ宮の近くにある大滝へ行き、思わずそう呟いた。
朝日が大滝の水飛沫を照らし、水飛沫の霧が程よく体を冷やして目を覚ましてくれる。
大滝付近の泉で顔を洗っていると、マイラが言った。
「ここの水、凄く魔力を含んでいるわね……。やっぱりドラゴンが大きくなる理由は、この水にもあるのかしら?」
「……んっ、そういうものなのか?」
興味から聞くと、マイラは手のひらから神獣の力で光を放って、水の鑑定を始めた。
「前に王都に出たベヒモスもだけど、魔物や神獣は魔力のこもったものを摂取すると、体がより強く大きく育っていくのよ。……やっぱりここの水は、外界の五倍以上の魔力があるわ」
「それはそうだよ、だってここの水は地脈から湧き出ているから。大地の魔力をいっぱい取り込んでいるって、前にお父さんが言ってたよ?」
ローアの解説に、マイラは「なるほどね」と納得した様子だった。
自然界の魔力が集まる場所、地脈。
この渓谷は大陸のど真ん中にあり、大陸中の地脈が集まる地らしいので、それは凄まじい魔力を秘めているのだろう。
「それでローアさん、今日はこれからどうする予定なのですか?」
そう問いかけてきたリーサリナに、ローアは言った。
「今日はこの渓谷を、皆に案内しようかなーって思っているの。……セイナ、いるー?」
ローアが空に向かって呼びかけると、控えていたのか、空から緋色のドラゴンが即座に現れた。
セイナーシスは砂埃も立てずにストンと着地した。
「皆さま、昨夜は十分お休みになられたでしょうか?」
「うん、お陰様でね」
フィアナが答えると、セイナーシスは満足げに頷いた。
「して、姫さま。どのようなご用命でしょうか?」
「この渓谷を皆に案内したいんだけど、セイナのお話も聞きたいなーって思ったの。セイナ、渓谷の細かいところにも詳しいから」
ローアの言葉に、セイナーシスは人間の姿になって答えた。
「では、本日はわたしがご案内いたしましょうか。説明役がいた方が、皆さまにとっても都合がよいかと」
「うん、それじゃあお願いね」
それから俺たちは軽く朝食をとった後、セイナーシスに連れられて渓谷の中を巡った。
渓谷のあちこちには精緻に作られた岩の彫り物があったが、あれらはドラゴンの伝統工芸みたいなものだとか。
他のドラゴンに彫り物を作っている過程を一部見せてもらったが、ドラゴンの姿のまま爪を器用に使い、細かく岩を削っていた。
なるほど、もしかしたらあの竜ノ宮もああして作られたのかもしれない。
フィアナはドラゴンの作業風景を見て、うぅむと顎に手を当て、感心した雰囲気だった。
「ドラゴンって意外と器用なんだね……」
「空で会った時はもっぱら喧嘩に発展してたから、日常生活ももっと粗暴なのかと」
「ついでにちびドラはこんな器用じゃないし、意外すぎたかも……あいたぁ!?」
「もう、失礼すぎるもん!」
ライバル種族の意外な一面に、心の底から驚いている様子であれこれと呟いていたフィアナ。
しかし最後の一言が看過できなかったようで、ローアに後ろからぺしっと叩かれていた。




