58話 【呼び出し手】と渓谷の主
竜ノ宮は渓谷の一角を彫って造られているらしかったが、内部は清潔感のある白色で統一されており、本当に岩の中にいるのかと疑うほどだった。
「お兄ちゃん、床とか壁が気になる?」
隣を歩くローアは、周りの壁を眺めて話し出した。
「この渓谷は、魔力を通すと真っ白になって硬度が上がる特殊な岩でできているの。白陽石……だったっけ。この竜ノ宮も、その白陽石を掘って造られているの」
「だからこんなに真っ白なのか。でも岩でここまで大きな居城を作り出すなんて、ドラゴンたちの技術も侮れないな……」
そうやってローアたちと話しつつ歩いていると、ひときわ大きな広間に出た。
成体のドラゴン基準で造られているそこは、やはり人間の俺からすれば広大以外の感想が出ない場所だった。
……すると。
「ほうほう、家出娘が戻ってきたか。全く、帰りがあまりに遅いではないか」
真上から重低な声とともに、まともに立っていられないほどの暴風が吹き荒れた。
辛うじて目を開けると、広間の真上には二体のドラゴンが羽ばたいて、現れていた。
他のドラゴンたちもローアに比べれば圧倒的な巨体だが、明らかにそれ以上の巨躯を誇っている。
前に王都に現れたベヒモスほどではないが、逆に比較対象としてはベヒモスや王都の城壁くらいしか出てこないような。
それほどまでに、巨大で立派な……金の鱗を持った竜と、大地の色である褐色の鱗を持った竜だった。
特に金の鱗を持った竜は角が王冠のように捻れ、荘厳な気配を漂わせている。
このドラゴンがローアの父親である竜王かと、滲み出る雰囲気と膨大な魔力で把握できた。
「お父さん、お母さん……じゃなくて。お父さまにお母さま、ただ今戻りました」
一応は竜の姫君らしく、この場では言葉を正して一礼したローア。
竜王はローアの前へ、褐色の竜……恐らくはローアの母親と共に、ゆっくりと着地した。
それから竜王は「うむ、この場ではそう呼ぶがいい」と、静かに話を続けた。
「これまでの話は、大方セイナーシスから聞いておる。出奔した後、【呼び出し手】と共に【魔神】を討伐したと聞く。それについては大層な働きをしたものだ。流石は竜王の系譜に連なりし我が娘、褒めてつかわす」
「……」
ローアは静かにしていたが、それでもその雰囲気から、明らかに喜んでいる様子だった。
やはり父親から褒められて嬉しいらしい。
「とは言え、本来であれば勝手にこの渓谷を出たお前を折檻せねばなるまいが……」
竜王のその言葉に、ローアの体がぴくりと跳ね上がった。
さてどうなると俺も構えかけるが、竜王は強面ながら……よく見れば小さく笑みを浮かべていた。
「そう恐れるな。命がけで【魔神】を倒して帰ってきた娘を叱るというのも、中々に情がない話だろう。……お前の多大な功績に免じ、許しを与える。それに今は、大切な客人の前でもあるからな」
竜王がそう言った途端、ローアは安堵したように脱力して翼を下げた。
……やはり勝手に故郷を出ていった身として、叱られる覚悟はしていたのだろう。
ローアが怒られれば、俺も庇うつもりではあったけれど、穏便に済んで何よりだった。
「して、そなたが【魔神】を二柱も滅した【呼び出し手】か。よくぞ我が娘を連れ、遥々この地まで来てくれた。礼を言う」
「いいえ、こちらこそ迎えていただきありがとうございます」
竜王は巨大な頭を、こちらへと向けた。
それから間近で目を合わせるように俺を見つめ、次々に他の神獣たちにも同じようにしていく。
「……なるほど、悪くない目と心の響きだ。そしてそなたを支えし神獣の面々も……ふむ。東洋の九尾に不死鳥の娘など、珍しい組み合わせではあるが、なるほどそれらを束ねてこその【呼び出し手】という訳か」
ふむふむと頷く竜王。
そしてその横にいた褐色の竜……ローアの母なら王妃にあたるだろうか。
その方は静かな声音で告げた。
「皆さま、この度はご足労いただき感謝します。今回渓谷へいらした理由は、ある種の旅行も兼ねていると聞いています。そこでこちらも、今朝より歓迎の準備を進めておりました。ひとまず長話は、宴の席でいたしましょうか。……セイナーシス」
「承知いたしました。皆さま、どうぞこちらへ」
それから俺たちは、宴の場へと通されていった……が。
「ひ、ひえぇ。……あの竜王さま、こっち見てたよ! ローアのお父さんとはいえ、目をつけられたとかないよね……?」
「大丈夫だよ、明らかに歓迎されてたから」
「ご主人さまの言葉、信じるよ……?」
ドラゴンとは対立する種族である不死鳥のフィアナは、竜王の前から移動した途端にあわあわと慌てだした。
その様子に、ローアも「大丈夫だよ、お父さんもフィアナは気に入ってそうだから」と付け足した。
俺はフィアナをなだめながら、セイナーシスの向かう先へと足を進めていった。




