55話 【呼び出し手】と事情説明
端的に言い表せば、セイナーシスの縄張りは深い樹海の中だった。
静かな木漏れ日を漏らす深緑の木々は、その地が生気に満ちていることをありありと示している。
それからローアの背にいる俺について、セイナーシスは樹海に降りた途端、
「姫さまを呼び捨てにしている上、荒縄で荷物まで括り付けているとは……!? 人間!その不敬は死をもってしても償いきれぬと知りなさい!」
……こんなふうに、明らかに敵意丸出しだったのだが。
ローアが「お兄ちゃんに何かしたら、もう口きかないから」と言った途端に黙ってしまった。
……ちなみにその時のローアの声音は、普段では考えられないほどに大人びていて「そんな声出せるのか!」と少しぞくりとした。
それから、人間の姿に戻ったローアがこれまでの事情を話すことしばらく。
「……って訳で、わたしたちは今、渓谷へ旅行に行くところなの。それでお兄ちゃんはわたしの選んだ【呼び出し手】で、周りの皆はわたしのお友達」
「な、なるほど。その方は姫さまに力を認められし【呼び出し手】殿でありましたか。しかし姫さまはその……なぜその方のお膝の上に?」
「わたしの定位置だもん」
胸を張って「ふふーん、いいでしょ?」と言いたげなローアは、あぐらをかく俺の上にちょこんと座っていた。
確かに我が家でも、ローアはこんなふうに俺の上に座っていたりするので、本格的に定位置になりつつあるのは本当だった。
加えてさっきローアにお願いされたのは、セイナーシスと話す時にそばにいて欲しいというものでもあった。
「しかし【呼び出し手】殿にしては、心の声が聞こえぬような……?」
少し訝った様子のセイナーシスに、俺は「ああ」と指輪を一瞬のみ外した。
同時に俺の【呼び出し手】スキルが解放され、力が戻ったのを感じられる。
すると合点がいったのか、セイナーシスは光を纏い、ローア同様に人間の姿になった。
「おぉ……」
思わず、声を漏らして見惚れてしまうほどに、綺麗な容姿だった。
フィアナよりも少し明るい緋色の髪は、腰まで伸びている。
角は人間の姿のローアと同じく、頭から二本、小さく伸びていた。
そして目元は力強く、顔立ちも大人の美貌と言ってもよい方向に整っている。
体つきもローアと比べれば明らかに大人びていて、成体のドラゴンらしかった。
セイナーシスは跪いて、恭しく話し出した。
「これは【呼び出し手】殿、先ほどは大変失礼いたしました。わたしはセイナーシス。以前はローアさまのお世話係や、護衛にあたる者でした。旅路を遮ったご無礼、どうぞお許しを」
「い、いえいえ。そこまで謝っていただく必要は……」
「敬語も不要です。姫さまがお認めになり【魔神】すら単騎で打ち破った【呼び出し手】殿となれば、それは初代の再来と同義でありますので。寧ろこのように接するのが、我々にとっては当然というもの」
ドラゴンの間で【呼び出し手】がどんな扱いなのかはよく知らなかったが、どうも想像以上に丁寧に扱ってくれる様子だった。
その辺りにありがたさを感じていると、セイナーシスはローアへと視線を向けた。
「そして姫さま。今回の帰還は、【呼び出し手】殿と共に旅行とのお話でしたが……」
「むーっ……もしかして、反対? それとも渓谷に戻ったら、もう出ちゃだめとか?」
ローアは腕を組んで、難しそうな表情を浮かべていた。
しかしセイナーシスは、首を横に振った。
「とんでもございません。実はわたしたちの間でも、復活した【魔神】二柱が消滅した件については察しておりました。しかしそれは何者によるものかと騒ぎになったものですが……」
セイナーシスはちらりと俺を見て、続けた。
「そちらの【呼び出し手】殿の活躍によるものとなれば、渓谷の面々もこの方とお会いすることを望むでしょう。加えて恐らく、姫さまの出奔にも大きな意義があったものと、多くの竜たちが認めるものと存じます。恐らく以前のように姫さまの意を妨げることも、少なくなるかと」
ローアは鷹揚に「うんうん」と頷いた。
頭のアホ毛がぴこぴこと揺れている辺り、ローアは大分上機嫌だ。
「それとこの通り、お兄ちゃん以外にも一緒に暮らしている皆も行くから。それについても大丈夫ー?」
「当然です。不死鳥もいるようですが、【呼び出し手】殿に助力し【魔神】討伐の一端を担ったのであれば、最早同胞も同然。それに姫さまも、そこの不死鳥に心を許しているから同行をお許しになったのでは?」
「うーんと……」
ローアはフィアナの方を少しだけ見てから。
「ま、まあ。それは……そうかな」
改めて言うのは照れくさいと言わんばかりに、顔を赤くしてそう言った。
それにフィアナも、どこか嬉しげに微笑んでいた。
「では皆さま、渓谷へ向かうのは明日にいたしませんか? じきに日も暮れますので、本日は我が縄張り内でゆるりと休まれるのが吉かと」
「それはいいけど、条件がふたつ。ひとつはあまり堅いことは言わないこと。もうわたしだって縄張りを持って一人前なんだから、あまり口うるさく言われたくないもん。それからもうひとつは……」
ローアはひしっ! と俺にしがみつきながら言った。
「お兄ちゃんを取ろうとしたら、絶対に許さないからっ!」
「いやいやいや」
絶対に取られないだろうから安心して欲しいと思いつつ、俺はローアを撫でた。
また、周りにいるマイラたちも、そんなローアを微笑ましい様子で見守っていた。




