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世界最強の神獣使い  作者: 八茶橋らっく
第6章 【最後の魔神】
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54話 【呼び出し手】とドラゴンの姫君

 ──源竜渓谷、竜王の住処にして全てのドラゴンの故郷。

 大半のドラゴンは独り立ちすると縄張りを持つが、生まれて間もない幼竜の時期は一箇所に集められて育つ。

 全ての幼竜は竜王の庇護のもと成長し、成体になると独り立ちして外の世界へ縄張りを求めて旅立つのである──


「……ってところかなぁ。わたしの故郷についてお話しすると、こんな感じなの」


 空の中、ローアはこれから行く先についてそう教えてくれた。

 幼いドラゴンは源竜渓谷で育つと言うあたり、全てのドラゴンの故郷というのは文字通りなのだろう。

 ……けれど、思ったことがひとつ。


「ドラゴンは『成体おとな』になると独り立ちして縄張りを持つって……」


 そう呟くと、ぴくりとローアの背が動いた……気がした。

 神獣が人間の姿になる際、その見た目は人間の年齢に換算したものになると前にマイラが言っていた。

 しかしローアは明らかに幼く、十一歳か十二歳前後にしか見えない。


「ド……ドラゴンはわたしくらいになれば大人扱いだから!」


「……そうなのか?」


「ほ、本当だもんっ!」


 妙に引っかかる気もするが、これ以上詮索するのも野暮な気がした。

 ローアは背伸びをしたがる節があるので、子供扱いをしても嫌がるだろう。

 ……と、俺なりに配慮をしていたら。


「うーん、やっぱりご主人さまも気になる? このちびドラ、明らかに故郷から出て行く体の大きさじゃないと思うし。あたしも前に何度か成体のドラゴンに出くわしたけど、明らかにローアは小さいんだよね……」


 フィアナが不死鳥の瞳でじーっと見つめると、ローアはぷいっと首を逸らした。


「そ、そんなことないもん。きっとフィアナの見間違いで、勘違いだもん」


 きっと人間の姿なら頬を膨らませているだろうローアの声音に、フィアナは「ぷぷっ」と笑っていた。

 フィアナもフィアナで、人間の姿だったらそのままローアをからかっていそうな雰囲気だが、空を飛んでいるのでそこまではしないらしかった。


「やっぱりフィアナも、その辺の配慮はするんだな……」


 種族の仲が悪いからと言って起こる普段の喧嘩は、やっぱりローアもフィアナも互いにじゃれているだけなんだろうと、改めて安心した。


「ご主人さま、何か言った?」


「いや、別に何でもない。……それでローア、こっちの方向って王都や海とは真逆だけど、内陸に向かうのか?」


「うん。源竜渓谷は大陸中の地脈の力が集まる場所だから、この大陸の中心にあるの」


 俺たちのいる大陸とは、その名もレーヴェリア大陸である。

 世界で一番大きな大陸らしいが、辺境育ちの俺はあまり地図を見たこともないのでよくは分からない。


 けれどクズノハ曰く、他の大陸はレーヴェリア大陸を中心に東西南北を囲むように点在しているとか。

 そしてそのうちのひとつ、東の小さな大陸がクズノハの故郷であると聞いている。


「……って、なあローア。もしかして他の大陸のドラゴンも、源竜渓谷で育っているのか?」


「それはもちろん。ドラゴンの子供にとってあんなに安全な場所は他にないから。それに昔、【魔神】が攻めてきた時も、源竜渓谷だけは【魔神】の侵攻を防ぎきったって言い伝えもあるの」


「成体のドラゴンが守る、鉄壁の要塞か……」


 ドラゴンは神獣の中でも特に強大な力を持つ種族だとされるが、まさか全盛期の【七魔神】の侵攻を防ぎきるほどとは。

 成長しきったドラゴンとはどれほどのものなのか、気になりつつあった……その時。


「お兄ちゃん、ちょっと大きく飛ぶよっ!」


 ばさりとひときわ大きく翼をはためかせたローアは、雲を突き破ってさらに上空まで飛んでいく。

 王都へ行った時のように、背にいる俺はローアの力で守られているので、強風の中でも特に息苦しさなどは感じない。

 しかしその辺りに関心するよりも先、目の前の光景に目を奪われた。


「うおぉ……!!」


 思わず歓声をあげてしまうほど、目の前に広がる雲海は美しかった。

 澄みきった青空の下に白い雲が海のように広がり、その上から暖かな太陽が照っている。

 圧倒的な開放感と全能感にも似た何かを感じて、心が震えそうだった。


「ローアさん。こんなに高いところまで、一体どうしてですか?」


 雲を突き破って真横に出てきたリーサリナは、不思議そうにしていた。


「うーんと、そろそろ知り合いの縄張りに近くだから。ちょっと……ううん、もうかなり距離は取っているけど、もっと離れようかなって。早起きしてきたからまだ寝ていると思うけど、念には念をってこと」


「知り合いで縄張りとは、相手は同じドラゴンと推測するが。しかしここまでやるほどの相手なのか?」


「……見つかっちゃうと、ちょっとだけ大変かなーって」


 珍しく消極的なローアに、問いかけたクズノハが首を傾げた。

 ……刹那。


「何だ……!?」


 正面の雲海の下から光の筋が突き抜け、雲海にぽっかりと大穴が開いた。

 急停止したローアの背の上、俺は唸った。


「高密度魔力の熱線……ブレス!?」


 今のは間違いなく、ローアの放てるブレスと同質のものだ。

 となればブレスの主は、件のドラゴンか。


「来るわよ、皆構えて!」


 マイラの言葉に、長剣の柄に手を掛ける。

 ローアがあそこまで避けたがる相手となれば、激戦は必至か。

 ……そう覚悟を決めた時、雲の大穴から巨躯が現れた。


 夕焼けのような橙に近い緋色の鱗に、ローアと同じく立派な角の生えたシルエット。

 四肢を持ち、独立した翼を持ったその姿は間違いなくドラゴン。

 しかしそのサイズは、想像以上と言う他なかった。


「お、大きい……!?」


 リーサリナが呟いたように、目の前のドラゴンはともかく巨大だと遠目からでも見て取れる。

 成体のドラゴンの大きさは、ローアより数周り程度大きいくらいだと思っていた。

 けれど目の前のドラゴンは、体長だけでもローアの倍はあろうかという体躯を誇っている。


「久しぶりに見たけど、成体のドラゴンは圧力が尋常じゃないね……!」


 フィアナにすらそう言わしめる目の前のドラゴンの存在感は、空の王者の風格を確かにまとったものだった。

 ……加えて成体のドラゴンの特徴なのか、頭の角や全身の甲殻はローア以上に重厚かつ堅牢なものに見えた。


「……」


 そしてローアは、目の前のドラゴンを見つめて黙ったまま。

 ──さて、これからどうする。

 そう思案している最中、緋色のドラゴンが口を開いた。


「急ぎ匂いを辿ってくれば……やはり姫さま! こちらの方角へいらしたと言うことは、もしや渓谷へお戻りになられる道中なのですか!?」


 ドラゴンの声音は重々しい外見とは裏腹に、鈴の音のように、はたまた人間の女性のように軽いものだった。

 ……そのギャップに驚くより先。


「えっ……姫さま??」


 思わず、そう口から言葉が出ていた。

 左右を見るが、フィアナもマイラもクズノハもリーサリナも首を横に振っている。

 ……って。


「ロ、ローアか!?」


 いや、相手のドラゴンが「姫さま」と敬うように言った時点で、もう誰が姫さまなのかは何となく分かっていたけれども。

 しかし信じられなかったと言うか、あまりにも意外すぎると言うか……!


「……ぷいっ」


 なお、当のローアは、何事もなかったかのように首を真横に向けていた。

 するとその仕草を見て、緋色のドラゴンはさらに声をあげた。


「なっ、姫さま!? お久しぶりだと言うのに、その態度はあまりではありませんか!? 姫さまが出奔してからこのかた、このセイナーシス、姫さまに身を案じ続ける日々であったというのに……!」


「もう、セイナはそうやって過保護すぎるから嫌なんだもん」


 ローアはむすっとした声音でそう言った……と言うか。


「なあローア、あのドラゴンの縄張りを避けたがってた理由ってもしかして?」


「だって、捕まると大抵あんな口調でうるさくって、大変なんだから。堅苦しいのは嫌なのに聞き入れてもくれないし」


 ……ああ、やっぱりそう言う理由か。

 俺は長剣の柄にかけていた手を、脱力気味に外した。


「それにセイナ! あんなに朝は弱くて夕暮れまで起きなかったのに、今日に限ってどうしてこんなに早起きなの?」


「いやいや、もう昼過ぎだぞローア」


 この時間帯で早起きとは如何に。

 冷静に突っ込むが、しかしセイナーシスは自信に満ちた声音で続けた。


「いいえ、このセイナーシスは悟りました。以前、姫さまの出奔を止められなかったのは、ひとえに朝寝の最中を狙われたため。であれば、二度と同じ轍を踏まぬようにするのは道理です!」


 何やらそれっぽく言っているが、要するに「以前は生活がだらしなかったからローアを逃した」って公言してるようなもんである。

 それを聞いた神獣たちも、呆れて黙り込んでいる有様だった。


「……して、姫さま。背に乗せている人間や、周りの神獣は何者かをお聞きしても?」


「あー……うん。でもその前に、降りてからでいい? ちょっと疲れちゃった……ふああぁ……」


 高度を下げていくローアは、明らかに疲労が溜まっている雰囲気の声音だった。

 俺はそんなローアに、労いの言葉をかけた。


「ローア、ここまで頑張って飛んでくれたもんな。話をしながら、少し休もう」


 それに俺の方も、ドラゴンの姫さまという衝撃の事実が発覚したローアについての話を、あのセイナーシスと名乗ったドラゴンから聞きたくもあった。

 ローアは小さくため息をついて、もごもごと口を動かした。


「う〜ん、わたしの疲れは体より心って言うか、まさか見つかっちゃうなんて。……お兄ちゃん」


「ん?」


「いっこ、お願いしてもいい?」


 ローアの頼みを聞きながら、俺たちはセイナーシスの縄張りへと降りていった。


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[一言] ローアお姫様だったのか。
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