53話 【呼び出し手】と新たな旅の始まり
澄み切った青空と冷えた外気の清々しさを感じられる、太陽が顔を出しつつある朝方。
俺や神獣たちは、昨夜のうちにまとめた旅の荷物をまとめて外へ出ていた。
ちなみに今回の旅、ミャーは外で留守番である。
ローア曰く、縄張りをしばらく任せるとか……若干不安だが、ミャーも魔物なのできっと問題はないだろう。
「ねえローア。こんな朝早くから行く必要あるの? あたし、ちょっとどころかかなり眠いんだけど……ふあぁ……」
フィアナは眠たげに目をこすりながら、あくび交じりにそう言った。
そんなフィアナに、普段通りにはつらつとした雰囲気のローアは返事をする。
「うん、絶対にこの時間じゃないとだめかなーって。……あまり遅いと、ちょっと不都合があるから」
「不都合って、何か危ないものとか?」
マイラが聞くと、ローアは少し困り顔になった。
「危ないって言うか、見つかると面倒って言うか……。でも皆で早起き頑張ったんだから、きっと大丈夫!」
ローアは珍しく曖昧な物言いだったが、本人が大丈夫と言うからには心配ないのだろう。
それからローアはドラゴンの姿に戻ってから、
「お兄ちゃん、背負っている荷物はわたしの背中に括り付けていいよ? ずっと背負っていても疲れちゃうし、バランスを崩しちゃったら危ないから」
「分かった、それじゃあ頼むな」
野営用の荷物を詰めた背嚢などはかなり重たかったので、ローアの申し出はありがたい限りだった。
ローアが苦しくならない程度に、背に乗せた荷物を縄で固定していく。
その間に、ローア以外の神獣たちが何やら話していた。
「ローアさんの上にマグさんが乗るとして、マイラさんとクズノハさんは誰の背に乗るのですか?」
そう切り出したリーサリナに、マイラが答えた。
「わたしは以前にもフィアナに乗ったことがあるから、今回もそうしようかしら?」
「えーっ、またマイラを乗せて飛ぶのぉ……? ……何度でも言うけど、ぜーったいに上から水かけないでよ? 冗談抜きに落ちるから」
「ふふっ、心得ておくわ」
げんなりとした表情ながら、マイラを乗せることに同意したフィアナ。
一方、クズノハと言えば。
「ふむ、ならば妾はリーサリナの背の上だな。人間の姿で天馬に乗る日が来ようとは思わなんだが」
「ええ。よろしくお願いします、クズノハさん」
……と、いつの間にか話は進んでいき。
最終的に神獣の姿になったローア、フィアナ、リーサリナの上に、残った三人が乗ることとなった。
当然マイラとクズノハは人間の姿で乗っているが、その様子にとある呟きが自然と口をついて出た。
「やっぱり美人さんと神獣の組み合わせって、かなり綺麗に映える組み合わせだよな……」
前にフィアナに乗るマイラを見た時も少し思っていたが、まるで神獣を御する聖女のような気品がある。
古い壁画に描かれていそうな、調和した雰囲気があった。
……ただ、今小声で言った言葉は皆の耳元にも届いていたようで、
「うむうむ、お主も分かっておるな……」
「綺麗って言ってもらえるのは、嬉しいけれどね?」
クズノハとマイラが照れたように、若干赤面していた。
ついでに、フィアナとリーサリナも心なしか嬉しそうにしている。
……い、いけない。
神獣たち見ていたら、言った俺まで何だか気恥ずかしくなってきた。
そんな気持ちを誤魔化すように、ローアに乗ろうとした……のだが。
「……。…………」
「ローア、少ししゃがんでくれると乗りやすいんだけど……」
なぜかローアはいつも通りに背を低くしてくれなかった。
ドラゴンの姿では表情が読みづらいが、どうも物思いにふけっている気配がある。
それからローアは、じーっと他の神獣たちの方を見つめながら一言。
「……わたしも人間の姿に戻って、フィアナの上にでも乗ろっかな〜?」
「ちょっ!?」
ローアの声は明らかに拗ねていた。
……いやいや、どうしてだ!?
理由が分からず焦っていると、ローアは小さく唸り出した。
「む〜っ……お兄ちゃん!」
「んっ、どうした?」
「わ……わたしの神獣の姿も見て、何か一言! ちょうだいっ! でないと人間の姿に戻って、荷物降ろしちゃうもんっ!」
妙にムキになっているローアに、何となく分かった気がした。
「一言って……ああ」
なるほど、さっきの発言でローアも何かしらの褒め言葉が欲しかったのか。
そう言うことならばと、普段思っていることを口にする。
「ローアも人間の姿は可愛いけど、ドラゴンの姿は凛々しくて頼りになる。鱗も艶があって綺麗だし、乗っていても安定感があっていいと思うぞ」
「そ、そう……? えへへへ……」
ローアは拗ねた様子から一転して「そっかそっか……ふふ〜ん!」と嬉しそうにしていた。
思ったことを素直に言ったが、機嫌が直ったようで何よりだった。
「じゃあお兄ちゃん、今日もちゃんと乗せてあげる!」
「ああ、頼むぞローア!」
俺は背を低くしてくれたローアの上に飛び乗って、軽く首元を撫でてやった。
するとローアは翼を広げて「しゅっぱ〜つ!」と大空へ飛び上がった。
これでローアの故郷への旅が無事始まった……と、思った直後。
「ご主人さま、あたしの神獣姿も見て具体的に何かないの? 羽とか、結構お手入れ頑張っている方だと思うんだけど……」
「ここはひとつ、妾もここで九尾の姿に戻ろうかの……?」
「ク、クズノハさんやめてくださいー!? 流石に上手く飛べませんって!?」
平行して横を飛ぶ神獣たちは各々、わいわいと騒ぎ出した。
「お、おいおい。皆についてもちゃんと思ってることを言うから順番に……ってマイラ!? まさかフィアナの上でケルピーの姿に戻ろうとしてないか……!?」
「あわわわわわわ!!??」
慌てて制止の声を飛ばす俺に、何かの拍子に水をかけられるんじゃないかとあわあわしだしたフィアナ。
とは言え何やかんやで、今回の旅も賑やかなものになりそうだった。




