46話 【呼び出し手】と天馬の記憶
サフィーナが我が家にやってきて、少しずつ生活に馴染みだした頃。
普段はローアやフィアナとは別の意味で快活なサフィーナだったが、ふとした拍子によくぼんやりとしていることに気がついた。
それは畑仕事の合間だったり、山を一緒に見回っている最中であったり。
「なぁ、サフィーナ。どうかしたのか?」
一緒に山で薬草摘みに出ている時、またぼんやりと宙を眺めているサフィーナに声を掛ける。
するとサフィーナはこれまたいつも通り、はっと我に返った様子で赤面した。
「あ、な、なんでもないです。本当に、またぼんやりしちゃって。……あまりいい癖ではありませんよね、すみません」
自分の頭を軽く小突いたサフィーナに、尋ねた。
「サフィーナ、そうやってぼーっとするのもこれで何度目か分からないし、本当に悪いところとかないのか? おかしなことがあれば、遠慮せずに言って欲しい」
「いえ、異常とかはありません。ないのですが……」
サフィーナはまたぼんやりとした様子となって、ゆっくりと口を開いた。
「……こうしていると、どこか懐かしい気分になるのです」
「懐かしい気分って……もしかして何か思い出したのか?」
サフィーナはゆるゆると首を横に振った。
「残念ながら、記憶はないままです。でも、本当にどこか懐かしいというか、切ない気持ちになるんです。……大切なものをなくしてしまったような、そんな気持ち……」
「そっか……。でも何かしら懐かしいって感じるってことは、もしかしたらサフィーナの記憶が戻りつつある兆候かもな。ついでに元々サフィーナもこんな山奥で暮らしてた、とか?」
「ええ……でも、きっとそうじゃないんです。正確には人間と、マグさんと一緒にいる時に懐かしさが強まるんです」
「俺と?」
思わず首を傾げる。
もしや前にサフィーナと会ったことがあるんだろうかと記憶を辿るが、いや、サフィーナくらいとびきり可愛い知り合いなら流石に記憶に残っている筈だ……男の性として。
サフィーナは軽く笑いかけてきながら言った。
「わたし自身、神獣なのに何故か人間の文化や言語に詳しい節がありますし。もしかしたら、前にもわたしはこうして人間の方と一緒にいた経験があるのかもしれません。そしてもしそうなら……その人はきっと、マグさんのように神獣に好かれる不思議な人徳の持ち主だったのかもしれませんね。こうして懐かしさを感じる際、嫌な感じがしませんから」
サフィーナの言葉に、俺はどう返事をしたもんかと後ろ頭をかいた。
「人徳って、そんな大袈裟な……」
そう茶化すように呟いてみるものの、サフィーナの方は冗談で言った様子でもなかった。
「いいえ。きっとマグさんには、神獣に好かれる何かがありますよ。【呼び出し手】というスキル以外に、見ず知らずのわたしを助けてよくしてくれているような気立ての良さとか。きっとローアさんたちも、そういうところを気に入ってあなたと一緒にいるのではないでしょうか」
「……」
真正面からそういうことを言われると、どうにも小っ恥ずかしくなって、思わず閉口してしまう。
サフィーナは続けて、俺に言った。
「ですからマグさん。どうかこれからもうしばらく、わたしのことをお願いします。きっとこの懐かしさと一緒に、わたしの記憶が戻っていくように」
「ああ、それはもちろん。今更放っておかないさ」
そう言うと、サフィーナはくすりと微笑んだ。
……全く、ああ言われると少し反応に困ってしまうな、と思いつつ。
それでも可愛い子にあんなふうに言われて悪い気もしないなと、俺は薬草摘みに戻った。




