43話 【呼び出し手】と第六の神獣
「ふむふむ……確かにこれは呪いだな、それもかなり高位の。しかし妾にかかれば……ほれ!」
「おぉ……!」
夕暮れ前に王都から家に連れてきたクズノハは、瞬く間に少女の呪いを解いてしまった。
少女の体からバシュッ! っと不思議な音と光がして、顔色が次第に良くなっていく。
クズノハは神獣の力を使ったようで、体が青く淡い狐火色に輝いていた。
「これでしばらくすれば目を覚ますだろう。だが、こやつはこんな状態で山奥に倒れていたのか?」
「いや、流れ星みたく空から落ちてきた」
「そ、空から……!? こんな呪いを帯びたまま飛んでいたと? ……自殺行為ではないか」
「そんなに酷い呪いだったのか?」
クズノハは腕を組んで難しそうな表情になった。
「妾の見立てだが……放っておけば、あと半日で天に召されておっただろう」
クズノハの言葉を聞いて、フィアナが口を開いた。
「はえぇ、おっかないね。でもそうなるとこの天馬、一体どこでそんな呪いを……?」
「んっ、ちょっと待った」
今、フィアナが聞き捨てならないことを言った気が。
「天馬? ……誰が天馬だって?」
「えっ、この子だけど」
フィアナは何かおかしなことでも? と言いたげに女の子を指していた。
……しかし次第に、ぎょっとしたように目を開いた。
「まさかご主人さま、この子が天馬だって知らずに拾ってきたの!?」
「いや、てっきり女の子が倒れているとばかり……って、フィアナも気がついていたなら教えてくれよ。この分だとローアたちもびっくりしたんじゃ……」
「……ごめんなさい、わたしたちは最初から分かっていたかも。それにただの人間が空から降ってきたら、その時点で死んじゃうかなーって」
見ればローアとマイラ、それにクズノハまで苦笑気味だった。
……う、ううむ……。
冷静になってみればローアの言う通りだったが、自分には人間の姿をしている神獣の正体の看破などできないので、できれば説明が欲しかったところだ。
ちなみに天馬とは、ケルピーと同じ馬の神獣、俗に言うペガサスである。
伝承ではドラゴンと同じく天高くを長時間飛行できる、銀に輝く月光の化身……とされている。
「話を戻すが、フィアナの言うように問題はこの天馬の娘がどこで呪いを受けたかだ。呪いは案の定、この娘から力を吸い続けておった。恐らく空から落ちてきたと言うのも、それが原因で力尽きてしまったのだろうよ」
「とは言え高速で飛び回れる天馬に呪い、ね……。この手の呪いって確か、対象を長時間拘束して施すものよね? 天馬相手にそんな芸当、可能なのかしら?」
「妾も気がかりなのはそこだ。そもそも神獣を拘束など、常識的には不可能だが。あるいは……」
「同じ神獣ならできるかも?」
ローアが聞くと、マイラとクズノハは神妙な面持ちで頷いた。
「でもさ、呪いを扱う神獣なんて聞いたことがないよ? そもそも呪いの主な使い手自体、それこそ太古に魔術を開発したっていう【大賢者】くらいでしょ?」
それから少し皆で考え込むことしばらく、俺は呪いの症状を思い返してふと思い至った。
「……いや、他にもいるかもだ」
口を開くと、皆の視線がこちらに向いた。
「お兄ちゃん、それって?」
「【魔神】だ」
「【魔神】だと……!? なぜそう思った?」
身を乗り出して尋ねてきたクズノハに、俺は天馬の少女を家に運び込んだ時のことを思い返しながら言った。
「フィアナの炎をあの子に近づけた時、一瞬黒い靄がかかったんだ。……あれは前に俺が倒した【魔神】デスペラルドの発していたものによく似ていた」
「ほう、【魔神】を討伐したお主が言うのであれば間違いないか。それに【魔神】は元々、全てで七体いたが、初代【呼び出し手】が倒しきれなかった一部は地中深くに追いやられたと聞く。そしてお主が倒した一体を抜けば……現存の【魔神】は、残り二体だ」
「ってなると、一気に【魔神】の仕業臭くなるね。ご主人さま、どうするの? また【魔神】のダンジョンを見つけて、こっちから叩きに行く?」
「うーん、できればまた騒ぎが起こる前に先手必勝がいいんだろうけど……」
またあんな化け物と戦うとなれば、自分どころか皆も無事で済むかは怪しい。
それに何より、今は。
「……天馬の子を放ってもおけないし、まずはこの子の目が覚めたら事情を聞いてみるのが一番だと思う。【魔神】については、それから考えよう」
「賢明ね、わたしもその意見には賛成よ」
マイラが賛同してくれると、(ミャーも含めて)皆も頷いた。
こうしてこの日は、ひとまず少女の回復が最優先というところに落ち着いたのだった。




