42話 【呼び出し手】と流星の少女
穏やかな陽気の続いたある日のこと、我が家近くの山中にて。
俺ことマグはこの日、木々に実るメルラの実を採りに来ていた。
程よく甘酸っぱいメルラの実は、ローアたちもよく好んで食べているものだ。
畑の作業も早めに済んだので、今日は山ほどメルラの実を採って帰る、そんな腹積もりだったのだが。
「んっ? ……流れ星?」
空が煌めいたと思って顔を上げれば、青空に一筋の光が流れている。
しかし昼間に流れ星っていうのも中々不思議だな……と思った矢先、何かおかしいことに気がつく。
「……何か、こっちに向かって来てないか……!?」
そう、流れ星の軌道がこちらと言うか、この山に向かってきている気が。
そして閃光が一際大きく輝いたと思った時には、流れ星は轟音と砂煙を激しく立てて、山頂の方へと落ちていった。
「ぐっ、うわわわわわ!?」
一瞬足場が揺れたが、近くの木に掴まってことなきを得る。
それから山頂を見れば、もくもくと盛大に砂煙が上がっていた。
「……一応、様子だけ見て帰るか」
すぐに家に引き返すべきかと思ったが、しかし自分の住む山の異常事態ともなれば放ってもおけない。
山頂の方には気に入っている泉もあるからと、急いで流れ星の落ちた地点へと向かう。
……次第に明らかになった流れ星の落下地点は、思っていた以上に酷い有様だった。
俗に言うクレーターのような大穴が形成され、その周囲には焦げた草木が散乱している。
幸い山火事にまで発展する気配はなかったものの……問題は大穴の中心点だった。
「……人?」
大穴のど真ん中には、少女が横たわっていた。
煤と泥にまみれていたが、銀色の美しい髪が陽の光で輝いている。
端正な顔立ちも相まって、まるで天使が落ちてきたみたいだとすら感じた。
「って、ぼんやり見ていちゃいけないか」
転ばないよう大穴を降りて、少女のもとへ。
この後に及んではこの子があの不思議な流れ星の正体で間違いないだろうし、あんな高度からの落下で命があるとも思えないが……。
「……っ」
「息がある……!」
額から血を流す少女は、近寄ると小さく身じろぎした。
しかし吐息にうめき声が混ざっていて、苦しげな様子だった。
「こりゃ一旦連れ帰らないとまずいな……おっ!」
「お兄ちゃーん、大丈夫!?」
声がしたので振り向けば、ドラゴン姿のローアが飛んできていた。
ローアは俺のすぐそばに降り立ち、人間の姿になった。
「お兄ちゃん、その子は?」
「分からない、でもいきなり空から落ちてきたんだ」
「……むぅ、わたしの縄張りをこんなにして……」
ごく一部とは言え、縄張りである山の一角を荒らされたローアは頬を膨らませて唸っていた。
けれどすぐにため息をついて、「わざとじゃなさそうだし、仕方ないか〜」と肩を落とした。
「お兄ちゃん。この子、助けるんでしょ?」
「そうしたい、家まで頼めるか?」
「うん、任せて〜!」
ローアは光を纏い、再びドラゴンの姿になった。
俺は少女を抱えてローアの背に乗る。
ローアは翼を広げ、一気に大空へと舞い上がり、あっという間に家まで戻った。
家に入ると、フィアナが暇そうにミャーを撫でていた。
「あっ、ローア。大きな音がしてたけど、ご主人さまを無事連れ戻せたみたいだねー……んあっ!?」
フィアナは俺の抱えている少女を見て、目を丸くした。
「ご主人さま、ミャーに続いてまた拾って来たの!?」
「訳ありだよ、ちょっとフィアナも手伝ってくれ。ところでマイラは?」
「ここにいるけれど……あらっ」
家の奥から顔を出したマイラも、拾ってきた少女を見て少し驚いた様子だった。
それからは各々、湯を沸かして女の子の体に付いていた泥や汚れを拭き取ったり、治療に移ったりと行動が素早かった。
そして神獣の力で少女の傷を癒していたマイラが、ふとした拍子に表情を険しくした。
「……おかしいわね」
「どうした?」
「わたしの力を使っても、妙に傷の治りが悪いの。これは……」
「うーん……もしかしたら呪いかも」
あっけらかんと言ったローアに、全員の視線が向いた。
「やっぱりローアもそう思うかしら?」
「うん、マイラの力で治らないってことは、きっとそう」
「待ってくれ、呪いって何だ……? 魔術じゃないのか?」
話に付いていけないのでそう聞いてみれば、フィアナが答えてくれた。
「呪いっていうのは、魔術の大本になったやつだよ。言うなれば、呪いを人間なりにコントロールできるようにしたものが魔術とか。ま、要するに扱いの難しい魔術の上位版、自然の化身たる神獣の力に近しい超常の力……とでも思ってもらえればいいかな」
「そんなものがあったのか……」
ややこしいがその呪いとやらは、どうやら俗にいう呪術とも違うらしかった。
確か呪術の方は、魔術を東洋の言葉で言い換えたものだった。
「と言っても、最近は古風な呪いの使い手なんてほぼいない筈なんだけどね。……っと、やっぱり」
フィアナはそう言いながら、手のひらに炎を纏わせた。
それから少女の体に炎を近づけると……フィアナの炎は、見えない壁に弾かれたかのようにかき消えてしまった。
その際に一瞬、少女を覆う闇色の帳が薄っすらと見えた。
「うーん、あたしの炎を阻むなんて並大抵じゃないよ。マイラの治癒の力も、多分これのお陰で半減させられているね」
「またえらい話になってきたな……」
我が家の神獣三人にここまで言わせる呪いとは、一体どれほどのものなのか。
しかしその呪いとやらがマイラの治癒の力を阻害しているなら、流れ星の子にとっても害があるものなのは間違いない。
「こりゃ呪いを解くことができる人が必要か」
誰かアテがあったかと悩んでいたら、ローアが閃いた様子で言った。
「お兄ちゃん、クズノハを呼んでみたら……!?」
「それだ!」
前にクズノハはこちらや東洋を問わず、様々な術に精通していると聞いたことがある。
ガセを摑まされたとは言え、かつて魔道書を買っていたのもこちらの魔術に興味が湧いたからだとか。
もしかしたらクズノハなら、呪いの解呪だってできるかもしれない。
「フィアナ、マイラ。ちょっと王都まで行って来る!」
「ご主人さま、気をつけて!」
フィアナの声を背に、一緒に外に出たローアが光を纏ってドラゴンの姿になった。
俺も修理した魔道具の指輪……【呼び出し手】の力を抑えるものを嵌め、ローアの背に飛び乗った。
「落っこちないように掴まってて!」
「分かった!」
ローアは翼を大きく広げ、王都に向かって飛翔した。