EX 【呼び出し手】と大晦日
大晦日ということで短編をぽちっと掲載です。
「もう年の暮れかぁ……いつの間にかって感じだな」
山奥生活で日付感覚が狂わないよう毎日丸を付けているカレンダーを見ながら、そう独り言ちる。
今年は成人の儀を迎えた途端に故郷から追い出されたり伝説の神獣たちとの同居生活が始まったりと、思い返せば善かれ悪しかれ色んな出来事に満ち溢れた年だった。
「しかし年末となれば……いつも綺麗にはしているけど、一応家の大掃除とかもやっておくべきか」
人里離れた山奥暮らしとは言え、人並みの生活はしているのだ。
季節や時期に合ったことはしておきたい。
それで大掃除が終わり次第、年明けまでしばらく皆とぐーたら過ごす予定である。
「今年は手伝いに行くお隣さんもいないし、こういうところは気が楽かもな」
苦笑しながら「諸々の掃除道具は確かこの辺に……」と、戸棚を開けたちょうどその時。
コンコン、と玄関の戸を叩く音がした。
「……ん?」
まだ早朝なので、我が家の神獣三人娘は外に出るどころかまだ毛布の中だ。
となればこんな山奥に一体誰が、と思い身構えていたのもつかの間。
「マグよ、起きておるか? 妾だ、九尾のクズノハだ」
「何だクズノハか、朝からびっくりさせないでくれ……」
どこか安心しながら戸を開けると、クズノハはむすりとした表情で狐耳をぴこりと動かした。
「何だとは何だ。お主は客が妾では不服だとでも言いたいのか」
「いやそういうことじゃ……って、どうしたんだその荷物」
人間姿のクズノハは、両腕に巨大な風呂敷包みを抱えていた。
「うむ、今日はこれを届けにきたのでな。しかし開口一番が『何だクズノハか』だったので、やはりこれは持ち帰ることに……」
「あー、悪かった悪かった。わざわざ届けにきてくれたのに失礼だったのは謝る」
そう言うと、クズノハは機嫌を取り戻してふさふさと尻尾を動かした。
「ならばよい、ではひとまずこれを受け取ってはくれぬか。王都からここまでの道のり、抱えて来るのも一苦労だったのでな」
差し出された風呂敷包みを受け取ると、思っていたよりもずしりとした重みがあった。
これをここまで運んでくるのは、確かに大変だっただろう。
「それでこれは何なんだ?」
「まあ、すぐに分かる。上がらせてもらってもよいか?」
「そりゃ当然」
クズノハを家に入れ、居間の机の上で風呂敷を広げる。
すると中から、いくつかの黒い箱などが現れた。
中身が気になって箱の一つを開けてみる……と。
「何だこの茶色いパスタ」
「これは蕎麦と言ってな。妾の故郷で年末の年越しに食べるものだ」
「へぇ、東洋の方だとこんなの食べるのか」
こちらの国にも年末年始に食べるものはあるが、異郷にもそういったものはあるらしい。
それなら他の箱の中身も蕎麦かと開けようとしたが、クズノハから待ったがかかった。
「そう急くな、そちらは新年用に調理したものだ。もう少しだけ楽しみに待たれよ」
「ああ、分かった……って、もしかしてこれだけの量をわざわざ作ってくれたのか?」
「うむ、山奥では年越しも新年の祝いもそう派手にできぬと思ってな。妾からの差し入れだ。一部こちらの材料で代用したが、取り寄せるなどして東洋の年末年始における祝いの食事を再現してみたのだ」
「わざわざ悪いな。確かに山奥だとそんなに豪勢にはいかないからさ、すごく嬉しい」
クズノハは「よいよい」と胸を張って、両耳と尻尾をぴこぴこと動かした。
ちなみに最近分かったことだが、クズノハは嬉しかったり楽しかったりすると両耳と尻尾が同時に動くらしかった。
「それと後出しのようで悪いのだが、できれば妾も年越しはこの家で過ごさせてもらいたい。……構わぬか?」
クズノハは少しだけ遠慮がちに、上目遣いで聞いてきた。
「構わないけど、どうしたんだよそんなふうに改まって」
するとクズノハは安堵した様子で言った。
「よ、よかった……。これで断られていたら、妾は通算数十回目の一人年越しをする羽目になっておったのでな……」
「ああ、そういう……」
王都では年末年始は身内で集まりかなり豪華に祝うと聞くので、あちらに身内どころか友人すらいないクズノハにとってはかなり居心地が悪いことだろう。
「でも今年は俺もローアたちもいる。適当に騒ぎながら一緒に年越ししよう」
「お、お主……! 実は妾の救いの神か!?」
感極まった様子でクズノハはこちらの手を包み込むように握りしめてきた。
いや神というか神獣はクズノハの方だろう、と突っ込むのは野暮だろうか。
「……う、みゅぅぅ……。お兄ちゃん、朝からどうしたの?」
俺たちの声で起きてしまったらしく、目をこするローアが部屋から出てきた。
そしてクズノハを見て、ローアは寝ぼけ気味に「?」と可愛らしく首を傾げた。
「クズノハ、またどうかしたの? 王都で一人だから、少しだけ寂しくなってまた来たとか?」
「……。…………」
ローア本人は思いつき交じりで適当に言ったのだろうが、大体合っているその言葉にクズノハは黙りこくったまま固まってしまった。
……何と言うか、子供の無邪気な言葉は時として無常かつ残酷である。
黙ったままのクズノハに、状況が飲めていないローアは再度「?」と首を傾げていた。
その後、起き出してきたフィアナやマイラと共にクズノハも大掃除に加わってくれる運びとなったのだが、箒を掃きながら「どうせ妾はぼっちな狐じゃ、一匹狐じゃ……」と呟くクズノハの後ろ姿は大層哀愁漂うものだった。
なお、そんなクズノハの姿は夜に蕎麦を食べたローアが「とっても美味しい〜!」と言うまで続いたとか続かなかったとか。
今年は神獣使いの書籍化が決まったことなど執筆関係では様々な経験を積めた一年でした。
来年もよろしくお願いします。
それではみなさん、よいお年を。




