40話 【呼び出し手】とヒュドラの修行
アオノより「ヒュドラは一度敗れたら、その相手以上の強さを目指さなければならない。それがしきたりなのです」から始まった話を聞くことしばらく。
俺はため息をつきたさでいっぱいになっていた。
「……要するに、三人をまとめている俺に弟子入りすれば、ローア以上に強くなれるかもと思ったと……そういうことか?」
「ええ、その通りですわ。あの神獣三人があなたに付き従っているということは、あの中であなたが最も手練れであると言うこと。当初はわたしもあなたをドラゴンと勘違いして襲いかかりましたが、やはりわたしの目に狂いはありませんでした……!」
アオノは自身ありげに言い切った。
……正直、聞いていて頭が痛くなってきそうな理屈だった。
一番強い奴が〜何て……野生動物の群れじゃあるまいし。
「その、アオノは俺を買い被りすぎだ。俺はあの三人ほど強くない。ここは素直に、ローアあたりに弟子入りしておいた方がいいと思うぞ?」
しかしそう言うと、アオノは顔を曇らせた。
「……一度負けた相手に素直に弟子入りするなど、ヒュドラの面汚しと同族に笑われてしまいます。それがたとえ不意打ちによる敗北でも、です」
「ってなると、マイラに弟子入りって線もなくなるかぁ……」
実を言えば、ローアがダメならマイラに適当にあしらってもらう方向で……とか考えていた。
「だったらフィアナは……うーん」
フィアナがアオノを弟子にする……あまり想像もつかない。
面倒くさがり屋な傾向の強いフィアナに「弟子にして欲しい!」と持ちかけたが最後、問答無用で爆炎による門前払いになるまで想像できた。
それでまたアオノが本気になって戦闘にまで発展してしまえば、危なっかしくて仕方がない。
「……なるほど、消去法でも俺になるのも何となく納得できた」
「それなら……!」
「でもダメだ」
バッサリ言い切ると、瞳を輝かせて身を乗り出していたアオノはこけそうになった。
「なっ、何故ですの!?」
「当たり前だろ。そもそも俺、神獣の鍛え方とかさっぱりだし」
「そ、そんな……。せっかくこの方だ! と思えていたのに……」
アオノはへなへなとしてしまうが、いやいや。
「俺ができるのは人間の筋トレとか、それくらいだ。後は武装から神獣の力を引き出す練習とか。でも既に筋力も神獣の力も人間である俺以上のアオノには、そんなの教えたってどうしようもないだろう?」
「ぐ、ぐぬぬぬ……!」
アオノは妙に困り顔だったが、明らかに食い下がってきそうな気配だった。
「それなら、実戦形式で構いませんわ! わたしが初見でドラゴンと勘違いしたほどの力の持ち主とならば、たとえ人間であっても十分以上の修行相手になっていただける筈です!」
「また危なっかしいことを……いや待てよ?」
よく考えたら、実戦形式で適当に相手をしてやれば満足して帰ってくれるのではなかろうか。
ついでに俺はあくまで単なる人間であって神獣ほど強くもないとアオノに伝わってくれれば、勝手に山から出て行くのではなかろうか。
そう思い至った俺は、こほんと咳払いをひとつ。
「……分かった。そこまで言うなら弟子入りを認める。ただし、条件が一つ」
どこか期待した様子のアオノに、俺はきっぱりと言った。
「農作業や狩りもあって俺もずっとアオノに構っている訳にもいかないから、期間は一週間だけ。そしてあの三人に絶対に手出しはしないこと、加えてこの山での毒の使用は厳禁だ」
ヒュドラにまつわる逸話の中には英雄殺しの他にも、『ヒュドラが猛毒で汚染した湖には半世紀も魚が見られなかった』というものすらある。
そんな猛毒をこの山で撒かれたら、たまったものではない。
絶対にこの条件は譲らないぞと視線で訴えると、アオノは頭を下げて「承知しました」と返事をした。
「それが修行の条件であれば、飲むのも致し方なしかと。……それでは、今から稽古をつけていただいても構いませんか? たったの一週間となれば、時間も無駄にはできませんので」
「ああ、でも家から離れた場所でな」
今はローアは縄張りのパトロール、マイラは修行、フィアナは暇だからとミャーと共に散歩へ出かけているから家にはいない。
それでも一応、家に被害が出ないようにはしたい。
そうして、俺とアオノは家から離れた森の一角で向かい合った。
「ここならいくら暴れても大丈夫だ。でもあまり木をなぎ倒すなよ? ここはローアの縄張りでもあるし、荒らしすぎるとまた怒られるぞ」
「ええ、心得ています。では、いざ尋常に……勝負!」
アオノはこくりと頷いてから、姿を人間からヒュドラのものへと切り替える。
紫の濃霧が弾け、中から毒蛇竜の巨躯が現れた。
気迫に滾った黄色の瞳がこちらを睨みつけ、尋常ならざるプレッシャーを放っている。
……そう言えばこれまでアオノは、実力を見せる前にローアとマイラに不意打ちで倒されている。
となれば今これからが、神獣たるアオノの本領ということ。
「……さて、お手並み拝見といこうか。縄張り破りのヒュドラさん!」
「オオオオオオオ!!!」
長剣を抜いて構えた途端、アオノが咆哮を上げてかかってきた。
修行とはいえ、アオノは明らかに手加減なし。
こちらも本気で応戦するべきだなと、俺は長剣の柄を握りしめた。
原稿が一旦落ち着いたのでどうにか更新できました……。
面白い、続きが読みたいと少しでも思ったら評価とブックマークをお願いします。
そして別作品となりますが、先月発売された
【王都の学園に強制連行された最強のドラゴンライダーは超が付くほど田舎者】
のコミカライズ1巻が何と発売1週間で重版決定とのことです。
好評のようなので、そちらのチェックも是非お願いします。




