37話 【呼び出し手】と穏やかな日々
王都へ行ってから、早一月。
俺たちは山奥での元の日常へと戻っていた。
今日も狩りや農作業に勤しんでから、あとはのんびり昼寝でもしてから温泉に浸かろう……と、そう思っていたのだが。
「うむうむ、お主ら揃って壮健そうで何よりだ」
俺の前では優雅に茶を啜っているクズノハの姿があった。
何やら時間ができたので、俺たちの気配を辿って押しかけてきたのだとか。
この神獣、大分フリーダムである。
「さっき来た時には大分驚かされたけど、クズノハって割と暇なんだな……」
よく考えたら、俺たちが王都にいる間働いている素振りもなかったし。
するとクズノハは強く反駁してきた。
「いやお主何を言うか。妾はあの辺りでは腕の立つ医術師として通っておるのだぞ? 妾の力があれば、人間の風邪も怪我もあっという間に治せるのでな」
「つまりこの前は患者がたまたま来なかっただけってことか……?」
「まあそういうことだ。あ、そうだお主。今日は面白いものを持ってきだぞ?」
クズノハはニヤニヤとしながら懐から一枚の紙切れを取り出した。
「これって新聞ってやつ?」
「その通り。辺境では珍しい品かもしれないが、王都では毎日のように刷られておる。これはお主らが去ってから翌日のものなのだが……この部分を見よ」
クズノハが指をさした箇所には、こうあった。
【蘇った伝説! 王都の窮地に竜騎士降臨!】
「えっ……んんっ?」
思わず二度見した。
それから記事の方には「ベヒモスと戦う竜騎士の姿が〜」とか記されていて、正直少しどころか結構気恥ずかしくなってきた。
「竜騎士降臨ってまた大袈裟な……」
「いやいや、大袈裟じゃないよー? わたしに乗って戦ったんだから、逆にドラゴンライダー以外の何者でもないもん」
クズノハの土産の菓子を横で齧っていたローアは、若干むすっとしていた。
……要するに「自分に乗って戦ったのにドラゴンライダーだと認めないのは不服である」とかそういうことだろうか。
「寧ろお兄ちゃんはドラゴンライダーって肩書きが不服なの? だとしたら、わたしちょっとどころかとってもショックなんだけど。せっかく乗せてあげたのにー……。」
「待った、そう言うことじゃない。単に蘇った伝説とか、そういう見出しが恥ずかしかっただけっていうか」
くてんと机に突っ伏してしまったローアの横で若干わたわたとしていたら、ローアは顔を俺の方に向けてふふんと微笑んだ。
「それなら許してあげる、大切なわたしの乗り手だもん」
「あ、それかなり聞き捨てならないかも。たまたまローアに乗ってただけで、アタシだって乗せようと思えばできた訳だし」
何故かローアに食ってかかるフィアナ。
続けてお茶を飲んでいたマイラまで、俺の方に寄ってきた。
「うーんと、人間ってよく馬に乗るでしょう? だったら乗り心地は水棲馬のわたしが一番な気もするのだけれど?」
「あーっと、えーっと……」
何やら話がややこしい方向に拗れている。
これはまずいと思った俺はアイコンタクトでクズノハに助けを求めてみたのだが。
「ほう、ここで妾を見つめると言うことは、お主は我が背を所望するということか。まあ妾の背は自慢の銀毛で柔らかであるし、当然と言えば当然だがな」
「ダメだもっとややこしくなった……!?」
それで目の前では、神獣四人がぐいぐいと詰め寄って来ていた。
誰の乗り心地が一番良いのか答えてくれるまで離してくれない、そんな雰囲気だった。
俺は苦笑いしながら、ははは、と笑って言った。
「皆違って皆いいとか……だめ?」
「「「「だめ!!!」」」」
「はい……」
困った、本格的に困った。
俺は別に誰が一番とか言うつもりはないのに、何だろうかこの空気は……。
そして痺れを切らせたのか、ローアが「じれったぁーい!」と立ち上がって一言。
「こうなったら、誰が一番か決めようよ!」
ローアの一声に、俺以外の皆が頷いた。
こうしてこの後、俺は代わる代わる皆の背に乗せられることとなった。
乗っていて楽しくもあったし景色も楽しめたので良かったが……皆が疲れ果てて眠りにつくまで、俺は「誰の乗り心地が一番良いか」と問われ続けたのだった。
賑やかだったというか、皆元気が良すぎると言うか。
俺はその日の晩、皆の寝顔を見ながら一人苦笑していたのだった。
本作も無事10万字を突破し、物語も一区切りというところまできました。
次回の更新は新章のような形になると思いますので、これからも応援よろしくお願いします。