ワープ・エリア
対生成と対消滅。
それを繰り返しているようなスペース・シャトルたち。
ここはアンドロメダ支部のワープ・エリア。
交通の中枢である。
このアンドロメダ支部のワープ・エリアは、宇宙ステーションの一面窓から見渡せる。
そのため、裕嵩は資料室の少し離れた廊下から、それらを見るのが日課だ。
京香が雪を見ている間、彼は真空を見ていた。
――綺麗。
裕嵩は美しく舞う一瞬の光たちを見ていた。
あちこちから光が点滅していく。
それらがとても人工物には見えなかった。
しかし。
辺りに轟音が響き渡った。衝撃波で裕嵩は壁に左肩を打ちつけてしまった。
――まさか、デブリ・アドベント。
裕嵩は急いで窓の外を確認した。すると、彼は自身の目を疑った。
「そんな……」
目の前には、通常なら行き交うスペース・シャトルがスペース・デブリの影響を最大限に受けていた。
スペース・シャトルのエンジンや機体には、大量の細かな傷跡が付き、不具合が発生していた。そして、このワープ・エリアへ侵入して来たスペース・シャトルまでもが次々と異常を引き起こしていた。
「緊急警戒体制を実行します。緊急を要す時以外は出国しないで下さい」
頭上のスピーカーからアナウンスが流れた。
――今度のスペース・デブリは一体何?
裕嵩は京香のいる資料室へ急いだ。
「京香!」
裕嵩は資料室の扉を勢いよく開ける。
京香もデブリ・アドベントに気付き、資料室を出るところだった。
「行こう」
「うん」
裕嵩は京香の半歩後ろをついて行った。
出国ターミナル付近、そこの廊下で担当のローと合流した。ローは上層部と打ち合わせをしていて、合流が遅れていた。
「どうだった?」
京香は尋ねる。
「ワープ・エリアは危険な状態です」
「そう」
京香は目を伏せた。
「今回のスペース・デブリは立方晶系の鉱石だそうです」
京香は目線を上げる。
「前方5億年、合同はオリオン支部です」
「ありがとう、現場へ向かいます」
京香と裕嵩は残りの廊下を歩き出した。しばらく歩くと、出国ターミナルへ着いた。そこには担当の職員以外誰もいなかった。緊急警戒体制が実行されているからだ。立体映像の電光掲示板もいつものように文字の行列を成してはいなかった。たった1行、京香たちの連絡事項を映し出しているだけだった。
「こちらです」
ローが二人をスペース・シャトルへ導く。
こちらもいつもとは違った。いつもなら曲がる角を直進する。ここから先は、ワームホール型ワープの装置がついているスペース・シャトルである。ワープ・エリアが使用できないので、このスペース・シャトルを使い、前方へ向かうのだ。すると。
「深黒取締官!」
後方から声が聞こえた。彼女を呼び止めようとしていた。
京香は振り返り、相手を見る。
「間に合ってよかった。私は、イツシブ・コリンズと申します。シーカス・ブリント支部長の命令で来ました。至急、出国をやめてほしいとのことです」
「え?」
京香は眉間にしわをよせた。
「どういうことですか?」
裕嵩が尋ねた。
「どうやら、エリダヌス本部の上層部が時間をもらいたいとのことで」
――時間?
「エリダヌス本部は、不法投棄先のオリオン支部と不法投棄元のアンドロメダ支部との3者で、ある判断を話し合うとのことです」
「ある判断とは?」
「まだ、私には……」
京香の問いにイツシブ・コリンズは言葉に困っていた。彼もまだ答えを知らないのだ。
「分かりました。裕嵩、戻ろう」
京香は裕嵩の方を見た。しかし、彼の方は納得しきれていない様子だった。
「京香、待機してても大丈夫なのかな?」
裕嵩は白い廊下を歩きながら、京香に聞いた。
「分からない。でも、一刻も早く回収作業をしないと大変なことに」
「そうだよね」
裕嵩は下を向いた。
二人はそのまま1時間、待機室で待っていた。二人は、回収作業も前方へ向かい業者を確保することも出来ずにただただ待機をしていた。上層部の命令を待っていた。
「京香ー……」
そんな二人のところに小御湯景子がやって来た。彼女は広報課。いろいろと情報が集まって来ていた。
「もしかして、何か情報が?」
京香は思わず席を立つ。
「えぇ、京香が一番気にしていそうなこと」
「上層部の会議?」
「えぇ」
小御湯景子はメモ書きを京香へ渡した。
「なぜ、紙?」
京香は小御湯景子の顔を見る。
「あなただけに、確実に届くから」
――外から来たスペース・デブリと同じで。
小御湯景子は少し微笑んだ。
「ありがとう」
京香は少し躊躇ったが、四つ折りのメモ書きを開いた。
「それじゃ、私は業務があるから」
小御湯景子は立ち去っていった。京香はメモ書きに視線を落とす。
そこには、上層部が前方でスペース・デブリを捨てさせる前に確保するかどうかを決断しようとしていると書かれてあった。
今回は、偶然にも不法投棄した場所がのちのワープ・エリアだった。それにより、被害が拡大した。ワープ・エリアを走行中・使用中のスペース・シャトルがスペース・デブリに巻き込まれ、次々と事故を引き起こしていっていた。未だ連絡の取れないスペース・シャトルもあった。
生命体の命か、後方現場の混乱かを選ばなければいけなかった。
「どちらにしますか?」
事務次官のジーム・カストが尋ねた。
「現場の混乱は避けたい。きっと現場の職員たちの記憶のつながりが異常をきたすでしょう。タイムパラドックスのようにね」
エル・リーベルは目を伏せて話す。一方。
「えぇ、それは避けたいですね。元に戻るのに治療が必要となる」
ジョン・ホーキンスは被害を受ける人々のことを考えて発言した。
「だが、命あってのこと」
「全員を巻き込むのですか?」
ジョン・ホーキンスは、キシ基義の意見に食って掛かる。
「あたりまえでしょう。犠牲者を出すわけにはいかない」
キシ基義は人命を重んじていた。しかし、ジョン・ホーキンスは納得しない。
――全員で怪我をするか、過半数で助かるか、……どうすれば。
「京香、大丈夫?」
裕嵩は心配をした。
「裕嵩、もし、私たちにも混乱の余波がきたら……」
「大丈夫。忘れないから。だって、幼なじみだし。記憶の歴史が違うと思うよ? 言い過ぎたかな?」
「ううん。ありがと」
京香は苦笑した。
「こうしましょう。全員で怪我をすると」
「何を言っている!? そんなことは許されない」
ジョン・ホーキンスはキシ基義の意見に声を荒げた。
「一部の行方不明者を助けなくてはいけません。見捨てるわけには」
「それぐらいは分かっていますよ。しかし、無傷の人まで」
エル・リーベルは淡々と話した。
「……確かに。私にも家族が」
キシ基義は少し躊躇った。
「私にもいますよ。だから、全員で……と思う」
ジーム・カストはキシ基義の方へ意見が傾いていた。
――やれやれ、これでは2対2。
「それでは、私も全員で……ということに」
エル・リーベルは意見を変えた。
「いいのですか?」
ジョン・ホーキンスは聞き返した。
「えぇ、それがいい」
エル・リーベルは再び、目を伏せる。
「3対1ですね」
「では、現場へ伝えてきます」
ジーム・カストは席を立ち、退室していった。
「深黒氏!」
ローが遠くから、大きな声でやって来た。
「どうしたの?」
京香はローを見る。
「上層部からの命令です。前方で投棄前に確保だそうです」
「分かりました。いってきます」
京香は駆け出した。
「あ、じゃ、僕も」
裕嵩はローに手を小さく振った。
出国ターミナル。二人は走ってスペース・シャトルへと向かう。
電光掲示板の一行の連絡を横目に急いだ。
91番。スペース・シャトルの搭乗口へとたどり着いた。京香と裕嵩の二人は、パスカードをかざす。すると、人工知能が姿を現した。
「認証いたしました」
二人は、扉の開いたスペース・シャトルへと乗り込む。
「先行班は搭乗済みです」
「分かりました。前方へ」
「はい」
二人は席に座り、安全ベルトをはめる。
「3.2.1.0…」
そのアナウンス後、近くの窓の外は景色を一変させた。そこには、大量のスペース・タンカーがいた。
――どうして!?
「京香、どうしよう」
裕嵩も動揺していた。この中から主犯を見つけ出さなくてはいけなかった。
――この中から、探し出すなんて。
――こんなにたくさんのスペース・タンカーから?
京香と裕嵩の二人は、それぞれ焦った。こんなにスペース・タンカーがいるのに、少しもスペース・デブリを投棄させずに確保することが出来るとは思えなかった。すると、そこへ先行班の代表が入って来た。
「私たちで手分けをします。取締官のお二人はここで指示を出して下さい」
「しかし……」
「必ず、主犯を確保しますから」
「分かりました。では、よろしくお願いします」
京香がそう言うと、先行班は小型機でそれぞれスペース・タンカーへと向かった。
「……」
しばし、沈黙が流れた。
連絡がない。
30秒経過。
自身の時計の針を見る。
40秒。
すると、モニターから立体映像が映し出された。
「先行班1、全員確保。主犯なし」
「先行班4、全員確保。主犯なし」
「先行班5、全員確保。主犯なし」
50秒。
「先行班2、全員確保。主犯なし」
「先行班3、全員確保。主犯なし」
1分10秒。
「先行班6、全員確保。主犯なし」
「先行班7、全員確保。主犯なし」
――まだ、主犯がいない。
――残り3台。
「先行班8、全員確保。主犯確保」
――主犯確保。
「裕嵩、行こう」
「はい」
京香と裕嵩の二人は、鑑識班と共に第8先行班のスペース・タンカーへと向かった。
中へ入ると、先行班の機械たちが業者を取り押さえていた。
「連行して」
「はい」
京香の指示に従い、先行班の機械たちは彼らを連行し始めた。それに逆らうかのように二人は制御室へと向かう。
――データが残っているといいのだけれど。
京香はそれを確認する。
――あった。
どうやら、大丈夫だったようだ。
「あとは私たちが行います」
鑑識班の班長がやって来た。彼女も機械である。
「分かりました。私たちは後方へ戻ります」
京香と裕嵩の二人はスペース・シャトルへと戻った。
そして、二人は人工知能にパスカードを再びかざす。すると、窓の外は再び、急激に変化した。
京香はその窓の外を見て、胸をなでおろした。いつもと変りなく、スペース・シャトルが対消滅と対生成のように行き交っている。
しかし、生命体の記憶は混乱を引き起こしていた。
アンドロメダ支部 空間管理課。
いつものように小御湯景子が情報を持って、やって来るものだと思っていた。でも、お昼を過ぎてもやって来なかった。
京香は彼女がきっと忙しいのだろうと思っていた。しかし、現状は違っていた。
「こんにちは」
イツシブ・コリンズが空間管理課へやって来た。
「こんにちは。どうなされたのですか?」
京香は席を立ち、彼を出迎えた。
「たしか、深黒氏は小御湯氏と親友でありましたね」
「え、えぇ。そうです」
京香は不意を突かれたように少し戸惑った。
――景子に何かあったのだろうか?
「小御湯氏に記憶障害が起こっています。今回のスペース・デブリの事前回収の為です」
「!」
――そんな。
「アンドロメダ支部の半数以上がこの症状です。私もそのうちの一人ですが」
「え?」
京香は一瞬、凍りついた。上層部の判断に従ったとは言え、自身の行動でこんな事態になっていることに。
「実は、あなたのことは覚えていません。相棒の白和泉氏は覚えているのですが……」
イツシブ・コリンズは少し申し訳なさそうに話した。どうやら、小御湯景子の状態を伝えてくるようにと頼まれたようだ。
「そうだったのですね。わざわざ、ありがとうございます」
「いいえ、では」
彼は笑顔で会釈をすると、立ち去っていった。
「京香?」
裕嵩は京香の事が心配になった。彼女は涙をためていた。
生命体は、命と同等の記憶を失ってしまった。