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スペース・デブリ取締官  作者: 津辻真咲
8/11

電子


「いい加減、この方法での不法投棄はやめた方がいいだろう」

「というと?」

 エリダヌス本部警察省長官であるスティー・ショウは同じくエリダヌス本部の宇宙環境省事務次官のジーム・カストの言葉に聞き返した。

「私たちの宇宙環境省の職員は、このスペース・デブリの存在を感知できないはずがない」

「何を弱気に……」

 スティー・ショウはジーム・カストの弱気に呆れた。

「いいですか、これは情報統制ではあるが、現宇宙の混乱を防ぐためのものです。諦めてはいけません」

 スティー・ショウは必死に説得を開始した。

「分かっている。あの解決方法はまだ見つかっていないのであろう?」

「えぇ、だからです。被害にあった地域は封鎖しております。解決次第、復興のためデータだけは取っておいております。ご安心を」

「分かった。任せよう」

 ジーム・カストは弱気になるのを諦めたようだ。

「では、後程……」

 スティー・ショウは厄介な彼の弱気に疲れながらも、丁寧に会釈をすると、手で扉を開けて、部屋から去っていった。



上空から降りてくる雪を彼女は手のひらで受け止めていた。ここはアンドロメダ支部資料室。彼女はここの常連だ。ここの地球の雪の資料を見るのが日課なのだ。

もちろん彼女のネクタイピンはもう既に凍結していた。綺麗な6つの枝が伸びて、結晶のようになっている。彼女はいつもここでスペース・デブリの情報を受け取る。ここに長居をしている証拠だ。


彼女の携帯端末が鳴る。さっそくスペース・デブリの情報が届いた。彼女は立体映像の資料を閉じると、携帯端末の情報を開いた。

再び、立体映像が現れる。今度は携帯端末からの映像だ。そこには、スペース・デブリが発見されたと書かれてあった。そして、緊急出動と。

彼女は携帯端末をしまうと、資料室から去っていった。扉から外に出て、廊下を歩いていると、向こうから裕嵩が慌ててやって来ていた。京香を迎えに来たのだった。

「良かった、間に合った」

彼は微笑んだ。

彼の微笑みからはまるで赤外線が出ているかのように暖かい。それに加え、アルファー波までも出ているかのように安心した。

京香は、彼とは一期一会にはなりたくないと思っていた。幼なじみだから、もう既に一期一会ではないが、そんな感じがしていた。



現場は、アンドロメダ支部 第554地区だった。そして、不法投棄先はエリダヌス本部だった。だから、彼らとの合同捜査だ。

「お待ちしておりました」

人工知能のローが姿を現した。

「今回のスペース・デブリは電子です」

――電子?

「なので、今回は被害はありません。それに加え、上層部からは回収の必要がないと伝えられました」

「え、なぜ?」

京香たちは、なぜ回収をしないのかとローに尋ねた。

「理由は伝えられておりません。どうやら、エリダヌス本部の上層部からだそうです」

「そう、分かった」

京香は気にしなかったが、裕嵩は不服そうであった。

「気になるの? 回収不要が?」

「ちょっとね……」

裕嵩は苦笑した。

「大丈夫よ、ただの指令よ」

「うん」

裕嵩は不安を隠して苦笑を再びした。


「今回の前方は500万年前、後方は6カ月前です」

「6カ月も前?」

 ローの情報に裕嵩は聞き返す。

「被害が出ていなかったので、とある研究チームの別調査がなかったら、今も気付いてはいなかったでしょう」

――そうなんだ。

 裕嵩は納得した。

「では、前方へ行こう。不法投棄業者を確保するため」

「うん」

彼はそう返事をすると京香のあとをついていった。



スペース・シャトルは漆黒の真空を漂うように待機していた。スペース・デブリの不法投棄の完了を。今回は回収なし。確保だけだ。

――しかし、なぜ確保だけなのだろう?

――回収しなければ、いずれ銀河系の形成に影響を及ぼしかねないのに。

京香は窓の外をただただ見ていた。


スペース・デブリの不法投棄が終了した。その合図が電子音として流れていた。それを聞くや否や、二人は小型機へ急いだ。そして、ほかの小型機に乗った先行班と共に対象物のスペース・タンカーへととんでいった。


小型機がスペース・タンカーの側壁へくっ付くと、その小型機はレーザーでその頑丈な側壁を円状に切断した。すると、その円状に切断された側壁の破片は小型機からの圧縮空気により、内側へ吹き飛んだ。すると、小型機の扉が開き、先行班がなだれ込んできた。

先行班の乗った小型機は、5機。先行班の機械たちは15名。

後方のスペース・シャトルには、鑑識班が待機している。

京香と裕嵩は、小型機からスペース・タンカーへ突入すると、制御室へ向かった。そこには、不法投棄業者が必ずいる。そこへ向かって二人は走る。

しかし、制御室からの攻撃で機内にはレーザーの雨が飛ぶ。二人はそれを自身の身に着けているシールド装置で被弾を抑える。すると、前方の防火壁が下りようとしていた。

――大変!! 封鎖される。

金属音と共に、防火壁の降下が止まった。先行班の機械が止めたのだ。

「お先に」

「ありがとう」

京香と裕嵩は、防火壁を潜り抜ける。そして走る。制御室はもうすぐ。しかし。


突然、爆発音が辺り一面に響き渡った。

「な、何!?」

裕嵩は、轟音による衝撃波で少しよろめいた。

「主任!! 突入の続行は不可能です。一旦、退避の指示を」

後方から先ほどの先行班の機械が走って来た。

京香は振り返ると、全機械に指示を出した。退避をすると。



「おかえりー……。今回は大変だったね」

アンドロメダ支部へ帰って来た京香に小御湯景子は手を振り、話しかける。今回は、スペース・タンカーの爆発により、業者の確保が一時中断した。それにより、空間管理課は担当から外された。

「大丈夫?」

「まぁ、なんとか、かな?」

京香は苦笑して、視線を外した。すると、小御湯景子は苦笑して、京香に耳打ちしてきた。

「実は……、もう既に不法投棄の業者は逮捕されているらしいよ」

「え!?」

いつも冷静な京香は声に出して驚いてしまった。

「どうして?」

京香は動揺を隠しきれない。

「うー……ん。なんというか、警察省が直接逮捕したみたいで」

――警察省が!?

京香はいろんな考えを巡らせた。

――なぜ、空間管理課をわざわざ担当から外して?

――警察省に何か不都合なことでもあるというの?

「どうやら、その推理の方が合ってそうね」

小御湯景子は考えを巡らせる京香の表情を見て、微笑んで言った。彼女は自身の推理力より、目の前の京香の推理力、想像力の方が上だと自負していた。彼女の友達思いは、京香と出会ってからだ。

「どうしたの?」

後方から、書類をかかえた裕嵩が来た。

「あ……」

京香は彼のかかえた書類を見て、気を重くした。今回の失敗により、裕嵩は資料整理を任されてしまったのだった。京香はそれを自身のせいだと思い、いたたまれなかった。

「大丈夫よ」

小御湯景子は京香へ微かに耳打ちした。すると、京香は裕嵩の方へ駆け寄る。

「半分持つわ」

京香は裕嵩の持つ資料の上半分を両手で持ち上げた。

「行きましょう」

京香は笑顔で言った。

「うん」

裕嵩は笑顔で返した。



京香と裕嵩の二人は白い廊下を歩く。二人の他は誰もいない。白い無機質な空間。宇宙よりも静かな世界だった。

京香は何を話せばいいか分からずに目の前の資料へと目線を落としていた。

――成分の一致?

京香は目の前の資料にくぎ付けになった。

「裕嵩!! この資料どこで手に入れたの!?」

 京香は裕嵩に問い詰めた。

「え……、今さっきこれを課長に渡してくれと支部長から……」

 裕嵩は、京香の迫力に少し戸惑いながら話した。

「支部長!?」

 京香は驚く。

「どうしたの?」

一方、裕嵩は取り乱す京香に驚いて尋ねた。

「この資料見て」

 京香は資料の一枚目の半ばぐらいを指さして言った。

「うん。成分が一致……」

 裕嵩はのぞき込んで、読み上げる。

「どうして?」

 彼はきょとんとして京香の顔を見た。まだ現状を分かっていなかった。

「だから、どうして警察省の押収品の爆薬と先ほどの爆発した成分が一致しているの!!」

「……あ」

「裕嵩、行くわよ」

「え!? どこへ?」

裕嵩は重い資料をかかえたまま走り出す京香のあとを必死に走ってついていった。



「支部長」

京香はノックもなしに彼の部屋へ入り込む。アンドロメダ支部、支部長シーカス・ブリントは声を出して驚いていた。

「一体、何があったというんだ? ノックぐらいはしてくれ」

「そんなことを言っている場合ではありません」

「え?」

シーカス・ブリントは京香にぴしゃりと言われる。しかし、彼はわざとにふよっととぼけた。

彼はそういう雰囲気をわざと醸し出している。それにより、彼の本心を誰も気付かない。警察省の上層部もそれには気づいてはいなかった。

「なんだ、もう分かったのか」

 シーカス・ブリントの雰囲気ががらっと変わった。いつものどこか鈍感な気配から、何もかもが完璧主義というようなきりっと張り詰めた気配になった。

「裕嵩君、よくやった」

 そんな空気の中、シーカス・ブリントは彼を誉めた。

「え?」

その言葉に裕嵩はきょとんとしていた。

「この後はわかるね。君の想像している通りだよ、深黒氏。しかし、私の立場では行動ができない。信頼をなくしてしまうからね」

「分かっております」

 京香がきりっと答えた。

「僕たちが?」

一方、裕嵩は戸惑っていた。

「その通りだよ。私に代わって、やってもらえないかな?」

 シーカス・ブリントは作為的に微笑んだ。

「分かりました。その代わり、バックアップは頼みます」

 京香は淡々と話す。

「いいだろう。私にできる根回しはしておこう」

「分かりました。では、失礼します」

そして、二人は部屋を出て行った。



「どういうこと? 詳しく聞かせて?」

 裕嵩は京香に尋ねた。

「結論から言うと、爆破は警察省がわざとにやったことだと思う。もしこれが合っているとすると、警察省と逮捕された業者はつながっている」

 その言葉を聞いて、裕嵩は少し驚いているように見えた。

「要するに、警察省がこんなことまでしてかばおうとするのにはきっと警察省の外部団体がかかわっていると思う」

「外部団体!? かなりの数があるんじゃ」

「でも、それは大丈夫」

「え?」

 裕嵩は聞き返す。

「スペース・デブリは電子であり、担当はエリダヌス本部。ということは、エリダヌス本部の空間管理課と関わっているかもしれない」

「そっか」

裕嵩は両手の資料を机に置く。京香も置く。

「行こう、本部」

「うん」

裕嵩は笑顔で答えた。彼女の役に立てることが嬉しかったからだ。



「ジーム・カスト事務次官。面会の要望です」

 ジーム・カストの部下、五十川ノブカツ(イソカワ ノブカツ)が彼の部屋に入って来た。

「確か、アンドロメダ支部のシーカス・ブリント支部長でしたね。通してください」

 ジーム・カストは優しく話していた。彼は、誰と話す時でもやわらかな雰囲気を崩さない。一方、部下の五十川ノブカツは四角四面な気配を崩さない性格だった。

「はい」

その言葉と共に、京香と裕嵩の二人が中へ入って来た。

「シーカス・ブリント支部長の代わりの方々ですか?」

「はい」

 京香は冷静に返事をした。

「どうしましたか?」

 ジーム・カストは京香たちにも優しく尋ねる。

「私たちは、ただの職員です」

「そうでしたか」

 ジーム・カストは少し驚いてから、そう言った。

「この資料は本当ですか?」

京香は先ほどの資料を突きつける。

ジーム・カストはしばし驚き、その後口を開いた。

「何が言いたいのかな?」

「事実が知りたいです」

隣から裕嵩が声を出した。

「なるほど、スティー・ショウ長官はアンドロメダ支部に裏切られたようだね」

 ジーム・カストは少し間を置く。そして。

「それでは、話そうか。しかし、このことは誰にも話さないでほしい。これは保身ではない、現宇宙のためだ」

「分かりました」

京香のその返事を聞くと、ジーム・カストは話し出した。全てを。


なぜ、警察省と共にこの爆破事件を起こしたのか。それはスペース・デブリの不法投棄業者が警察省の外部団体であったためだ。

ではなぜ、警察省の外部団体は電子を不法投棄したのか。それはエリダヌス本部のとある地域で恒星の核融合反応が起きなくなったことを隠すためであった。

核融合反応には、陽子が中性子になる必要があるのです。しかし、今回はそれの逆が起こり、中性子が陽子に変化して、核融合反応が起こらなくなってしまったのです。

中性子が陽子へと変化する際、ウィークボゾンを放出します。その後、そのウィークボゾンは電子と反電子ニュートリノへと変化します。

それにより、外部団体は電子を処分していたのでした。


「まさか、その現象を解決する方法がまだ見つかっていないのですか?」

 京香は尋ねた。

「あぁ、そうなんだ」

だから、混乱を避けるために隠していたのだった。


「……そうでしたか」

京香は裕嵩の横で黙っていた。

一刻も早く、解決方法を見つけたいが、科学技術がそこまでとらえていない。それにより、核融合ができない恒星の惑星系は死滅していっていた。そのことも伏せられていた。それは警察省が行っていた。

――どうすれば、いいの?

京香は目線を下へ下していた。

「君たちはこのまま帰りなさい」

――え?

「この事態は、私たち上層部がなんとかするものです。あなたたちは自身の役割を全うして下さい」

 ジーム・カストは少し微笑みを見せて言った。京香と裕嵩の二人をこちら側へ巻き込まないために。

「五十川、お帰りです」

「はい」

五十川ノブカツが扉を開けて入って来た。

「こちらです」

 彼は来た時と同じく、京香たちを出口へと案内した。

「……」

京香と裕嵩は黙って彼のあとをついていった。アンドロメダ支部へ帰るために。



「そうだったのか」

京香は支部長シーカス・ブリントへ全てを説明した。

「まぁ、そう落ち込むな。私もつらい。生命体なら、なおさらだ。誰かが被害を受けるということはとてもつらいことだ」

 シーカス・ブリントは微笑みかけて来た。どうやら、京香たちの傷心に気付いていたようだ。

「……失礼します」

京香と裕嵩は部屋を後にしようとしていた。

「大丈夫だよ」

シーカス・ブリントは二人に声をかける。


生命体は自由意志に導かれ、必ず生き延びる。


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