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スペース・デブリ取締官  作者: 津辻真咲
6/11

地球時代 冬


轟音がした。

京香は思わず携帯端末を握り、席から立ちあがった。

――一体、何!?

京香は立体映像の資料を収納するのも忘れて部屋から出て行った。一面窓から外を確認する。すると、一面、青い物質に覆われていた。

――どういうこと?

京香は窓ガラスに右手を当て、窓の外をよく見ようと顔を近づけた。

――何も見えない。

すると、次の瞬間、廊下の上部に取り付けられているスピーカーから警報音が鳴り響いた。それと同時に、携帯端末からも警報音が。

京香は音の鳴る携帯端末を操作して、送られてきた警告文を見た。

『デブリ・アドベントが発生しました。緊急以外、宇宙コロニーから出国をしないで下さい』

どうやら偶然にもアンドロメダ支部の宇宙コロニーが、スペース・デブリの不法投棄元になってしまったようだ。業者が前方へ移動して産業廃棄物を不法投棄する場合、業者が不法投棄した瞬間にスペース・デブリが突然出現したようになるのだ。この突然起こる現象をデブリ・アドベントと呼称している。


「京香!」

彼女を呼ぶ声が聞こえた。

京香は声のする方へ振り返る。そこには裕嵩がちょうど息を切らして、走ってきていた。

「京香、警報音が……」

裕嵩は両ひざに両手を当てて、苦しそうに息をしていた。必死に走ってきたのだろう。

「大丈夫?」

京香は少しかがむ。

「スペース・デブリらしい」

裕嵩は息を整えた。

「酸素のスペース・デブリだそう。今回のデブリ・アドベント」

裕嵩は京香の顔を見る。

「だから、緊急用のスペース・シャトルで前方へ行くらしい。僕らが担当になったんだ」

「分かった。急ごう」

京香と裕嵩は緊急用ターミナルへ向かった。


緊急用スペース・シャトル内、二人は資料を立体映像で見ていた。

窓の外は一面、酸素で青い。

京香はふと窓を見る。

――まるで、あの時みたい……。



しののめのホーム。

列車の発車音が鳴る。

紫色と化した白い車体がスライドしていった。

ここから先は、国境線。

温暖化により氷の大地は、もうない。

高層テトラポッドは深い海底から積みあがった防波堤。

その間を天井鉄道が進んでいく。

その景色の中に彼女がいた。

「京香、おはよう」

裕嵩が笑顔で彼女に声をかけた。

地球時代。彼らは蝦夷地にいた。彼らの高校は北方領土を越えた海の向こうだった。

いつものように二人は隣同士で席に座った。後方の窓には、青い空と海と酸素気団が移り変わっていった。一面、いろいろな系統の青色で埋め尽くされていた。


アナウンスが流れる。択捉へ着いた。高校はこの島の高台にある。季節は冬。なのに、桜の花びらが舞い散ってきていた。氷河期直前のこの時期、温暖化で地球に氷河などなかった。もちろん、冬という景色も……。

薄い藍色の空と同じ色をした花びら。品種改良されたSky’s Daughterは地上に空を咲かせていた。その桜のある中庭はまるで空中庭園といってもいいだろう。

「京香、おはよー」

彼女は手を振り返す。

「おはよ」

周囲に笑顔が飛び交っていく。

京香と裕嵩は、別々のクラス。でも、一緒に登下校をしている。きっとそれは小学校からの幼馴染だからだ。

「裕嵩、また放課後ね」

裕嵩は笑顔で手を振った。



「炎色反応より、ストロンチウムとリチウムは、深紅色に変色します」

――空の色はガリウムかな。

 京香は頬杖をして授業を聞いている。

――そういえば、酸素気団も青色だ。

酸素は、青色をしている。よって、遠くの山ほど青みがかかる。液体にするときれいな青い液体になるのだ。それにより、酸素の割合の多い空気の塊の酸素気団に覆われるとBlue Outになり、周囲が一面青色で視界が閉じてしまうのだ。

ここの海域は、その酸素気団が発生しやすく、鉄道事故が多々起こっていた。


チャイムが鳴った。

「今日はここまでにします」

京香が青色の空想に思いを巡らせているうちに授業は終わり、先生は退室してしまった。


「裕嵩!! お待たせ」

京香は裕嵩との下校のため、空中庭園で待ち合わせをしていた。上を見れば、上空の欠片がちらちらと舞い降りてくる。

「行こう」

京香は、裕嵩の袖を掴んで走り出す。中庭を抜け、校庭を通り、駅まで走る。裕嵩はいつも駅までは自転車だ。だが、今日は駆ける。空の欠片も駅までついてきた。高台から駅まで高気圧からの風が吹いていた。

なので、今日は晴天だ。雲一つない。


発車の音楽が流れた。駅では、今日の夕方やって来るという酸素気団の予報で電光掲示板の立体映像が埋め尽くされていた。

「運休になるのかな?」

 裕嵩はそれを見上げてつぶやく。

「えー、待たされるの、嫌だな……」

京香もぽつりと愚痴を漏らした。

「大丈夫だよ。僕も早く列車に乗りたいし」

裕嵩は京香の意見をフォローして、笑顔を見せた。彼は内気だがとても優しかった。自身にも優しいが、他人にも優しいという人を傷つけることは出来ない性格だった。


列車が静かにホームへと入って来た。どうやら遅延はしたものの、運行はするようだった。

白い車体に青みがかかる。

酸素気団がすぐ近くまで来ている気配だ。

二人は開いた扉から列車に乗り込み、座席へ座った。すると、外は少し薄暗くなっていた。日の入りと酸素気団が重なったからだった。

天井鉄道は波のすぐ上を進む。高層テトラポッドに挟まれて。その下は温暖化で海底に沈んだ街がある。

――綺麗な群青色。

窓の外は、もう既にBlue Out状態だった。


列車は音もなく、蝦夷地へ向かってスライドしていく。白い車体は、青い世界を進む。



金属音と共に車内の空間が横転した。

二人は座席から投げだされた。


白煙と砂塵が衝突音の余韻とともに上空へと昇っていく。

運転席は破損から免れたが、1号車と2号車の連結部分がへし折れ、高層テトラポッドに衝突し、潰れていた。

「京香……?」

先に気が付いたのは裕嵩だった。

「京香!?」

裕嵩は目を疑った。

隣にいたはずの京香が頭部から血液を流して倒れていることに。

「京香!!」

裕嵩はもう一度、彼女の名を呼ぶ。しかし、京香は気を失ったままだ。

外はBlue Out状態。空路、海路、そして、列車以外の陸路も使えなかった。小型の車体をもつ、緊急用の列車を待つしかなかった。しかし、彼女の血液は止まらない。緊急用の列車は、蝦夷地にしか配備されていない。時間との戦いになっていた。

裕嵩はガラスの破片で切り傷だらけの腕で、京香の上半身を抱き上げた。せめて、けがをした頭部を高いところへと思っていた。


この自然環境の妨害により、京香の命は危機に瀕していた。

――早く!!

裕嵩は、京香の上半身を抱きしめていた。

何時間たっただろうか。他の乗客も意識を取り戻している者もいた。そして、応急処置を施している者も。すると。


何か、音がした。

「大丈夫ですか?」

裕嵩はその声に振り返る。

救急隊員だった。

――助かった。

裕嵩は安堵で腕の力が抜けた。



蝦夷地。そこにもSky’s Daughterはいた。

空の欠片を舞い散らして、咲き誇っていた。

その桜舞い散る窓辺がある病室で京香は目を覚ました。傍には裕嵩の姿があった。

「京香、大丈夫? 痛くない?」

裕嵩は、京香を心配する。

「あれ……? 裕嵩なんで包帯?」

「天井鉄道が事故を起こしたんだ」

裕嵩は優しく苦笑する。

でも。

……。

――涙?

裕嵩は包帯の巻かれていない方の手で涙を必死にぬぐっていた。

「僕、怖かったんだ……」

京香はその言葉を聞くと、上体を起こした。

「大丈夫だよ」

京香は笑顔で裕嵩をフォローした。裕嵩は京香の笑顔を見る。京香の笑顔に涙は一層増す。

「僕、甘すぎたんだ。宇宙環境省に行きたいなんて……」

京香はその言葉にきょとんとした。

「酸素気団のせいで救出が少し遅れたから」

「……自然の脅威を過小評価してたの?」

裕嵩は頷いた。

「でも、宇宙環境省に行きたい」

――それでも、自然環境を守りたい。

「そっか」

京香は少し安堵した。

――私も自分の進路に人生をかけよう。


科学が進歩する途中で、自然環境も守れるのではなくて、自然環境を守る途中で、科学が進歩するのだ。

自然環境を守りたいというのも、生命体の自由意志の一部だからだ。


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