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スペース・デブリ取締官  作者: 津辻真咲
3/11

重力子


「アンドロメダ支部第20地区との通信が途絶えました」

その音声が再生された。

管理室長は、久しぶりの仕事だと思っていた。彼女は椅子から立ち上がり、隣の通信システムの中枢へと向かう。しかし、原因はここではなかった。

彼女は、連絡を取る。

「アンドロメダ支部第21地区のイーラ・ワトソンです。第20地区の担当者に繋いで下さい」

「……」

オペレーターが応答しない。

――なぜ?

「……ただ今、システムをシャットダウンしております」

「え!?」

彼女は通信を切り、今度はもといた隣の部屋へ向かう。

「……第20地区、メイ」

「はい」

 イーラ・ワトソンは、第20地区の担当人工知能と接触を図った。

「第20地区の通信システムは?」

「反応がありません」

「では、第……」

「私も、第20地区から逃れてきました。機械は皆、ステルス寄生状態です……」

彼女との通信は途絶えた。



『電子メールを受信しました』

その音声が聞こえて来た。

雪で凍えた右手で、京香はその画面を開く。

『スペース・デブリが確認されました。

    投棄先:カシオペヤ支部 第4地区

    投棄元:アンドロメダ支部 第20地区

    直径:2光年

    前方:1億年前

    出現からの経過時間:30分  以上』

彼女は携帯端末をしまい、資料室の資料を閉じた。雪は止み、室温が一気に戻る。そして、ヘアピンとネクタイピンが結露した。

すると、扉の開閉音と共に声が聞こえた。

「あ」

目の前の扉からちょうど裕嵩が入って来た。

「すみません。あ、あの、たぶんここだろうと……」

 裕嵩は彼女の大切な一人の時間を邪魔してしまったのではないかと少し心配して、申し訳なさそうに言った。

「えぇ、ありがとう」

 一方、京香はそんなことは気にしておらず、逆にお礼を言った。それを見て、裕嵩は少しほっとしていた。二人は資料室を出ると、出国ターミナルへと向かった。

裕嵩は京香のあとを追うように、歩いていった。



現場は、空間以外ほぼ崩壊していた。

「今回のスペース・デブリは、重力子です」

「え!?」

ローの説明に裕嵩は、驚いていた。

「現場のほぼ全ての物質が素粒子レベルまで分解されてしまいました」

現場の約2光年の範囲を占領した重力子は、自身の性質により物質に強力な重力を発生させて、それによる潮夕力でその範囲内の物質を素粒子レベルにまで分解していたのだった。

通常ならば、ゆっくりと惑星系を形成するような星間ガスも、重力子が多量にあったために、まるで暴走成長をしたかのように、ブラックホール同等の強力な潮夕力を発生させていた。


「では、前方へ行きましょう」

京香は、さっさとスペース・シャトルへ乗り込む。裕嵩もそのあとを追う。

「それから……」

ローは言いかける。

「何?」

京香は振り返る。

「回収担当の職員から、相談がありますということでした」

――相談?

裕嵩は京香を見ていた。

「今回のスペース・デブリ、重力子の性質を踏まえて、専門家、回収担当、そして前方担当の3組で回収・被害回復の打ち合わせをしたいとのことです」

「分かりました」

京香はそう答える。

ローは目を伏せる動作で敬意をはらうと、立体映像を収納して電波となり高速移動していった。



1億年前 アンドロメダ支部 第20地区。

――不法投棄業者到着、30秒前。

ディスプレイのカウントダウン表示がなめらかにスライドしていく。

20秒。

裕嵩は銃の確認を終える。

10秒。

京香が窓ガラスから漆黒の真空を見つめる。

3.2.1…

0…

――何も起きてない?

対象業者の姿が確認できず、裕嵩は焦る。

しかし、電子音は響く。スペース・デブリの増加は、確認されていた。

「業者はこちらへは、来ていないようね」

「はい」

今回の業者はスペース・デブリの不法投棄をする際、わざわざ時間軸を移動せずに小型のワームホール発生装置にスペース・デブリを直接、入れ込んで、捨てているようだ。

それにより、まるで宇宙空間に穴があいて、そこからスペース・デブリが漏れ出しているかのように観測されていた。


「戻ろう」

京香は裕嵩の方へ振り返り、言った。

「後方へ戻ります」

「3.2.1…」

京香と裕嵩との会話を聞いていたシャトル内蔵の人工知能がカウントダウンを始めた。

0…

スペース・シャトルは、後方の現場近くへと到着した。

現場の本部には、回収担当の職員2名と専門家の3名がいた。

「はじめまして。今回の回収担当の小倉ヒデトシ(オグラ ヒデトシ)と申します」

先頭を歩いて来た男性が握手を求めてきた。

「こちらは、パートナーのトウジ・ヒノです。そして、こちらの方々が物理学者の方、環境学者の方、そして、機械工学者の方々です」

「はじめまして」

京香は握手を皆と交わす。

一方、京香の後ろで、裕嵩は会釈をおどおどとしていた。

「現場は重力崩壊により、ほぼブラックホールの状態になっています。重力子が2~3倍になったからでしょう。まだ、スペース・デブリの出現から30分しか経過をしていないのですが……」

小倉ヒデトシの言葉を聞きながら、京香は隣の裕嵩と共に一面窓から現場を見ていた。

観測後30分で約2光年分の空間物質が素粒子単位になっていた。

物理学者のフィリップ・エンスがふとつぶやく。

「重力子を超弦理論にまで分解できれば、いいのですが……」

「それは、いいかもしれませんね」

環境学者のショーン・ネリは彼に同調する。

「しかし、重力子などの相互作用媒介粒子の解体は、政府の許可がいるレベル4操作研究所の技術が必要です」

機械工学者のニア・リングが少し困り気味に話した。

すると、回収担当の小倉ヒデトシが話へと入る。

「私たち担当の者が、申請をいたしましょう」

「よろしいので?」

 フィリップ・エンスが聞き返す。

「はい。担当ですから」

「それは、助かります」

 ニア・リングは少し安堵していた。

小倉ヒデトシはトウジ・ヒノと共に申請へと向かった。そのあとには、京香と裕嵩、そして、専門家3名が残された。

「重力子は閉弦ですからね……」

フィリップ・エンスがぽつりとつぶやく。

「そうなんですか?」

 裕嵩が話に入る。

「えぇ、唯一の閉弦、つまり超弦理論の閉じたひもです」

裕嵩がそれを聞き終えたと同時に京香が次の一手を行動に移す。

「裕嵩、ワームホールを特定しよう」

「え?」

「現行犯が基本。ならば、そうした方がいい」

「えーっと……」

業者はスペース・タンカーごと時間軸を遡り、スペース・デブリを不法投棄したわけではなく、ワームホールを使い、直接、不法投棄している。

ワームホールさえ、特定できれば現在の位置も特定できる。よって、現行犯逮捕が可能だった。

「行こう」

「はい」

二人は、専門家3名をその場へ置いていってしまった。すると、そのあとの場に人工知能の立体映像が現れた。

担当人工知能のローだった。

「申し訳ございません。これから後のことはわたくしが担当いたします。まずは会議室へご案内をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「えぇ」

「はい」

「そこで待機ですか?」

 3名はそれぞれ答えた。

「はい。事件の解決までの時間、お力をお貸しいただけないでしょうか?」

 ローは礼儀正しく、言葉を選んだ。

「分かりました」

「ありがとうございます」

彼は視線を下へ向け、その後立体映像を収納した。



広報課 室内。

小御湯景子が立体映像のタッチパネルを使い、報告書や資料を作っていた。すると、扉をノックする音が聞こえた。

彼女はそちらを向いた。

「どうぞ」

京香と裕嵩の二人は、その声に従い室内へ。

「どうしたの?」

 小御湯景子は椅子に座ったまま、二人の方へ向いた。

「特定してほしいワームホールがあるのだけれど、いいかな?」

 京香は彼女へ頼む。

「え? 例えば?」

 小御湯景子は聞き返す。

「ワープ・エリア以外のワームホール」

「それと自然発生以外の人工のみ、かな?」

――すごい。

裕嵩は二人の以心伝心に驚く。

「分かった?」

「えぇ、なんとなく」

 小御湯景子は、京香の言いたかった、〈人工のみのワームホール〉という条件を言い当てたのだ。

「それで? エリアはどこ?」

「アンドロメダ支部全域」

「ふぅーん……、分かった」

「ありがとう、じゃ」

京香は彼女の答えを聞くと、片方の手のひらを見せて部屋を出て行った。裕嵩もそのあとを追い、部屋を出た。



「すごいですね。親友ですね」

裕嵩は少し笑顔になった。

「ありがとう」

彼女は振り返らなかった。

京香は前へと進む。裕嵩はその半歩後ろをついていく。



向こうにゲートが見えてきた。

人工知能の十雨が立体映像で顔をのぞかせる。

「こんにちは」

京香は珍しく少し微笑んだ。

『Hello』

二人はゲートをパスする。

しかし、これから前方へ向かうのではない。スペース・シャトルの履歴を確認しに向かうのだ。

スペース・シャトルには、先ほど前方へ向かった時の時間軸の履歴が残っている。それを確認すれば、いつどこのアンドロメダ支部区域なのかが特定できるのだ。その時空の情報を小御湯景子へと伝えるのだ。

「51番です」

ミイが答えると、二人は彼女の案内を断り、スペース・シャトルの車庫へ向かった。

51番。

扉の上部にそう表記されてあった。

「ここのようですね」

裕嵩は辺りを大きく見渡す。京香はパスカードをかざす。しかし、開かない。

――なぜ?

「光ってない……」

裕嵩は、ぽつりとつぶやく。

彼は京香の一歩後ろで見ていたので気づいていた。

パスカードの認証部分が全体の上半分しか点灯していなかったことに。どうやら、二人分、同時の認証が必要のようだ。

「僕のパスカードと一緒に……」

裕嵩は、声が小さくなった。

『clear』

今度は、全てが点灯した。

京香は白色で描かれた正方形の枠に指をあてる。すると、扉がスライドして開いた。

車庫には、10台のスペース・シャトルが整備されてあった。

京香は、自身の使用したスペース・シャトルを探す。すると、裕嵩が京香を呼ぶ。

「こっちです」

「ありがとう」

京香は、彼の方へ少し速足になった。そして、そのまま該当のスペース・シャトルへと乗り込んだ。裕嵩も続く。

京香は、シャトルを起動する。すると、ディスプレイの端に履歴のタブが出てきた。それを指で押すと、立体映像が感知し、履歴を映し出す。

『前方 アンドロメダ支部 第20地区 第5番地 1億年50日4時間01分前』

京香はそれを携帯情報端末にコピーし、小御湯景子のもとへ転送した。

すると、電子音が響いた。5分後、小御湯景子から解析結果が送られてきた。

『後方 モノケロス支部 第9地区 第57番地現在から1時間19分前』             」

「行こう」

「はい」

京香と裕嵩は業者の現行犯逮捕へと向かった。



モノケロス支部。

ここの第9地区 第57番地。ワームホールが不法に開かれた。

京香と裕嵩の乗ったスペース・シャトルが宇宙の振動に隠れ、業者の作業をじっと待っている。

重力子がどんどん不法投棄されていく。本当なら、未然に防ぐべきなんだろう。しかし、それは出来ない。

業者がすべてを投棄するのを待つ。京香と裕嵩、そして、先行班の機械たちは準備完了している。

残るは、突入しての制圧のみだ。


業者が投棄を終える。

スペース・シャトルから小型機がいくつも発射していく。先行班と京香たちだ。

業者のスペース・ステーションへと突入する。いつものスペース・タンカーとは違い、10倍の大きさだ。スペース・タンカーを5台保有できるほどだ。


空気圧で壁が吹き飛ぶ。制圧の開始である。先行班の機械たちは次々と業者たちを現行犯で取り押さえていく。

京香たちは、制御室へと向かう。しかし、照明が落ちた。制御室でデータの消去が始まっていた。

――しまった。

「業者が逃げる!! 早く」

京香はそう言うと、すぐ後ろにいた裕嵩の右手首をつかんで走り出す。

「え!?」

目の慣れていない暗闇でいきなり腕をつかまれた裕嵩は、思わず声を上げて驚いた。しかし、京香はそれを気にせず、ひたすら走る。

廊下の上部には避難案内が淡く続いている。彼女はそれに逆らい、進む。目も慣れ、足音もそんなに響いているようには聞こえないほどになった。しかし、一向に逃げ出してくる業者の生命体がいない。

――別のルートか?

裕嵩も不安になってきていた。


後ろで金属音。

京香は振り返る。

拳銃が地面を滑ってきた。

――え?

――拳銃……がどうして?


目の前が赤くなった。

飛沫血痕が飛んだ。

先行班の人工血液だったが、裕嵩は驚き、後方の壁に背中をたたきつけてしまった。

「よけて!!」

京香が裕嵩の手を引く。ボーガンらしき細長い銃弾が飛んでくる。それは、背後の金属製の壁にまで突き刺さった。

京香が銃を構える。しかし、狙撃対象が見えない。京香は裕嵩を連れて、壁の陰に隠れる。誰も現れない。何かの音が小さくなっていく。

――逃げられたか。

京香は焦っていた。

――このままだと、逃げられる。

京香は壁の陰から鏡を使い、向こうの様子を確認した。

角を曲がる生命体が見えた。

「待て!!」

「京香!!」

京香は裕嵩の静止を聞かず、追いかける。それを見て、裕嵩も銃を取り出し、走り出す。


破裂音が2回、響いた。

「京香!!」

裕嵩が駆けつけると、赤い人工血液が広がっていた。

「裕嵩、大丈夫。確保した」

先行班の機械は腕に被弾したが、京香が業者の背後へ回り込んで後頭部へ一撃をくらわせていた。残りの先行班が追いつくと、京香は裕嵩に合図をする。制御室へ向かうのだ。


淡い緑色の照明に照らされて、制御室の扉が見えた。

――きっと、誰もいない可能性が。

京香は壁の陰にかくれる。扉を破るのは、裕嵩の銃だ。

裕嵩は2発連射した。扉は吹き飛び、中が見えた。


「……」

――誰もいない。

背後には鑑識班の後行班も迫ってきていた。裕嵩は鑑識班を招き入れようとする。


鑑識班の宙を行く機械2機が破裂音と共に墜落した。

――まだ、いるのか!?

しかし、姿が見えない。扉横の電源を入れても反応がない。赤外線で確認済みなのに何も確認できていなかった。

――生命体はいないはず……、一体誰が。


レーザーが飛び交った。

――レーザーが部屋の角から?

「裕嵩、主電源が完全にシャットダウンされていない。あれは人工知能」

「はい」

 裕嵩は返事をした。

「おとりになって」

「はい」

京香はその答えを聞くと、壁の陰から飛び出し、メインコンピュータの操作パネルへと向かう。

裕嵩は銃でレーザーの照射元を狙う。

1カ所命中。

2カ所目命中。

京香は操作パネルへとたどり着く。

――データもまだ完全に消去されていない。

京香はメインコンピュータを停止させるため、操作を始めた。

一方、裕嵩はレーザーの照射元を残り3カ所破壊すると、後方から来た鑑識班を中へ誘導した。

「操作停止の作業、私も手伝います」

 鑑識班の一人がそう言う。

2分後、データの完全初期化は免れた。



今回の不法投棄の業者は、人工恒星・人工惑星の軌道管理業者の下請けだった。

人工恒星や人工惑星の軌道修正などには重力子を直接、操作する方法がとられている。それにより、不要となった重力子の破棄を下請けに依頼していた。しかし、下請け業者は許可の必要な技術を使用せずにそのまま廃棄していた。1年ごとに更新が必要な許可を更新していなかったのだ。

一方、後方での回収班は、レベル4操作研究所の稼働申請が通り、スペース・デブリの重力子の解体を実行できていた。


「京香、おかえり」

小御湯景子は軽く手を振り、京香を迎えた。彼女は、ちょうど広報課の棟からこちらへやって来ていた。

「どうしたの?」

「もう5分でお昼よ」

小御湯景子は、携帯端末のデジタル表記を見せる。

「それじゃ、二人だけでね」

「やった」

二人は、食堂へ歩いて行った。


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