植物材
「美しい植物ね」
京香は、小さな植物をデスクに置いている裕嵩へ話しかける。
「ありがとう」
彼は、笑顔で答える。
水滴が幾つも付いた緑色の葉が、天井の光源からの光を乱反射させていた。
――植物が似合う。
京香は彼を見て、そう思った。
裕嵩は臆病で、人類以外の〈動く〉生命体が全て苦手だ。地球時代ならまだ生活できていたが、宇宙時代になってからは他の惑星の生命体たちとの交流が乏しい。
――大丈夫かな?
京香は頬杖をしながら、彼とその植物を見ていた。
すると、情報端末が鳴る。
――メールだ。
彼女は、画面を開く。
『報告』
画面のタイトルの部分にはそう書かれてあった。発信者の欄にはロー。現場の人工知能からだった。
『ケトゥス支部より、多数のスペース・デブリを確認しました。不法投棄元は、アンドロメダ支部 第1地区。スペース・デブリは、数種類の植物材だと判明しております』
その画面は、裕嵩の情報端末にも映し出されていた。彼にもメールが届いていたのだ。
「行こう」
京香はそう言うと、裕嵩と共に待機室から出て行った。そして、そのまま、現場へ向かうため、スペース・シャトルのある出国ターミナルへと歩いて行った。
壁の人工知能、歩龍と歩烏が姿を現す。
「こんにちは」
裕嵩は彼らに挨拶すると、首から下げていたパスカードをかざす。
「認証しました」
京香も反対の壁へかざす。パートナー認証が確認された。すると、今度は現場担当のローが姿を現した。
「現場の直径は、2光年です。今回は、アンドロメダ支部の一部で生産されている植物材です」
「そのようね」
植物材とは、地球でいうと木材のような〈動物〉ではない生命体が産業用に加工されたものだ。
「年数は?」
裕嵩は前方の時間を尋ねた。
「1億年です」
ローは即、答えた。すると。
「カードをかざして下さい」
出国ターミナルのゲート前で搭乗確認をされた。ゲートの前にも認証確認型の人工知能がいるのだ。
京香と裕嵩は認証されると、彼、十雨をあとにし、搭乗口へと進む。
ローも管理ゲートでは一応、認証を受けているのだが、認証が一瞬だったので、移動スピードをそのままに管理ゲートをくぐっているように見えた。
搭乗口では上下左右、大量の情報が流れていく。その中から、京香たちの情報をターミナル担当の人工知能のミイが抽出してくれる。
「51番です」
ターミナル担当の彼女が伝える。
「ありがとう」
京香の微笑んだお礼に、彼女は画面で笑顔を作る。裕嵩はそんな二人の隣を歩いて行った。
ケトゥス支部 スペース・デブリ現場。
目視しただけでは、ただの星間ガスにしか見えなかった。しかし、あの幅2光年全て、スペース・デブリの植物材である。
「被害状況の報告がありました」
現場担当のローが情報を話し出す。
「スペース・デブリの後方地域には、ミニ・ブラックホールが多数あり、そのミニ・ブラックホールが、今回のスペース・デブリの植物材を吸い込んでしまっているようです」
「え!」
裕嵩は驚く。
ミニ・ブラックホールは、常に蒸発をして、次第に小さくなっていっている。その際に放出する可視光線は、赤色から青色へと変化していく。そして、最後には蒸発をし終え、消滅してしまう。
それに加え、ミニ・ブラックホールは、他の天体と同じく質量をもつ。よって、銀河系の形成に少なからず影響を及ぼしている。
それにより、銀河系維持のため、ミニ・ブラックホールは、京香たちとは別の宇宙環境省の部署で管理されている。
「ミニ・ブラックホールの観測結果に変化は?」
「今は、まだ観測結果に変化はありません」
京香の問いに、ローは答えた。
どうやら、ミニ・ブラックホールの蒸発速度は変化していないようだった。まだ、安心は出来ないが、銀河系の回転速度などを維持・保護するには迅速なスペース・デブリの回収が必要だ。
「私たちは、前方へ向かいます」
「はい」
ローは、京香の言葉に返事をした。
「裕嵩、行こう」
「うん」
ネクタイを直していた彼は、少し慌てて彼女の後ろをついて行った。
「ネクタイピン落とさないようにね」
「あ、ごめん……」
裕嵩は廊下を早足で進む京香の気遣いに申し訳なさそうにしていた。
京香は、白色の髪に淡い水色の虹彩をしている。制服もその淡い水色に白線のストライプが入っていた。肩章とスカート、そしてネクタイは美しい白色をしていた。そして、その白い髪には、ネクタイピンのような細長いヘアピンが左側に2つとまっていた。
一方、裕嵩は濃い茶色の髪に濃い群青色の虹彩をしていた。制服の方は水色に白のストライプで白いネクタイと肩章に白いボトムスだった。そして、京香もそうだったのだが、銀色のネクタイピンは2つで1組となっていた。
「アンドロメダ支部 第1地区、1億年前への移動を開始します」
スペース・シャトルの簡易人工知能はアナウンスをする。
「0」
その音声と共に、窓の外の景色が変わる。周りの銀河の形は、現在とは違う。
――あれは、おおぐま座M82。
不規則銀河はほとんど無く、渦巻き銀河が大部分を占めていた。
――不法投棄が始まっているはず。
京香は、〈検知機〉の電子音に耳をすませていた。
……。
音が消える。
「行こう」
裕嵩の方へ振り返る。そして、小型機へ急いだ。裕嵩はそのあとを走って行く。
業者のスペース・タンカーの壁が圧力で吹き飛ぶ。先行班の機械たちが突入していく。
しかし、もう既に防火壁は全て閉鎖されていた。各ブロックに、先行班が散らばる形となってしまった。
――ここからでは、先へ進めない。
京香は防火壁に手を当てる。
一方、裕嵩は辺りを見渡す。
――監視カメラ。
彼はそれを見つけていた。
彼は、それを装備銃のレーザー・モードで撃ち壊す。
「どうする?」
裕嵩は京香に尋ねる。
「先行班の機械へは指示を出しておいた。二人、こちらへ向かっている。彼らなら、この防火壁ぐらい開けられる」
「1分?」
裕嵩は京香へ尋ねる。
「2分かかるらしい」
「分かった」
残り3分。
――ここでワームホール型を使われたら……。
京香の脳裏に、嫌な予想が浮かんだ。
すると、電子音が情報端末から聞こえだした。
京香は情報を確認する。
『退避を実行して下さい』
――え?
京香は一瞬、凍りつく。
――失敗した?
「京香? どうしたの!? 何かあ……」
スペース・タンカーのアナウンスが突然流れた。
「ワームホール型ワープまで、残り5秒」
「!!」
二人は驚き、思わず頭上のスピーカーを見上げた。
「裕嵩、退避するよ!!」
京香は裕嵩の手を引き、小型機へと飛び込む。
次の瞬間、小型機の窓越しに見えていた壁が無くなった。業者のスペース・タンカーは、先行班を乗せたまま、ワープして消え去ってしまったのだった。
――しまった!!
京香たちは、小型機をスペース・シャトルへと戻して、鑑識班と共に〈後方〉へ戻った。
「被害は、把握しております。先行班の担当を補充します」
人工知能の彼、ローは淡々と京香たちへ次の手順を説明した。
――どうするか。
京香は、視線をそらした。
「業者は、次の不法投棄を実行するでしょうか?」
裕嵩が京香に尋ねる。
「1回では、済まないだろうとは思うが、いつになるかは分からない」
「……うん」
裕嵩も今後に戸惑った。
ローが電子音と共に現れた。京香たちは自室で待機していたところだった。
「第2の不法投棄場所が出現しました。種類は、植物材。大まかな成分が一致しました。同じ業者の可能性があります」
「分かりました」
京香は返事をする。
「投棄先、セルペンス支部。投棄元、アンドロメダ支部第11地区です」
「時間は?」
裕嵩はローに尋ねた。
「前方、4億年前です」
第1のスペース・デブリ出現から1時間が経過していた。
「行きましょう」
「はい」
二人は再び〈前方〉へ向かった。
電子音が機内に響く。
――今度こそ。
京香は、窓の外の真空の漆黒を見つめている。
電子音が止む。二人は、小型機へ。そして、再び、圧力で壁が吹き飛ぶ。しかし、二度目の突入は、再び失敗へと続いていた。
――え。
二人の目の前には、倒れ壊された先行班がいた。
第1回と第2回、両方だった。
――なぜ……。
京香は立ち尽くす。
一方、裕嵩は防火壁が開いている事に気づいた。
「京香、防火壁が開いてる」
京香はそちらを見る。すると。
――人影。
京香は銃を構える。
しかし、標的は確認できなかった。
――生命体がいたはずなのに。
「戻って」
「え?」
京香は裕嵩へ向かって言った。
「小型機へ早く!!」
「う、うん」
彼は、少し戸惑っていた。
――2分経過。先程と同じ、ワープされる!!
しかし、壁の防犯システムが作動した。
……。
――しまった!!
京香の銃では対応できなかった。彼女が小型機の搭乗口に倒れ込む。
「京香!!」
裕嵩は、京香の身体が完全に小型機へ入るようにした。小型機は、搭乗口にシールドを張ると同時に扉を閉鎖した。
床の血液が慣性力で流れていく。京香は右肩と左わき腹を負傷していた。裕嵩は上の服を脱ぎ、止血する為に傷口を塞いだ。
――血が……。
血液は、すぐに彼の服を赤く染めていった。
「着替えてきなさいよ」
小御湯景子は、隣に座っている裕嵩に向かって言う。
ここは治療室の前の廊下。長椅子に二人は座っている。
「え、で、でも……」
彼は、京香が心配だった。
「治るから。というか、痕も残らないから、血液落として来て、服も着替えればいいから」
小御湯景子は鋭く言う。そんな彼女は裕嵩を横目で見ながら頬杖をしていた。
「う、うん。それじゃ……」
彼はそう言うと、小走りで更衣室へ向かった。
「優しいって、褒め過ぎじゃない?」
彼女は京香の言っていた言葉を思い出して、少し呆れてつぶやいた。
すると、目の前の扉が開いた。
「あ。景子、待っててくれたの?」
京香は彼女に手を振る。怪我は再生医療で完治させていた。しかし、制服は血液だらけで、ボロボロだった。
「え? もう終わったの?」
小御湯景子は予想外できょとんとした。
「うん」
京香はそれに笑顔で答えた。
「しまった、悪い事したかも」
「え?」
今度は京香が首をかしげる。
「さっきまで、白和泉がいたんだけど、着替えにいかせてしまったわ」
小御湯景子は彼が立ち去っていった方を見る。
「そうだったの」
京香は何事もなく、普通に答えた。
「えぇ。全身、あなたの血液が……ね」
「でも、助かった」
京香は少し表情を緩めて言った。
「何で? 会いたくなかったの?」
小御湯景子は、椅子に座ったまま、彼女を見上げていた。
「違う。出動時間が遅れるから」
そう言うと、京香は隣に座る。
「いつも通りね、あなた」
小御湯景子は、そう言って苦笑していた。
「遅くなりました」
着替えていた裕嵩は、待機室へ慌てて来た。
「京香、大丈……」
彼は言いかけたが、京香の言葉に遮られた。
「現場へ」
彼を待っていた京香は、立ち上がる。
「はい」
裕嵩は、ほっとしていた。いつも通りの完璧な彼女に。
回収現場では、回収班の機械たちが作業をしていた。そんな中、人工知能のローが姿を現した。
「申し訳ありません。再び、投棄現場が増えました。今度は、ヴェラ支部です。投棄元の方は、アンドロメダ支部第35地区です」
彼は立体映像の画面に文字をおこす。
『前方7万年前。第1出現時間から3時間経過』
その下には、第1、第2現場の回収状況が分布図で示されていた。二人はそれを確認すると、再び前方へ向かった。
再び電子音が響く。
――3度目。
京香は窓の外を見つめている。
スペース・デブリが後方へ流されていく。
スペース・シャトルは、それらを排出するスペース・タンカーの後を気付かれないように並走して行く。
電子音と共に、スペース・デブリの排出も途切れた。小型機は、一直線に出動して行く。
そして、突入。
――今度こそ。
京香は銃を構える。そして、監視カメラを即座に潰した。防火壁は開いたまま。先行班の機械たちも監視カメラを撃ち壊していたのだった。走る彼らの後姿が見えている。二人もそのあとへついて行く。監視カメラの故障により、攻撃はされなかった。
が、しかし……。
「下がって!!」
京香は銃を構える。
……。
――違う。見間違いか?
――これで二度目、なぜ?
京香は自身の見間違いに戸惑った。生命体がいたように見えたのだ。しかし、確認はできなかった。
すると、京香は走り出す。裕嵩も後を追う。
――生命体は、全員、制御室かな?
裕嵩はそう推測しながら、辺りを詳しく観察していた。
すると。
「え!?」
裕嵩は驚いた。何かが通路のT字路を横切ったのだ。
「追わないで。向こうには、先行班が既にいるから」
京香はそう言い、彼の行動を阻止する。
「はい」
二人は、T字路を先ほどの生命体の向かった方向とは逆へ進む。
曲がってすぐに十字路があった。二人は、制御室へと向かうため、直進する。しかし。
「わ!!」
後方の裕嵩が倒れる。
「え!? 裕嵩?」
京香が振り返ると、裕嵩に生命体が襲い掛かっていた。
裕嵩に向けられた銃口からレーザーの照射が続く。裕嵩はその銃の銃身を掴む。レーザーは、右耳をかすめる。
左手で掴んだ銃身をそのままに、彼は右手で銃を取り出す。そして、生命体の右腕を撃つ。
生命体は地を這い、離れる。
彼の血液が裕嵩の制服へと、染みていった。
「離れないで」
京香はそう言うと、裕嵩に手を貸す。
十字路の反対側から、先行班の姿が見えた。
――制御室。
二人はそこへ急いだ。
再び十字路を直進。そして、T字路を右へ進む。
――あった、制御室。
京香は、その扉へレーザーを照射する。銃口からは、2発。鍵は破損するが、扉は開かない。裕嵩も加わる。扉の付け根へと2発、照射する。扉が吹き飛ぶ。留め金が地面へ転がる。その先に生命体たちがいた。
――外の奴と違う。
裕嵩は一瞬、ひるんだ。すると。
「裕嵩、集中して!!」
裕嵩の代わりに京香が撃たれた。
――しまった。
今度は撃たれた京香に気を取られた。
裕嵩が地面へ倒れる。
京香が裕嵩の右足を掴んでいた。彼女が裕嵩の足を強く引き、彼を床へ倒したのだ。それにより彼は撃たれずに済んだ。
「しっかりして……。 被弾するわよ!!」
「あ、ごめ……」
先行班の機械たちが制圧に加わって来た。
「大丈夫ですか?」
鑑識班もたどり着いた様だった。
京香は、周りの音が小さくなっていくことに気づいた。
――失血していくのか。
……。
最後に、機械たちが本部へ報告する音声が聞こえた。
「……小型機を一機、失いました」
……。
裕嵩は再び、治療室の前の長椅子に座っていた。人類の成分とは違うが、血液がしみ込んだ制服のままで。
「着替えてきなさいよ。大丈夫だから」
小御湯景子が裕嵩に言う。
「で、でも……」
裕嵩は少し困って返事をする。小御湯景子も少し、戸惑っていた。
――あの京香が2回も被弾してしまうとは。
優しいと言われている彼には、災難だなと思っていた。
――大丈夫かしら。自責で仕事に支障が出なければいいけど。
裕嵩は、うつむいていた。装備銃にも血液がこびりついていた。
「着替えて来ればいいから。大丈夫だよ」
「今回は、……ちょっと」
裕嵩は、うつむいたままだ。
――……大変だね。
小御湯景子は、組んだ足の上に頬杖をついて正面の扉を見た。
『現場復帰、2度目。おめでとう。大丈夫そうでなにより』
情報端末の画面に、一時停止の京香。どうやら治療は終わったようだ。一方、制服には穴が2つ開いていた。被弾した時のものだったのだ。
――え。
裕嵩もそれを見て、一時停止してしまった。自分の不甲斐なさをつくづく教えられたのだ。
彼女の白いスカートとネクタイに硬化してしまった血液が。水色のカッターシャツにも、それは及んでいた。
「京香、制服が……」
「あぁ、ごめん。予備は1着しか持っていなくて。だから、着替えたくても、無理な状況だったんだ」
……。
「本当にごめん……」
裕嵩は、うつむいて謝っていた。
後方現場では、回収が続く。
――あの紛失した小型機、きっと業者の残りが。
京香は、一面窓ごしに作業を見つめていた。
第1現場の2光年あったスペース・デブリの投棄場所は、1000km程へと縮まっていた。
「第2、第3現場もだいたい、同じ幅へと回収が進んでいます」
ローが姿を現した。
「そして、もうひとつ」
京香は、彼の映し出した画面へ視線を移す。
『投棄先、フェニックス支部。投棄元、アンドロメダ支部第78地区。前方、1万年前。後方現場、5時間35分経過』
そして、スクロールすると、スペース・デブリの分布図が示されていた。
前方。漆黒に周りは包まれていた。
――今度こそ。
京香は、レーダーに表示されているスペース・タンカーを見つめていた。
電子音の停止後、再びスペース・タンカーの制圧が始まった。
二人は小型機へ乗り込む。そして、スペース・タンカーへと向かった。スペース・タンカーへ到達するのに30秒。中へ突撃するのに30秒。全体の制圧には5分もかからない。
二人は、スペース・タンカー内へ。すると、上部の緊急灯が赤く回転していた。
――防火壁は、まだだ。
二人の視線の先には、何も障害の無い長い通路が続いていた。京香と裕嵩は、先行班に直進を託し、左の通路へと進んでいった。
走る足音だけが聞こえている様だった。
裕嵩には、緊急灯のサイレンがまったく聞こえない程、焦っていた。
――業者は、どこに?
再び、思い出す。目の前の彼女の後ろ姿、硬化した血液を見て。
制御室までたどり着いた。京香は装備銃を構える。裕嵩も銃に手をやる。2発で、扉は制御室の方へと吹き飛んだ。その先には、たった一人、生命体がいた。小型機で逃げ出した業者は、どうやら1名だったようだ。
裕嵩も銃を構えた。
すると、京香が警告を言うか否かの、その一瞬。その生命体は裕嵩へと襲い掛かってきた。
裕嵩は、背中から後方へと倒れ込んだ。
――しまった。
「離れなさい!!」
京香の銃口が生命体の彼へと向く。
すると、その生命体は壊れた扉から逃げようとした。しかし、彼は逃げれなかった。
京香は、確保のために装備銃を〈通電〉へと切り替えていたのだった。
……。
裕嵩は意識を失った彼、生命体の身体の下から這い出てきた。京香はそれに手をかす。
「大丈夫?」
「うん」
裕嵩は、小さく頷いた。すると、先行班と鑑識班が制御室へ入って来た。どうやら、皆、たどり着いた様だ。
待機室。
二人は、報告書を仕上げていた。
今回の不法投棄の業者は、植物材のリサイクル回収業者だった。植物材の痛んだ部分の修繕費が高く、収益を上げられなかった為、その業者は脆い植物材を不法投棄していたのだった。
一方で、後方現場では、無事スペース・デブリの回収作業が終了していた。ミニ・ブラックホールへの影響もなかった。
そして、その部屋の片隅。
机の上の裕嵩が育てている小さな植物には、いくつもの赤い花が咲いていた。
その赤い花は、空気中から水分を吸収する。よって、霧吹きで吹きかけられた水分も花の中央から吸い上げていた。おもしろいほど、水滴が小さくなっていく。まるで、Big Crunchへと向かう宇宙の様だった。
裕嵩は、視線をそちらへ移した。すると、再び霧吹きで水をやった。2回の補給で、その花は花弁を閉じた。
水滴が蕾を覆っている。花粉が舞い、ミニチュアのスノードームの様だった。
――何で、植物以外苦手なんだろう……。
裕嵩は、自分自身の不甲斐なさに、気を落としていた。自身がもう少し、彼らの存在に耐性ができていれば、目の前の彼女は血を流すことなど無かったと。
「きれいなスノードームね」
その声に裕嵩は、顔を上げる。
京香は、どうやら報告書を書き終えたようだ。裕嵩の方を見て微笑んでいた。
地球時代と変わらない、強い信念のなかに垣間見えた笑顔だった。その瞬間、裕嵩の瞳もスノードーム化しようとしていた。
彼は、それを死守した。