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良いこと、谷子

 ここは渋谷のマンション。

「谷子、お留守番頼んだぞ。」

 父の谷男は渋谷郵便局で宅配のバイト。

「気がつけば新庁舎で働いてるわ。」

 母の谷代は渋谷区役所で案内のバイト。

「私もツタヤヤとNHKKでバイトがあるからね。」

 娘の谷子は渋谷のスクランブル交差点の側のツタヤヤとNHKKでほんのおねえさんの仕事をしている。貧乏なバイト両親の元に生まれた谷子だが、谷子は女子高生ながら、よく働く良い子だった。

「行って来るぞ。」

「行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

 父と母は仕事に出かけた。

「はあ、やっとこれで静かに執筆活動に打ち込める。」

 渋井家はワンルームに家族3人で暮らしているので、いつも騒がしかった。屋根裏部屋で小説を書けばいいと思うのだが、魔法で姉になった栞が占拠してしまって、屋根裏部屋も騒がしいのだった。栞は父の谷男のセクハラ目線が嫌らしい。

「古株なのに、まだ名前がない店長の性で、2月1日に、魔法少女エルメスちゃんを発売しないといけなくなってしまったじゃないか。全然書けてないのに、どうしよう?」

 谷子は、ほんのおねえさんとして、本を読む側だけでなく、本を書く側にも挑戦することになった。

「本を読むのは大好きだけど、本を書くのは、意外と難しいな。」

 本に愛された谷子ですら、本を書くことは大変であった。

「でも書きあがる前から、芥川賞最有力だの、直木賞ノミネートだの、みんな、ほんのおねえさんをパンダかキリンにして、客寄せに使うんだから、大人は嫌いだ。」

 谷子は本が好きな純粋な女の子なので、賞には興味がなかった。

「良い子の子供たちの心が温かく、人に優しくなれるような物語がいいな。」

 これが谷子の本心である。

「ガオオー! 大怪獣エルメス、江戸城を破壊! 撃て! 戦車隊でコミケを制圧、自衛官ルイヴィトン! 朝食をどうぞ! メイドコスプレも始めたティファニー! ポンポコポン! タヌキと裸踊りをするリヤロド! エヘッ。」

 なにか谷子の脳裏は寒気を感じた。

「書けない! このままでは、魔法少女エルメスちゃんは書けない! 私が何とかしなくっちゃ!」

 谷子は真実を書くことを諦めた。そして筆を進めて物語を書いていく。

「ほんのおねえさん著書。魔法少女エルメスちゃん。」

 昔、昔、おばあちゃんがお腹を空かせて動けなくなっていました。

「助けて! エルメスちゃん!」

 おばあちゃんが空に大声で助けを求めます。

「大丈夫ですか?」

 そこに魔法少女エルメスが空を飛んでやってきます。

「お腹が空いて動けないんです。」

「どうぞ。私の顔を食べて下さい。」

 エルメスは自分の顔を分けて、おばあちゃんに与えました。

「違う!? これじゃあない!?」

 谷子は、ミステイクに気が付いて書き直す。

「美味しいおにぎりとペットボトルのお茶よ! 出ろ! エル・エル・エルメス!」

 エルメスは魔法でおにぎりとお茶を出しました。

「どうぞ。」

「ありがとう。エルメスちゃん。」

 おばあちゃんは魔法少女エルメスに感謝した。

「また困ったことがあったら読んでくださいね。」

 そう言ってエルメスは空の彼方に飛んで行ったのでした。

「めでたし、めでたし。」

 こうして谷子は無事に魔法少女エルメスを書き始めたのでした。

「ふう。いつものエルメスちゃんの反対を書けばいいんだ。」

 谷子の心は嘘を書いているという罪悪感でいっぱいになりました。

「魔法少女を48人態勢にすれば、魔法少女48としてアイドルモノで売り出せるな。最近は事務所や声優がコンサートで金稼ぐってうるさいからな。」

 谷子も子供向けに、ほんのおねえさんの朗読有りのコンサートをやらされている。

「私はうたのおねえさんじゃないっの。」

 谷子は本が大好きな女の子である。


つづく。

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