師走。
ここは渋谷のマンション。
「ああ~! どうして冬休みなのに宿題があるんだろう? 休めないじゃないか!?」
9才の小学生の谷子は冬休みの宿題と戦いを繰り広げていた。ちなみに16才の谷子は高校生なので宿題はなく、アルバイトとほんのおねえさんをして忙しく暮らしている。
「谷子! 冬休みで暇なんだから、買い出し行って来てくれ!」
谷子の父、谷男である。
「ええー!? 私だって冬休みの宿題があるんだよ!?」
「俺は年賀状の配達で忙しいんだ! 頼んだぞ!」
谷男は渋谷郵便局で働いているので年末年始が一番忙しい。
「谷子! 私も渋谷区役所の引っ越しで忙しいから、あんたがお正月のおせちを買ってきなさい!」
谷子の母、谷代である。
「区役所の移転は1月15日じゃん!? まだまだ先だよ!?」
「引っ越しの荷造りしないといけないでしょ!? 散らかってて大変なんだから!」
「私だって宿題が!?」
「問答無用! 任せたからね! 谷子!」
「そ、そんな!?」
渋井家のお正月は、こんな感じである。まだ9才の谷子に両親に歯向かう力はなかった。
「さらばだ!」
「行ってきます!」
慌ただしく両親が仕事に出かけた。このままでは谷子は冬休みの宿題が終わらないピンチ。
「それでも親か! 元ヤンキーどもめ!」
谷男と谷代は20才で谷子ができちゃったので結婚したチャラ男とギャルの夫婦である。よく、ここまで生活が持ち直したものである。
「私にだって奥の手があるんだから!」
キラーンと谷子の目が光る。そして谷子は部屋を出て、鍵を閉め、マンションのエレベーターの乗る。
「ウエエエ~ン!? おばあちゃん!」
「どうしたんだい!? 谷子ちゃん!?」
谷子の秘密兵器はマンションの大家のおばあちゃんの松トウだった。
「泣かないで、谷子ちゃん。お入りなさい。」
「う、う、う。」
大袈裟な嘘無きで玄関を突破する谷子。
「まあまあ、泣いちゃって、何があったんだい?」
「お父さんとお母さんが谷子をいじめるの。」
谷子はおばあちゃんに経緯を話す。
「分かった。私に任せなさい。谷子ちゃんは、何か食べたいものがある?」
「渋谷寿司の高級お寿司!」
「はいはい。デリバリーしましょうね。」
「やったー!」
「谷子ちゃんは私に任せて、書斎で本でも読んでいていいのよ。」
「ありがとう! おばあちゃん!」
谷子は書斎に行き大好きな本をゾウの置物に乗りながら読み始めた。
そして、大家さんのおばあちゃんは電話をかける。
「もしもし、渋谷寿司さん。私ですけど、いつもの高級寿司を2人前よろしくお願いしますね。一人は子供だからわさびは入れないでね。はい、よろしくおねがいします。」
お金持ちのマンションの大家にもなると「いつもの」注文が許される。
「もしもし、東急百貨店さん。いつものおせちをもう一つお願いしたいんだけど。え? 注文の期間が終わっている? 店長に変わってもらえるかしら。あ、店長さん。私だけど。おたくの社員教育はどうなっているの? お客様を不機嫌な気持ちにさせると、株価を半分にして来年を迎えたいの? 当然、あなたは私を怒らせたことを会長が知ればクビよね。え? もう一つおせちを特別に作って下さる。ありがとうございます。それでこそ店長さんだわ。オホホホホ。」
大家さんのおばあちゃんは電話を切った。
その時、ピーンポンと玄関の呼び出しベルが鳴る。
「谷子ちゃん、お寿司が届いたわよ。」
「は~い! デリパリー! デリパリー!」
こうして舌足らずな谷子の師走は平和に過ぎていくのが毎年の恒例だった。
つづく。




