バイトしてます。
ここは渋谷のテレビ局。
「もう1本、ほんのおねえさんを収録しますか?」
16才の谷子はほんのおねえさんの収録を終えて、ディレクターと打ち合わせをしていた。
「いや、いいよ。谷子ちゃんはバイトの時間だろ? もう売れっ子でお金持ちになったんだから、アルバイトなんてやめればいいのに。」
「私、本が好きなんです。あ!? いけない!? バイトに遅刻しちゃう!? 失礼します」
谷子は渋谷のスクランブル交差点のツタヤでアルバイトをしている。
「ちょっと待て!? 不審者め!?」
いつも谷子はテレビ局の出入り口の警備員に呼び止められる。なぜか? それは長い前髪をおろし怪獣のような風貌をしているからだ。
「私です!」
変装のような長い前髪を手で上げて素顔を警備員に見せる。
「うわあ!? ほんのおねえさん!?」
警備員は谷子の素顔が可愛いので見て驚く。
「いいかげん覚えて下さい! 入る時も帰る時も呼び止めないで下さい! これでも私は売れっ子なんですから!」
「ごめんなさい!」
谷子の素顔はトップシークレットであった。知っているのは、ごく一部の人間と警備員さんだけであった。
「これでも少しは有名になったつもりなのにな。」
ほんのおねえさんの谷子の素顔のポスターはテレビ局の壁にも飾られている。
「キャア! ほんのおねえさんのポスターだ!」
「神よ! 神! ほんのおねえさん神様!」
渋谷の街中にもほんのおねえさんのポスターはたくさん張っている。今やほんのおねえさんは渋谷と若者の間で一番人気のあるアイドルであった。
「私、まだ死んでません。」
少しだけ谷子はムスッとした。
谷子はアルバイト先の渋谷のスクランブル交差点のツタヤに着いた。
「いらっしゃいませ。ありがとうございました。」
アルバイトを始めた頃の緊張も無く、今ではスムーズにレジ仕事もこなしている。
「今の店員さん化け物みたいだったわね。ケッケッケ。」
「本当~、カワイイほんのおねえさんみたいな店員さんはいないのかしら」
失礼なお客さんは、ツタヤのほんのおねえさんコーナーのポスターを指さしながら言う。
「あの・・・それ・・・私なんですけど。」
谷子の心の声が言葉になって口から出る。しかし前髪が長過ぎて気持ち悪い谷子には誰も気づかない。
「私には大好きな本がある。本は私を裏切らない!」
谷子は強く生きることを誓うのであった。
「ただいま、当店にほんのおねえさんがご来店されています。まもなく、生! ほんのおねえさんの本の朗読を放送します。」
店長の店内放送が流される。
「ゲッ!? 店長め!? 私を客寄せパンダのようにこき使うんだから!?」
店長も谷子の正体を知っている。
「渋谷子ちゃん、よろしく!」
店長が谷子を呼びに来た。
「はいはい。やればいいんでしょ! やれば!」
谷子にとって店長は恩人なので抵抗することができない。
「注文の多い餃子店? こんなダサい本なんか読んでられない!?」
包装室に入った谷子は朗読する本を選びなおす。
「みんなー! ほんのおねえさんだよ!」
ノリノリの谷子の店内放送が始まった。
「キャアアアー!? ほんのおねえさんよ!? 本当に店内にいるんだわ!?」
「マジ神! ほんのおねえさん神! 渋谷神!」
店内のお客さんの中には、ほんのおねえさんの声を聞くだけで失神する者もいた。
「私の朗読を聞け!」
こうしてほんのおねえさんの即席の朗読会が始まったのだった。
つづく。




