05
――まあまあ、良いから良いから。
――おい、引っ張るな! だから言っているだろ、こっちはそれどころじゃないんだ!
――ほらほら、落ち着いて。まだ陽も高いじゃないですか。
――だが! 今こうしている間にも妹がどうなっていることか!
――王都から離れる馬車も検めたんなら、ひとまず安心じゃないですか。誘拐なら身代金目的が濃厚だし、すぐ殺すこともないでしょう。多分。
――なっ!
――だから、あなた様が慌てたところで何の解決にもならないって言ってるでしょ。こっちが慌てれば子どもが戻ってくるなら、迷子が出た家は皆そうしてますよ。冷静になって、できうることを考えてくださいって、もう何回言えば気が済むんだ。
――っわ、かっている! 一先ず落ち着くから、その腕を離せ、クソッ!
――逃げるかもしれないじゃないですか。私も本当は触ることさえ嫌、じゃなくて、恐れ多いんですがね。ああ、ほらほら、アレがウチの店ですよ。街の……この東区の外れにあります。もしこの道を真っ直ぐ進んで来たのなら、ウチに寄っている可能性がある。一息付けて、情報も入っているかもしれないなんて、良いアイデア過ぎて涙が出ます。
――妹が立ち寄っていれば良いんだが……。ところで、貴様の店とやらは本当に人が立ち入るのか? 蔦まみれじゃないか。……貴様っ! もしや誘拐の一味か!? あの廃墟に妹を攫ったのか!
――はっあああ!? どこの世界にわざわざ誘拐した人をタダで身内に会わせる誘拐犯が居るんですか! 誘拐なんて非生産的なことするわけないでしょう!
「ちゃんと店ですから! 私の城! 城主は私! ええ、ええ、そうでしょう。お貴族にとっちゃ下町の店なんざみんな廃墟なんでしょうよ。でもれっきとした店ですからね、ココは!」
カランカラン、と来客を告げる音とともに、荒々しく扉が開かれた。「さあ、見たまえ!我が城を!」と、キャンキャン吠える小型犬の如く姦しい登場人物に、店員の男は眉をひそめながら抗議の声を上げる。
「ミエル、うるさい。」
「ちょっと! ホーニヒ! 聞いてくれよ! この人さぁ、…あっ、それよりただいま? 長らくお留守番させてしまって悪かったね? それでさ、この人、私の店を廃墟なんて言うんだよ! 酷いと思わない!?」
「とりあえず、うるさい。落ち着け。……あのさ、アンタ、少しは静かにできないのか? それに、廃墟なんて言われ慣れてんだろ。」
その苦言に思い当たる節があるのか、苦い顔で目を泳がすミエルに、ホーニヒは呆れて長いため息をこぼす。
「それで? そいつは客なのか?」
本当に店だったんだな、などブツブツ呟きながら、珍しそうに店内を見回す男にちらりと視線を投げると、ホーニヒは店主へと向き直った。
「おっと、忘れてた。」
「おい、貴様!」
「この人、お貴族サマの迷子を探してるんだってさ。ここに来た?」
意趣返しなのだろう店主の言葉に激高する男を尻目に、飄々と言葉を続ける店主。その姿に内心呆れながらも、「ああ、それなら」と思い当たる節を告げようとした矢先、見知らぬ男に一瞬で間合いを詰められ、ホーニヒは息を呑んだ。
ともすればお互いの鼻先が当たってしまいそうなほど詰められた距離に、ホーニヒは驚きと嫌悪感に顔を歪ませる。
「おい、顔が近」
「背丈は俺の胸ほどで、髪は漆黒で結わえている。茶色の雨除けコートを着ているんだが、来ていないだろうか? 頼む、妹なんだ! 知っていたら教えて欲し「兄様!」い゛ッ!?」
ホーニヒが発する言葉を遮り、迷子の特徴を矢継ぎ早に告げる必死の形相の男に、突如茶色の物体が横から飛んできた。男は不意打ちの攻撃に一瞬意識が飛んだようだった。そして、やってくる脇腹の傷み。肋骨のあたりに、まるで鈍器で殴られたような衝撃が走り、体がぐらりと傾く。しかし、飛び込んできた茶色の物体がしっかりとしがみついているため、膝を折ることさえ許されない。
そんな男から素早く距離を取ったホーニヒは、慌ててミエルの後ろに隠れた。ホーニヒを見上げるミエルの目が心なしか鋭く細められたような気もしたが、きっと気の所為だ。いかんせん」、ホーニヒとて己が一番かわいいのだ。どこの馬の骨か分からぬ者、それも同性とよろしくやる趣味は持ち合わせていない。
そんなホーニヒの心情を正しく読み取ったミエルは盛大なため息を一つこぼすと、未だ痛さに悶え苦しむ男と、その体を離すものかとへばり付く茶色の物体に視線を落とした後、疲れた声で「とりあえず、お茶でも飲むか」と呟いた。