月桂樹の街『ラウルス』
石畳の道をお気に入りであるキャスター付きの鞄をゴロゴロと引きずり、ワクワクした気持ちで若い娘が街を歩く。
金色の長い髪を無造作にひとつに結わき、綿の膝上丈のワンピースにタイツの様な足にぴったりとしたズボンとロングブーツ。短い丈の上着に、革の手袋、腰にはベルトを2つまわし、剣の柄の様なものとポーチをそれぞれぶら下げた少女はどこからどう見ても、可愛らしい新人冒険者だ。
――家を出たのは、お父様に言われたからそれにただ従ってと言うわけではない
――いい機会だと思ったんだ
――だって……生まれ育った場所から出てみたかった
――守られていたんだとしても……閉じ込められた小さな世界は、あたしには窮屈で仕方なかった
――あたしはドキドキワクワクする冒険だってしたい
――お父様、本当は取りあえずでも婚約させたかったのかな……
――でも、まだ3歳の王子さまとかありえないでしょ!?
――親子ほど歳の離れた王様の側室なんて、もっとあり得ないしっ!!
――お父様……朝起きたら、もう居なかったしな…
――それにしても、あんなに喋ったの……いつぶりだろ?
――もしかしたら、はじめてだったかも…
あの日話をしていた時、直ぐにいつもの冷めた顔に戻ったが、ちょっとだけ見せた父バーナードのしかめっ面は、部屋で一人になった時に鏡に映った自分の表情と少し似ていたのを思いだし、娘はフフッと笑みをこぼした。
――きっと想ってくれてない訳では無いんだよね…
――お父様、外には出したくなかったのかな…
――でもね、あたしは負けないよっ
――母様達が人を欺いてでも、あたしを隠してくれていたのには……きっと訳があると思うの
――絶対、成功させてみせるんだからっ
――見せつけてやるんだっ
力を示す様な事をしなくても、ただ単に家出してしまえばいいのかもしれない。だがそれでは、母や兄に会うことはできなくなる。匿ってくれる者はいるだろうが、姿を隠し続ける逃亡生活のようなことは、あまりにも無謀だという事は娘も判っている。
森から吹き下ろされてくる緑の香りがのる暖かい風が、娘の金色の髪をすくう。緑あふれるこの街は、石畳の街道の脇に露店が立ち並び、その後ろから伸びた背の高い木が直射日光を遮り、そこからの木漏れ日が石畳を影と光で揺らめかせて見せている。
――……きれいだなぁ…
――それにしても、騎士団かぁ
魔導騎士団は、王国に属している各騎士団の上位に位置していて、各騎士団で処理しきれない案件があれば助けに行き、災害や難事件が起こればそこに駆けつけ、事態を解決していく。その為に地位は他の騎士団よりも高いそうだ。
魔力が強すぎ他から浮いてしまう者、暴走させてしまう危険のある者に関しては、小さい頃から魔導騎士団預かりになることもある。
実力主義で荒くれ者の多い魔導騎士団をまとめ上げている魔導騎士団長に関しては、王都のギルドなんかにも顔が効くらしい。
――最も権力のある武人……魔導騎士団長ってどんな人なんだろ?
――魔導騎士団って、いろんな魔導士が集まってるのよね……
――あたしも、珍しい魔法だけど…
――獣化魔法とか、使える人いるかなぁ…
魔導騎士団に所属している騎士はちょっと変わり者が多いが、魔力が非常に高く、使う魔法も種に富んでいるという。
娘は屋敷から出れない日は、本を読んで過ごす事が多かった。特に冒険記が好きで、まるで自分がその本の登場人物の様に思いを馳せたりもした。本は娘にいろいろな世界を見せてくれた。お気に入りの冒険記を何度も読み、妄想する。妄想の中では、いつだってヒーローがいてヒロインになって冒険できたのだから。
本の中には様々な魔導士が生きていた。本になるくらいだから、特に珍しい魔法を使うものが主人公になっている事が多かった。その魔法や魔導士の真意が描かれていたかは解らないが、どの魔法も娘にとっては未知のもので心を弾ませるものでもある。新たな出会いを思うと、わくわくと胸が高鳴ってくるのは当たり前の事だろう。
木の枝や葉の間から射した陽が丁度娘の目を掠めた。眩しくて陽を遮った手が透けて朱色に見えると娘の顔に笑みが差す。ふと思い浮かぶのは朱色の髪。妄想の中で大抵ヒーローは、彼だった。
思い浮かべたのは朱色の無造作に伸びた髪と、ぷっくりと膨らんだ頬。目線は娘よりも少し下で、それを指摘すると髪よりも少し深い真朱色のつり目で睨んでくる数年前の、可愛いくもあり頼りにもなる自慢の幼馴染。
――久しぶりだけど……ちょっとは背、伸びたかなぁ
――ふふっ 早く、会いたいなぁ
魔導騎士団の本部は王都にある。そして、王都には娘の唯一といっていい幼馴染みがいる。彼の常識はずれな魔力の大きさを考えれば、王都で暮らす彼は否応なしに魔導騎士団に入っているはずだ。
陽にかざした右手を優しい目で眺めた後、娘はその手を降ろした。暖かい風が吹抜け、時折風に揺れた木々の間からスポットのように陽が射すと、娘の金色の髪が光を纏ったように輝いた。
――一方的に迎えに来てってお願いしちゃったけど……、
――待ち合わせ……来てくれるよね…?
娘が目指す魔導騎士団は、王都に拠点を置いている。しかも調べたところによると、城を囲む壁の内側――王城とは別の建物だが――つまり、城の一部の建物を魔導騎士団の宿舎と本拠として与えられているらしい。
――王様に会ったりしないよね…
――田舎者だって、馬鹿にされたりしないかな……
王族との結婚がどうだと言われている手前、王様や王子様は娘の会いたくないランキング上位である。
娘の知っている王侯貴族は、母親の兄のような存在だというカークス公爵とその息子位なものだ。それにカークス父子と娘は、畏まった関係でもない。いつも家族の元に訪れた様なものだからと砕けた対応で、オジ様呼ばわりしていた。実際現ガーランド当主であるお爺様の妹の血縁だ。その為、カークス親子も星獣を目視し会話する事も出来るそうだ。
――どうせリーベル小父様は、他国を回っているんだろうなぁ…
――もしお城で会えたとしても、何処に人がいるかわからないから、いつもの態度じゃダメなんだろうなぁ
――まぁ、今から心配してもしょうがないかぁ
王城を訪れるとしても、まずは王都に入ることを考えなくてはいけなった。王都にズムーズに入るには、王都内で発行される身分証が必要となる。そして初めて訪れ、まだ身分証を発行していない者は防犯の為の調査が行われることになっている。
王都を囲む壁の警備に当たっている中央騎士団の詰め所や、王都を出入りする魔導列車の駅に検問所が設けられていて、そこで調査の為の真実を測る魔法石を用いて作られた魔具に触れると、その人物の名前や出身地、犯罪歴が判るらしい。問題が無ければ、そのままそこで身分証の発行も出来るのだ。通常であれば犯罪歴などないし、簡単なものだが偽りの名を使う者としては、少々困ったことになってしまう。
その魔具に触らないですむには、王都内に住み身分がしっかりした者が同行者の身分を保証し王都内での行動を共にするか、人を招く為の身分証替わりの招待証を事前にもらえればいい。どちらにせよ王都に入ってしまえば、新たな身分証を作る事は出来る。
娘は、同行者に身分を世保証してもらうか、招待証を用意してもらう事を考えていた。
娘の頭の上で、透き通るきれいな羽を生やした手のひらサイズの人形のようにかわいい姿のスピカが、フワフワと浮いている。空気のように当たり前にそこにいてくれる星の友人だ。
『ここの空気は、緑のエレメントに満ちていて、元気が出るわねぇ』
生まれ育った屋敷を出てまだ1日。湖畔の屋敷で、星の友人達と夜をすごし、窓を叩く鳥のさえずりに起こされ目覚めた朝は、すがすがしい気持ちでいっぱいだった。身支度をして、時間を確認すると、軽やかな足取りで、星獣の森を後にしたのだ。星獣の森は、足しげく通ってきた馴れた場所だ。だが今日は、何時もの帰り道とは逆の、今まで通ったことの無かった道を自らの足で歩み、はじめての街に出た。地図上でもちろん知っていた街の名は『ラウルス』。その名の通り、街の中ほどに大きな大きな月桂樹が枝をひろげている。
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各騎士団→王族・貴賓を守る近衛騎士団、王都を守る中央騎士団、辺境騎士団、各領地で雇っている騎士団もある。
魔導騎士団→各騎士団の取りまとめ、各騎士団の依頼によって手助けしたりもする。
デネブ→白鳥座の星獣。透明な羽を広げ大空を羽搏く。セリーナの願いで、幼馴染との手紙交換の配達員を担っている。
カークス公爵=リーベル小父様
お目汚し失礼いたしております。そして、拙宅の駄文に目を通していただきありがとうございます。オリジナルの作文などはじめての事にチャレンジしてみましたが、中々どうしてやっぱり難しいものですね。頭の中にはファンタジーが広がっているんですが、表現って大変な作業ですね。サクサクかける方々、尊敬ですっ!! 読み返す度に見つかる誤字脱字……;; そして変な文章。面白いものを書きたいと思ったところでその技量もなく、拙宅の妄想の垂れ流しとなっております。はじめた限りは、書いていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。