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ヤドリ木亭

 深い緑と透き通る湧水が豊かな大地が広がる"クラーワ王国"

 国土こそ小さいが深い断崖の岩山に囲まれている立地と、星に護られ湧き出るエレメントの恩恵を受けている為、他国からの侵略を許したことはなく、その豊かな資源を使い有益な貿易を行って栄えてきた。


 星を詠む魔導士を従え、民を導く魔法が好きな王様の居城は、小高い岡の上に鎮座し賑やかな城下町を見守るようにその白亜を誇っている。


 城下町は賑やかで人々が行き交い、その回りを立派な外壁が囲っている。それは、外に広がる魔の地から現れる魔物の侵入を許しはしない強靭なものだ。


 土地が豊かで実りも多ければ、魔物も多く発生する。 クラーワ王国には王都の他、外壁に守られた街が点在している。そのいくつかは王都の東に位置するガーランド侯爵領にもあり、領土の王都側に『オレア』、東に『ラウルス』という大きめの街があり、そのさらに東の港町『アルガ』と呼ばれるスペンサー領の街も外壁に守られている。その他にも町は点在し、地図に名のない集落には魔物避けのまじないがかけられた魔石が置かれ、その地を魔物から守っている。


 妖精のような姿の手のひらサイズの乙女を肩に乗せ、金色の髪をサイドの高い位置でひとつに結わいた娘は、ぐるりと周囲を見渡した。幼馴染と頼りになる大人に置いていかれる形になってしまったが、自身の足で向うのが本来の姿だともいえる。

 

 ――いろいろイレギュラーすぎて、なんかもう疲れてるかも…

 ――それにしても、すごいなぁ…人がいっぱいっ

 ――さすが王都ってとこね


 ガヤガヤと賑わう街道。ここに来るまでにはあまり見かけなかった人種も多い。待ちゆく若者の格好もパリッとしていて、なんだかかっこいい。地元の港町ではあまり見かけない意匠をこらしたものも見かけられる。


『あんまりキョロキョロして、田舎者って舐められないようにしなきゃねっ スピカ』

『……姫のかわりにキョロキョロしてあげるわっ』


 声に出さずに話しかけると、頭の中で鈴の音の様な声がする。姫と呼ばれた金髪の娘セレナの肩に座ったスピカが、興味深そうにキョロキョロと周りを見回している。

 漆喰壁や、レンガ造りの家が並んでいる。色とりどりの屋根がまとまりがない様で、計算されているのか何ともいい印象を与えてくれる街並みだ。店の軒先からパンやお菓子の甘い香りが漂ってくるが、セレナはそちらに目を向けない様に足早に通りすぎた。

 

 ――お腹すいちゃう

 ――さっさと用事済ませて、今日は早めに宿に行こう

 ――後でいくらだって、散策は出来るもんねっ


 傍らを見れば、スピカが楽しそうに笑っている。考えを詠まれたように『落ち着いたらルードヴィヒに案内させましょう』と囁かれた。それは実に楽しそうだと、セレナも笑う。


『じゃあ、今日のお詫びにおいしいもの奢ってもらおうねっ』

『あっま~い、焼き菓子が食べたいわ』

『あたしもっ ふふっ』

 

 ついつい笑みが漏れてしまう。立ち行く人達に変に思われない様にと、セレナは口を引き結んだ。だがワクワクする気持ちは止められそうもない。スピカに案内されてここまで来れた。もう少し先に城のある小高い丘へと登る階段がある。


 ――あともうちょっとねっ

 ――やっと到着だぁ


 ホッと一息洩れる。ありがたい事に駅を出たところから案内板に沿って歩けば王城までたどり着けるようになっていた。階段の中腹にある城門までもう少しだ。

 セリーナは意気揚々と階段を駆け上がった。


 案外すんなりと城門までたどりついたのだが……やはり門前で帰されてしまった。


 ――ラジット小父様のいっていた通りね


 門番の気のよさそうな壮年の騎士が言うには、本日の魔導騎士団が客人を受け付けていないこと、その上現在の時間は事前に申請のあるもの以外城内に入れない時間だと言うことだ。

 そう言われて見上げた空は薄暗くなりはじめていて、西の空が茜色に染まっていた。もう、数刻で辺りは暗くなる事だろう。


「いつの間にか、もう夕方なのね…」


 ポツリと呟くと、壮年の門番が宿の心配をしてくれた。若い娘にも安全なおすすめの宿を教えてくれた。そこは1階が食堂、2階が泊まれる部屋になっていて女主人が切り盛りしているヤドリ木亭というにの食堂兼、宿屋だそうだ。


『ふぅん、ヤドリギ亭ね…ラジットが言ってたとこと同じってことね』

『よっぽど良いとこなのか、他は危ないのか、どっちかしらね?』


 スピカの囁きに答えると、ふわりと暖かい風が吹き壮年の門番が指差した方角に向かっていった。

その後に続く前に、明日は朝一で訪ねる旨を伝え、念のため門の開く時間を確認した。また明日と笑う壮年の騎士は手を振って見送ってくれる。きちんと記録を残してくれるようなので、明日はすんなり入れるかもしれない。


 城門はそれなりに賑わっていた。主に出て行く方で。その多くの人は帰路についているようだった。人の流れに交じって歩く。すると、その何人かがセレナを目にとめ話のネタにしているのが聞こえてくる。


 ――あまり、注目浴びたくないな…

 ――あたしの足が目の毒って、そんな悪くないと思うんだけどな…


 なんだか腹が立って門番に手を振る様に振り返ってみた。グレイの髪のひょろ長い感じの青年と、赤茶のくりくり頭の同じ年頃の青年が目の端に写った。


 ――人の事とやかく言う割に、ふつうの人だ…

 ――つり目だけど、ルーのがよっぽど見栄えがするなっ

 ――うちの子達が皆綺麗な顔してるから、そう気にならなかったけど……

 ――ルーって結構……イケメン?

 ――……つり目だけどねっ


後ろを歩いている輩と目が合う前に、まだ見送ってくれていた壮年の騎士に手を振ると再び踵を返し、城下町へと足を動かした。茜色に染まる町並みは、城が小高い場所に有るので門前からでもきれいに見渡せた。


 ――きれいだな


 城下町へ続く階段を降りていくがまだ、少しの視線を感じる。セレナはキョロキョロせず、スピカに辺りを警戒してもらいながら足を進めた。


(あるじ)~!!』


 城門からの階段を降りきると、少し長めの銀髪を1つに束ねた男の姿が見える。執事服に似た白シャツに黒の襟がサテンの燕尾のようなロングベスト、きちんとプレスされたパンツに黒の革靴を履き、程好く筋肉がついているであろう長身の美丈夫が待っていた。


「シリウスッ 」

「宿はいい処だと確認できたし、変な客もいない。問題ないぞ……おっお嬢…さま…っ」


 まるで見えない尻尾をブンブンと振るようにセレナに駆け寄ると、菫色のタレ目が人懐っこく細められた。先日星獣達に、人の姿の時は姫様呼びや主呼びをやめるように言ったばかりなので、なんだかまごつかないようだ。


「ありがとう 畏まらないでいいよ シリウスっ」

「おっお嬢の為、ならっ」


 サラリとセレナの右手から鞄を受けとると、空いた手を繋ぎ先を案内してくれる様だ。城を出たところから何となく感じていた視線は、いつの間にか感じられなくなったいた。


 ――やっぱり勝手に偵察に行ってくれてたのね…

 ――シリウスが大丈夫だって言うなら……大丈夫よねっ

 ――う~ん……ご飯も美味しいと良いなっ


 ”くぅぅ”


 ――お腹減った……


 小さくセレナのお腹が鳴った。ペタンコの腹を擦りながらセレナは、キョロキョロしない程度に街を見ながら歩く。夕方の城下町はガヤガヤと賑わっていて、点在する食事処からは食欲を誘う香りが漂ってきている。シリウスに護衛役をしてもらいながら、教えてもらった宿へと足早に向った。


 淡い黄色の土壁に、深いブラウンの木目の柱と筋交い、格子の付いた窓。緑の屋根に"ヤドリギ木亭"の木製の看板。なかなか雰囲気の良い店構えだ。店の脇には酒の空き樽がつまれているのも、どこか食事の美味しそうな雰囲気を醸し出している。

現に、宿り木の出入り口は客を迎え入れるのに世話しなく働いている。セレナもその流れにのって木の扉を押し開け、中へと足を進めた。


「こんばんは~」


 店の中は入って直ぐにテーブル席が並び、その奥にカウンターがある。カウンターの向こうで、白いエプロンを肉付きのいい柔らかそうな身体に纏った中年の女性――この店の女将――がニカッと大らかに笑って見せた。


「いらっしゃい 食事なら空いてるい席に勝手に座っとくれ」

「泊まりだっ」


 セレナが口を開く前に、シリウスがカウンターに向かってしまった。話をつけているようだ。


 ――あぁダメダメッ!!

 ――ちゃんとあたしがっ


慌ててシリウスの前に回り込むセレナ。その様子にシリウスは頭を傾げた。


「はいよ。泊まりは部屋単位だよ 2人部屋から6人部屋まであるよっ」

「いや……「一番小さい部屋でっ!!」」


 ぽんぽんと話を進めてしまいそうなシリウスの会話に割って入ると、恨めしい目を向けるセレナ。そんなセレナの様子に女将は視線をシリウスからセレナに移してくれた。


「……そうかい? 食事はどうするんだい?」

「食べたいですっ」


 ”ぐきゅるきゅるるる”


女将の言葉にセレナの腹の虫が鳴る。


 ――はっはずかしいっ


 ”ぐるるるるぐきゅるっ”


 つられる様に、セレナの傍らからも鳴り響くお腹の合唱。セレナは顔を赤く染めたまま、おもわずと笑をこぼした。女将も目を細めて微笑んでいる。シリウスは、なんだか嬉しそうにニコニコとしている。


「シリウスも一緒に食べる?」

「はいっ」


 またも、見えないはずの尻尾がブンブンと振られているようだ。


「ゆっくり食べたいんなら部屋に持っていってやるよっ これから食堂は混むからねっ」

「はいっ お願いします」


 小気味の良いリズムで進む会話に上機嫌で答えると、おかみもニコニコとしながら返事を返してくれる。


「そのかわり食べ終わったら食器こっちまで下げてきておくれよ。ほら鍵だよ。階段上がって突き当たりの部屋だ。お兄さんもニコニコ突っ立ってないで……ほら行きなっ」





 部屋に入るとセレナは、改まってシリウスに問うような鋭い視線を向けた。


「主? ……イヤ、お嬢?」

「シリウス、そこに座ってくれるかなっ」


 少しだけ厳しい口調の主の言葉に、ビクリと肩を揺らしたシリウスは素早く従った。座った瞬間意図せず、人の姿から獣の姿に戻ってしまう。ベッドが2台置いてあり食事ができる部屋の半分を占める大きさの犬は、尻尾をだらりと垂れ下げ、平時はピンと立っているはずの耳もぺたりた折れている。そして、伺うような視線をセレナに向けた。


『主?』


シリウスの前に座っている渋い顔をしたままのセレナは、瑠璃色の大きな目でまっすぐと菫色の目を覗き込んだ。


「……まずは、ありがとう お世話を焼いてくれて…」

『主の為なら我が力の限り』


シリウスの返答に、セレナは眉間にしわを寄せた。


「でもねっ あたしは、守られてるだけじゃダメなのっ」

『……?』


眉間に皺を寄せたまま、目じりを下げるセレナ。シリウスの元々丸い菫色の目がさらに丸くなった。心底セレナの云っている意味が解らないようだ。


「これからは、何だって1人で出来る様になりたいの」

『なぜ…我々は、邪魔なのか…?』


菫色の目がわずかに曇り、その顔は地面を向いてしまった。


 ――そういう事じゃなくってぇ


「もっもちろん、これからだって手伝ってもらう事はあるよっ!! けど…あたし1人でやれる事だってあるはずだからっ」

『……主は、まだ子供ぞ? 』


視線をセレナに戻して、銀色の大きな犬は首をかしげる。その菫色の目は、少しの嬉気が混じっている。


「確かに立派な大人って胸張って言えないけど、…子供じゃないもん」

『……主は、まだまだ尻も胸もペッタンコだぞ?』


「ぐ…これからスタイルだってよくなるのよっ!! それに、年齢的には成人よっ! 大体、子供にだって出来る事はあるもんっ 何より……あんた達はあたしの友達で、従者や侍女じゃないでしょっ」


捲くし立てる可愛らしい主の姿に、菫色の目は嬉しそうに細められた。捲くし立てた事で、肩で息をするセレナはシリウスの様子にムムッと唇の端を噛んだ。


『そう言うところが、まだまだ子供だな主。成長しようとする我が主は、ますます愛らしい』

「あのねぇ…あんた達と比べれば、お祖父様だって子供なんでしょっ。何事も経験なのっ あたしだって成長するのっ」


『…女将との交渉は自分でしたかったと言うことか?』

「それだけじゃないけど………うんまぁ、今回はそう」


 段々と話し半分にしか聞いてもらえていないような気が、セレナにはしてきていた。毒気が抜かれていく。シリウスの目は慈愛に満ちていて、主であるセレナをただ慕っているのだ。


『そういえば……子供にお使いをさせてやるのは大人の仕事の1つだったな』

「…………はぁ」


 お説教するはずが、なぜかセレナの方がまごついてしまう。こちらが必死に説明しても、シリウスだけでなく星獣達は、星が産まれたときが存在すると言われている。人間なぞすべて、子供なのだ。


 ――解せぬ…


 わかってくれたのか、くれないのか、子供の癇癪だと流されたのか分からないが、話しはしたので次からはセレナが主導で交渉ごとが出来るはずだ。それでいいだろう。彼等と付き合っていくには多少の諦めが必要だ。


“コンコン”


 ノックと共に運ばれてきた食事は、 野菜がたっぷり入ったトマトのチキン煮と、 お店で焼いているのであろう焼きたてのバケット、カリカリに焼いたベーコンとチーズをたっぷりのせたサラダだった。食事の時だけ人の姿に戻ったシリウスと一先ず食事にした。どれも空腹に染みた以上に、とても美味しかった。

 食べた食器を片づけ部屋に戻って来ると、2つのベッドを並べて占領している銀色の毛むくじゃら。


『 主、夜は冷えるぞ』


 フサフサの銀色の尻尾が、 セレナの体をふわりと掴むとその身に抱き寄せた。完全に子供扱いだが、これはこれで嬉しい事だった。楽しそうにシリウスの毛皮に潜り込むセレナ。


 ――ふふふっ

 ――あったかくて気持ちいいんだよねっ


 シリウスのふわふわの毛を堪能しながらその体をベッドに、セレナはあっという間に眠りについた。その傍らに金の鱗粉の様なキラキラが舞う。



『……やはり、主は、まだまだ子供だ…』

『あんまり子ども扱いすると、意地張って頼ってもらえなくなるわよ?』


街を見回って戻ってきたスピカが呆れた顔をシリウスに向けた。


『それはつまらぬ』

『でしょ?』


セレナの傍らに舞い降りたスピカは、半透明の羽を消してセレナの少し幼い寝顔を眺めて優しく笑った。







 翌朝、爽やかな風が吹きその風に撫でられる様に、セレナはさっそうと風に金色の髪をなびかせ王城を目指し足を運ぶ。朝一番の時間なので、門番は昨日のやさしい壮年の騎士だろう。今日は、城門の中へもすんなり入れてくれるはずだ。訪ね先は城ではなく魔導騎士団なのだ。紹介状もあるので、足止めもされないだろう。


 不安と緊張に、セレナの胸がドキドキと騒ぐ。


 ――頑張りますかっ


 晴れた青い空を見上げて、セレナは一歩一歩足を進めたのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

序章はこれにて終了です。

やっとこ本章に入りますっ!! 第一章は、魔導騎士団編となります。

細々とプロットしてるんですが、まだ大半が形になっていないのでお時間をいただくかもです。

気長にお待ちください。

そして、ありがたい事に思いの外たくさんのブクマをいただきまして、何かお礼をと思い閑話を設けたいと思います。

次章が始まるまで、不定期で更新しますので、よろしくお願いします。   モー子

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