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9 プラトニック、ください

「どうしたの!?大丈夫?具合でも悪くなった?」


 エドガーはまだ床に両手をついたままがっくりとうなだれている。


「うお~い、なんだこれ、どゆこと?」


 アレックスが頭をかきながらようやく追いついて来た。


「私だってわからないけど、話してる途中でいきなり倒れ込んじゃったの!どうしよう……。」

「あ~、はいはい。わからんけどなんかわかった。」


 アレックスはエドガーに近づいてぽんぽんと肩を叩いた。


「神父サンよぉ、生きてるか?お~怖、俺をにらむなよ。あんた、眼鏡ないと目力すごいのな。んで?なんの話してたんだ?」


 アレックスが聞いてきたから、エドガーにそっくりな悪魔、インマと遊んだことを再度話した。


「どうせそんなこったろーとおもったぜ。おまえなあ、話をするときは内容をはしょるなっていつも言われてただろ。そのエドガー2号とあのコンラッドの馬鹿と何をして遊んだんだ?」

「やめてくれ!聞きたくな……。」

「朝までポーカーだけど?」

「「……ん?」」


 私とエドガーの声が重なり、お互いに何を言ってるんだ?と顔を見合わせた。


「朝まで、ポーカー?」


 エドガーが目を瞬かせながらつぶやいた。


「ええ。遊ぶって言ったら、やっぱりポーカーでしょ!最近じゃ皆忙しいって言って付き合ってくれないし、アレクは昔から相手をしてくれないし。」

「あんなめんどくせえもん誰がやるかよ。ま、そーゆーこった、神父サン。あんたが心配するようなこと、こいつがやるわけねえよ。なんせ、我が人生に一片も男の陰なし!街道を突っ走ってるからな。」

「アレーーーーク!!余計なことは言わなくていいのよ!私がモテない女みたいでしょ!」

「え?お前、自分がモテてると思ってるわけ?」


 アレックスが目をまん丸にして本気で驚いている。

 私は決して自分がモテるとは思ってはいないけれど、エドガーの手前、モテないとは思われたくないという女のプライドがある。


「そういう話より、今は悪魔の話のしてる途中でしょ。あのインマって悪魔、自分で誘っておいてほんっとに弱かったの。100回以上は負けたんじゃないかしら。最後は朝日を浴びながら、燃え尽きるように真っ白な灰になって消えていったわよ。もう悪魔とポーカーはしないわ。賭けても負けないからスリルも味わえないし、最高につまらない戦いだったわね。まあ、コンラッドとの一騎打ちはおもしろかったけど。」

「で、何賭けたんだ?」


 アレックスが特に興味もなさげに聞いてきた。


「インマは自身の魔力を。コンラッドは3か月分の給料を。」

「お前は?」

「乙女のく・ち・び・る。」

「乙女って年でもねえだろ。」

「おだまりなさい!インマがご所望だったからその賭けにのってやったのよ。」

「どーせお前がだだこねてそれに決めたんだろ。」


 さすがはアレックス、よくわかっている。

 アレックスにウインクしてやると、やめろ、と嫌そうに手を横に振っていた。

 インマは最初は私の純潔を要求してきたけれど、コンラッドに命令してコブラツイストをかけさせながら交渉した結果、キスという落としどころで落ち着いたのだ。

 と、そこでエドガーがのろのろと立ち上がった。

 やけにげっそりとしている。

 アレックスが眼鏡を拾って渡してやると、それを受け取って、一息ついてから装着した。


「あの~、フォブリーズ神父、大丈夫?」


 声をかけると胡乱気な目で見つめられた。

 どうやら私が原因のようだ。


「すまねえなぁ、こんなやつなんだよ。あんたも早く慣れたほうがいい。」

「いえ、私の精神鍛錬がまだまだ足りなかったようです。お気になさらず。」

「悪気はねえんだ、許してやってくれ。」

「もちろんわかっております。」


 アレックスがエドガーの肩に腕を乗せてなにやらこそこそと話し込んでいる。

 仲間外れにされたような気分だ。


「なんかごめんね?」


 話が終わった頃を見計らってエドガーに謝ると、彼はいつものあの冷たい様子で言ってきた。


「貴方は何が悪かったかもわからないで謝るのですか?」


 ヒジョーにキビシー!


「えーっと、何が悪かったのか教えてもらえるかしら?」


 へへへ、と笑ってごまかしながら聞いてみた。

 するとエドガーではなくアレックスが口を開いた。


「つまりインマっつーのは、人間の生気を狙うやらしー悪魔なんだろ?エドガー2号がこの神父サンのナリをしてたっつーことは、お前がむぐっ。」

「君はちょっと黙っていてください。」


 エドガーがアレックスの口をすばやく片手でふさぎ、そしてこちらを向いて言ってきた。


「先ほどのことは私の単なる勘違いですのでお忘れください。謝っていただく必要もございません。」


 そう言う割にはまだ憮然とした様子なので、こちらとしては焦ってしまう。


「でも不快な思いをさせてしまったのでは……。」

「いいえ、しておりません。」


 ぴしゃりと言い返されてしまった。

 口ではそう言っているけれど、怒っているのだろう、ピリピリとした空気が漂っている。

 ああ、また嫌われてしまったな。

 何でもない風を装って笑顔を作るけれど、内心うまくできない自分に落ち込んでしまっている。

 そんなわたしを気にもせず、エドガーは話を続けた。


「とにかく、もしまた人型の悪魔が現れたら、護衛騎士に窓から放り投げてもらってください。」

「そんな雑な感じの退魔でいいの!?楽でいいけど!」


 びっくりして大声で言うと、エドガーがクスリと笑った。

 そして張りつめていた空気がふっと軽くなった。


「人型以外でも、この方法でよろしいかと。」

「いいんだ……。」


 退魔とは?なんてちょっと考えてしまう。


「ぶはっ!はあーっはあーっ。おいあんた!口ふさぐのに鼻までふさぐなよ!死ぬだろ!」


 アレックスがエドガーの腕を引きはがし、肩で息をしている。


「あんた、力がバカつえーんだよ!」

「そうでしたか?すみません。」

「いいのいいの。アレクは殺しても死なないくらい頑丈だから少々雑に扱っても。ね!」


 アレックスの腕をバシバシ叩いてみせると、おまえなあ、と呆れた声が降って来た。


「姫。」

「え?なに?」


 エドガーが眼鏡を直しながら、神妙な面持ちで言ってきた。


「姫には退魔をしていただいておりますので、私もお返しとして何かお役に立てないかと考えたのですが。」

「うん。」

「退魔をお願いしている間、私は婚約者としての働きをさせていただきたいのです。ただ名目だけのものではなく、公式行事などへの出席もいたします。」

「いきなり何を言って……。」

「世襲の貴族ではなく、一代限りの聖職貴族である私が婚約者であるというのは、考えてみれば貴族各派の間に波風を立てない良い人事だと思うのですが、いかがですか?」


 エドガーの言う通りだ。

 実際、私の婚約者選びが難航していたのも、貴族間のパワーバランスを壊さない相手がいないからでもあったのだ。

 とはいえいずれは誰かを配偶者としなければいけないけれど、それまでの時間稼ぎにはなる。

 まさかお姉さまはここまで考えていたのでは?

 いや、まさか。

 腕を組んで考え込んでいると、アレックスが声をあげた。


「そいつぁいいじゃねえか。やってもらえよ。よろしく頼むぜ、エドガー1号。」

「そのエドガー1号、2号という呼び方はやめていただけませんか?」

「なんだよ水くせぇなあ。俺とあんたの仲じゃねえか、堅苦しいのはなしだぜ?」

「私と君の仲が特別良くなった覚えはありません。ところで、姫の言動が乱暴なのも君の影響が大いにあると思うのですが。」

「そーか?」


 またしても和気あいあいと話し始めた二人に向かって言った。


「そうしてもらえると助かるわ。よろしく頼むわね。」

「はい。ですが、一つ条件があります。」

「条件?」

「私は聖職者ですので、我々の関係は、あくまでもプラトニックでお願いいたします。」

「プラトニック?」

「心と心のつながり、ハート・トゥ・ハート。互いを尊重し合う、肉体的な接触を一切断った、精神的な愛のことです。」

「なるほど。」


 わからん。


「オトモダチでいようねってことだろ?」


 アレックスが言った。


「友達ではないですが、まあ、それに近い関係ですね。」

「友達!?」

「いけませんか?」

「いえ、私は友達がいないの。どの貴族令嬢と仲良くしても一貴族に肩入れしていることになるから、作れなかったんだけど。だから、友達は欲しい。」

「そうでしたか、では、ぜひプラトニックでお願いいたします。」

「私、友達とポーカーをしてみたいんだけど?」

「賭けをしない、勝敗だけを目的とするならばいいでしょう。」


 他にも友達としてみたかったことを聞いてみることにした。


「悩みを打ち明けるのは?」

「もちろん結構です。」

「じゃあ、パジャマパーティーは?」

「却下します!」


 エドガーが裁判官のようにびしっと言った。


「ということは、お悩み相談以上パジャマパーティー未満の関係な婚約者ということね。わかったわ。」


 婚約者(あかのたにん)から婚約者(ともだち)に格上げになった。

 アレックスが、あんたらおもしれぇな、とつぶやいていた。



お読みいただきありがとうございます。

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