7 グッバイ・ゴールデンタイム
「あんなに苦しんでる人たちがいるのに、何かの力になれるならばするわよ。私だって、すわその時には王冠かぶってこの国を背負う立場であることは自覚してるんだから。助けを求めている人たちが大勢いることを知って、のうのうと気楽に生活できるわけないでしょ。本来ならば、我々が国民が苦しむ目にあわないように、先回りしてその苦しみの元を絶つべきなんだろうけど、なかなか現実は思ったようにはいかないわよね。」
本当は自分がこの「国」を背負うことになったら、と想像するだけで不安と重圧で手が震える。
私は、お姉さまの様にはできない。
でもそれをさとられるべきではないから、なんでもないことのように平然を装う。
そんな私を、エドガーはポカンと口を開けてこちらを見ている。
「なによ、その意外そうな顔は。」
「私は少々貴方のことを勘違いしていたようです。いえ、貴方のことをよく知らなかったゆえに誤認していたと思います。先憂後楽、素晴らしいお心掛けでいらっしゃいます。」
「そんなご立派なものじゃないわよ。実際私は何か役に立つことをしているわけじゃないし。」
「前王の直系の血族である貴方が王位継承第二位という立場にいらっしゃるというだけで、今の政治状況では計り知れないほど国益に、いえ、この話はいまここでは止めておきましょう。」
「私の次位のピアソン公でしょ。こんな時代に血縁関係で他国の政治介入を許すつもりなんて。まったく、何百年前の歴史を繰り返すつもりなのかしら。考えが古臭いのよ。」
ピアソン公の母は、領土拡張する気が隠しきれていない隣国の、その王族出身なので、彼が王位を継ぐとなれば国内は大荒れになるだろう。
最悪、国の崩壊を招くことにもなりかねない。
考えただけで気が滅入る。
「あー、やめやめ!とにかく、私はエクソシストにはならないけど、あなたのところに行く悪魔を多少なりとも引き受けることはできるわ。」
「ありがとうございます。」
エドガーは深々と頭を下げてきた。
「ところで、悪魔がまた現れたら今までのような対応でいいのかしら?なにかこう、儀式とか呪文とか、そんなのはいらないの?」
「それが必要ないところが、姫の一番すごいところなのです。」
「そうなの?」
エドガーにすごいと言われると、素直に嬉しい。
子供のころは、なんでもそつなくこなすエドガーとはよく比較されて、私に劣等感を植え付けてくれたものだったけれど、いつからか、別次元の人間だから比べても意味がないな、と思うようになった。
嫌な奴、とは思っているけれど、敵わない人、でもあるのだ。
そんな彼にも褒められるようなものが私にもあったということだ。
なぜ姉君のようにできないのですか、と、しょっちゅうため息をついていた教師に聞かせてやりたいものだ。
嬉しさが抑えきれず、思わずにんまりと口がほころんでしまった。
それを見たエドガーが、くいっと眼鏡を押さえながら説明してきた。
「悪魔というものは、人間のように心を持ちません。だからこそ、人間に興味を持ち、ちょっかいをかけてきます。そして、悪魔という未知の存在に出会ったとき、人間側の反応としては、4つのパターンに分けられます。悪魔に対して弱い順に、悪魔という存在を、受け入れられないが、拒否しない。次が、受け入れられず、拒否する。これがおそらく一般的な人間の反応になります。その次が、受け入れ、拒否しない。これは悪魔を使役するような人間が該当しますが、その実、主導権は悪魔側にあります。そして最後に、受け入れるが、拒否する。姫はこの4番目に該当します。つまり、実際は悪魔が強い力を持っているかどうかというよりも、人間側がどのような精神状態にあるかによってどれほど影響を受けるかどうかが変わってくるのです。そもそも悪魔というは、我が国の伝説によってはおよそ500年ほど前に魔界と呼ばれる異空間からやって来たといわれていて……。」
これは完全に教会での説教の時のトーンと同じ。
私を心地よい眠りに誘う子守歌。
まぶたが下りてくるのを我慢するのが精いっぱい。
「その時に我が国を襲った魔界より舞い降りた魔将軍、これはバールと呼ばれる最高位の悪魔ではないかと思われるので、『バールのような者』という名で広く知られていますが。」
あー、それ聞いたことあるよ、そして、君の話もちゃんと聞いてるよ、ということを訴えるために頭を縦に振ってうなずいてみせておく。
でも意識は半分ない。
完全に夢うつつ。
「ですがそもそも奴らの側に集団で人間を襲うメリットがないと思われますので、これは何か魔界のほうで問題が起こって……。」
うん、うん。
もう、うん、しか言えない。
「そして聖騎士と呼ばれる神の加護を得た騎士が、聖剣エグズギャリバーを受け取ると……。」
エドガーの声が遠くに聞こえてきた。
「……ということになるのです。少し長くなりましたが、以上がなぜ姫がエクソシストに向いているか、そしてなぜ儀式も呪文も必要とされないのかという理由と根拠になります。おわかりいただけたでしょうか。」
「おかわり、じゃなかった、おかわりいただきました……?間違えた、おわかりいただきました。」
眠気でもうろうとしながらもなんとか返答した。
やっと終わった……。
体感で4時間ぐらいは講義を受けていた。
のろのろと顔を上げてエドガーを見ると、眼鏡が光って表情がうかがえなかった。
でもそのイキイキした表情だと、まだまだ話し足りないといったところだろうか。
わかったと言わないと、まだこの恐怖のおやすみタイムが延々と続くことになる。
「長いけど、まあ、だいたいは理解できた、かな?」
私の歯切れの悪い返答に、なぜかエドガーは興奮気味に言った。
「出会った瞬間に、悪魔よりも精神的に優位に立っていることができる、だからこそ、聖なる言葉も道具も必要ないのです。これはとてつもない才能ですよ!」
「ですってよ、アレーーーーク!耳の穴かっぽじいて聞いてたでしょうね!」
「ぐう。」
アレックスも案の定、立ったまま寝ていた。
これもすごい才能だ。
「とはいえ、大事な御身に何かあってはいけません。いくつか聖具をお渡しししておきます。」
エドガーはそう言うと、懐から何の変哲もない小瓶を4個取り出し、そっとテーブルに置いた。
「聖水です。」
「おおー、これが噂の。」
「どうぞお使いください。」
「ありがとー、って、これまさか、これはサービスですって言って勝手に置いていくからタダだと思ってばんばん使ってたら、次に来た時にたっかい料金請求される、詐欺みたいな置き薬のシステムなんじゃないでしょうねえ?」
「貴方は私を一体何だと思っておられるのですか?」
エドガーは憮然としているが、心の中で、あんたは私の予算削り魔だよ、とつぶやいた。
「後から高額な代金を請求することなどいたしませんので、ご自由にお使いください。」
「私、その、ご自由にお使いください、っていう言葉大好き。サンキュー。」
気兼ねなくバンバン使ってやろうじゃないの!
まあ4本なんてケチくさいことしないで、20本ぐらい持ってきてほしかったけどね。
さて、これからは悪魔たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、なエクソシストデイズが始まるというわけね。
さようなら、私のモチ肌。
こんにちは、寝不足。
とはいえこれも人助けになるわけだし、気持ちはどこかすがすがしかった。
よし、と拳をにぎって気合を入れてみる。
「それにしても、まさか姫に手助けしていただけるとは、嬉しい誤算でした。」
エドガーが見たこともないほどの満面の笑みで微笑みかけてくる。
「本当に助かります。ありがとうございます。」
いやそんなにキラキラしたすがすがしい笑顔を向けられるほどのことはしていないと思うし、心臓に悪いからやめてほしい。
「べ、別にエドガーのためにしてるんじゃないんだからね!勘違いしないでよ!」
「アーレークー。なにそれ、気持ち悪い、やめて。」
アレックスが裏声で体をくねらせながらなにか言っている。
「ここはツンデレで攻めておくべきだろう。ほら、俺のまねしてもっかい言っとけ。」
「絶対嫌。ツンデレで攻めるってなによ。なんで私が攻めないといけないわけ?だいたい、いきなり攻められたらエドガーさんもびっくりしちゃうでしょ、ねえ。」
「え?ああ、すみません、その、ツンドレなる攻撃法は初めて聞いたのですが、何を積んでるんでしょうか?それともカフェ・オ・レみたいなものでしょうか?」
「びっくりするどころか、かすりもしてねえな。」
「聖職者なんだから、そんな俗っぽいこと言われてもわかんないのは当然でしょ。アレクも彼で遊ばないの。」
困った様子のエドガーをアレックスから守るために背後にかばった。
守りたい、この清らかさ。
「あ、そうだ。婚約の状態はとりあえずしばらくはこのまま継続ってことにしといていいわよね。この指輪がないと、悪魔もホイホイできないし。」
「え?そ、その、そうですね。では、よろしくお願いします。」
どこか焦ったような様子でエドガーが言うので、振り返って見てみると、彼はふいっと顔をそらして、眼鏡を押さえていた。
「そ、それでは、私はこれで失礼します。」
そして逃げるように退室していった。
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続きます!