6 フォブリーズ神父の訪問
黒い悪魔(虫の比喩)の名前が出ます。
苦手な方、すみません。
「わざわざ来てもらわなくても良かったのに。」
エドガーに昨日の出来事を相談するために、教会に出向いたけれど、忙しそうだったので帰ってきたら、その後1時間もたたないうちに、彼は私に会いに来た。
ソファの向かい側には、真剣な表情のエドガーが座っている。
「貴方の応対をした修道士が、何か困った様子だったと言っていましたものですから。」
「まあ、困ってるといえば困ってるけど……。」
彼に会いに行った教会は、あふれかえるほど多くの市民が訪れていた。
皆何か悩みや苦しみを抱えている人々で、エドガーの評判を聞いて、遠い地方からやって来ている人もいるようだった。
その誰もが深刻な表情をしていて、家族に体を支えられながら、順番を待っている人もいた。
私の案内をしてくれた若い修道士は、皆退魔を依頼に来ているけれど、その9割は心因性のもので、それを診断し適切な医師を紹介することが我々の仕事なのです、と言っていた。
そして、残りの1割、本当に退魔が必要なものは、エドガーをはじめ、優秀なエクソシストが対処しているのだ、とも。
我がミーティア王国も、この20年ほどで大きく発展し、国民のほとんどが日々の生活には困らないほどに豊かになった。
それでもなお、人の悩みや苦しみは無くならないということなのだ。
そんな苦しんでいる人々を差し置いて、私がエドガーに会うのはなんだかはばかられたので、会わずに帰ってきたというわけだった。
なので、エドガーのせいで魔物にゴールデンタイムを邪魔されるということが、とても言いにくい。
「それで、一体どうしたのですか?」
どうせ呆れられるだろうと思いながらも、フォブリーズ家の指輪を身に着けた日の夜から起こった出来事から話してみた。
案の定、エドガーが何度かため息をついた。
「なんですか、ご褒美って。」
とか
「普通投げ飛ばそうとはしないのでは。」
とか
「なぜそこで馬券を買おうという発想が生まれるんですか。」
とか言っていた。
「ああ。そう言えば、それで買った馬券だけど。」
分厚い札束引換券に変貌するはずだった数枚の馬券を、襟元をぐいっと広げて、下着にはさんでいた胸元から取り出した。
「なっ!なんというところに入れてるんですか貴方は!」
エドガーは慌てて顔を背けて眼鏡を押さえている。
「ものの見事に大ハズレ!ただの紙切れになりましたーー!!あいつら、八百長やってんじゃないでしょうねえ!」
悔しいからびりびりと破いて、紙吹雪にした。
「だから、最下位数更新中のパルヴララじゃなくて最強のバイゼイゴーにしとけっつっただろうが。」
後ろに控えていたアレックスが口を挟んできた。
「ハイリスク・ハイリターンじゃないと、ギャンブルをする意味がないでしょ。成功か、破滅か、そのギリギリのスリルを感じたとき、ああ、生きてるなあって実感できるのよ。」
「完全にギャンブル依存症のおっさんじゃねえか。」
「アレク!この姫君たる私に向かっておっさんとはどーゆーことなのよ!」
「お二人とも、そういうどうでもいいことはもういいですから、それから先を話してくれませんか。」
エドガーがぴしゃりと言ってきた。
「は、はーい。」
それから昨夜のフクロウ魔物の話をすると、エドガーの目の色が変わった。
「そのフクロウの姿をした者は、自らを魔物と言ったのですね?そして、魂と引き換えに、願いを叶えるとも。」
「そうよ、私の願いを叶えるのは無理だとか言う使えない奴だったわね。」
「そして、結局は何もせずに消えていった、と。」
「何もしなかったわけじゃないわよ!奴はとんでもないものを盗んでいったの。そう、私の、美容のゴールデンタイムを。」
「ああそうですか。」
「ああそうですかじゃないわよ!乙女のピンチよ!ほら見てよ!お肌がごわごわで、化粧のノリがすこぶる悪いんだから!あいつ、今度現れたらただじゃ置かないわよ!」
「ふむ。まあ、もともと化粧などせずとも十分お綺麗ですので、そう気にされずともよろしいのではないですか。」
「へ?」
「それよりも、姫、貴方は素晴らしい!優秀なゴ○ブリホウ酸団子になる素質をお持ちだ。」
「パードゥン?」
エドガーが見たこともないくらいの嬉しそうな笑顔で言った。
なにかすごく持ち上げられた後に、とんでもない単語が聞こえた気がするんだけど?
「姫、貴方はゴキ○リホウ酸団子の素質がおありだと、そう申し上げたのです。」
「……ぱ?」
私も今までいろんな呼ばれかたをしてきたけれど、あまりの衝撃に言葉が出なかった。
「あんた、なかなかうまいこというじゃねえか。」
アレックスが感心した様子で言った。
「そうでしょう?」
エドガーはなぜか得意そうにそう返している。
「どういう意味よ!」
「先ほどのお話を伺うかぎり、この1週間の出来事は、間違いなく悪魔の、我々エクソシストは魔物、悪霊、そういったものを総称して悪魔と呼んでいるのですが、その仕業ですね。おそらく、姫がお持ちのフォブリーズ家の指輪におびき寄せられたのだと思われます。」
「なぜこの指輪に?」
「奴らは人間の個体認識が不得手です。フォブリーズ家の指輪に残る私の気配を感じて、姫を私だとでも思ったのでしょう。奴らはいつも私を狙っていますからね。ただし、プラムと名乗るフクロウの悪魔は違うようですね。奴はきっとそれなりに高位の悪魔なんでしょう。」
「ふーん、あなたってずいぶんと悪魔たちに嫌われてるのねー。」
「いいえ、嫌われるなんて可愛いものではないですよ、私を、そうですね、人間的に言えば殺したいほどひどく憎んでいます。奴らからすれば、私は虐殺者ですからね。」
「まあ、あなたが悪魔に狙われていて、指輪のおかげで私があなたに間違われているということはわかったわ。で?」
「はい?」
「私がそのごき……もにょもにょ団子だということと一体どう関係があるのよ!そんなこと言うなんていくらなんでも失礼でしょ!」
「ああ、そうですね。人々を苦しめる悪魔を、忌み嫌われているとはいえゴ○ブリに例えるとは、ゴキ○リに失礼でしたね。彼らもまた、神が創りたもうた尊き命なのですから。」
「そっちじゃない!なんで私がホウ酸団子なのよ!」
「ふふっ。ああ、いえ、すみません。」
「何がおかしいのよ!」
「いえ、つい、嬉しくて。」
「は?」
「驚かせたり、呪い殺したり、その魂を食らってやろうとやってきた悪魔たちを、そうとは気付かずに、なおかつ自らの身にはなんの危害も加えさせずに鮮やかに撃退するとは、姫、エクソシストになるおつもりはありませんか?」
「質問に答えてないんだけど。」
「私の指輪を使って悪魔をおびき寄せ、やって来たところをみごとに撃退されていましたので、それがまるで。」
「わかった、言いたいことはわかったからその黒い昆虫の名前はもう連呼しないで。」
「はい。いやあ、本当に素晴らしいエクソシストの素質をお持ちですよ貴方は。姫などやめて、エクソシストになりましょう。いえ、なるべきです!教会は慢性的なエクソシスト不足です。貴方ほどの逸材でしたら即戦力になりますのでとても助かるのですが。」
「お・こ・と・わ・り・よ!」
「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね。その指輪から私の気配を消すようにいたしましょう。しかし、間違って貴方のところにやってくる悪魔を退治してくださるだけでも、私はもっと多くの方の退魔を請け負うことができるのですが。いえ、私の言ったことは忘れてください。姫には王族としての公務もありますしね。」
エドガーは残念そうに、眉を下げて微笑んだ。
どうしてこの男はこんなにも説明が下手なんだろうか。
ゴキ……などと言わずに、そして教会の現状などをうまく表現すれば私も最初から断ったりなどしないのに。
言葉のチョイスが壊滅的すぎる。
言われた相手がどう感じるかなんて考えていないんだろうか?
「私がこの指輪にホイホイ引き寄せられた悪魔を撃退すれば、貴方はもっとあの困っている人たちを救うことができるのだというのならば、話は変わるわ。そういうことであれば、私は喜んであなたに協力する。」
「えええええっ!!!」
エドガーはのけぞるほど驚いている。
「失礼ね、そんなに驚かないでよ。」
「すみません。」
エドガーは落ち着かない様子で眼鏡を押し上げた。
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続きます!