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33 嘘つきは悪魔の始まり

「そうですか、姫は知りませんか。」


 エドガーがわざとらしくため息をついた。


「犯人は、爆発するかもしれないというのに。」

「ば、爆発?何が?」

「胃が。」

「胃が!?」

「そうです。」

「ま、まさかあ……。」


 エドガーがゆっくりとこちらに足を進めてくる。

 思わず一歩後ろに引いてしまった。

 神の怒りに触れずとも、今まさに胃が爆発しそうだ。

 エドガーは、聖職者とかエクソシストなんかよりも、異端審問官なんかが天職なんじゃないだろうか。

 蛇ににらまれたカエルというものの気持ちが今わかった。

 笑ってごまかそうとしたら、頬が不自然に引きつってしまった。


「とはいえ、まだ犯人を確定する方法はあります。」


 そう言ってエドガーは、ソーダの瓶にどこからともなく取り出した銀色の粉を振りかけた。


「なにそれ?」

「これで犯人の指紋を浮かび上がらせます。最近警察でも導入された、画期的な方法ですよ。なんでも、指紋というものは誰一人として同じものがないんだとか。」

「なんでそんな最新の捜査方法をエドガーが活用できてるのよ……。」

「はい出ました!これがここにこれを置いて行った犯人の指紋です。」

「でも、それには今までそれを持ったことがある複数人の指紋が付いているはずだから、犯人の特定は難しいと思うけど?」

「いい質問ですね!」


 またエドガーの眼鏡がきらりと光った。


「確かにこれには何人かの指紋が付いているはずですが、犯人の特定は簡単です。最後にこれを触った者の指紋は、上から触られていないので、一番きれいに残されているはずですから。」

「うん?」

「これくらいならば、鑑定に出さずとも私がこの場で判断を下すことも出来ます。……ふむ。どうやら、この指紋が一番きれいに残されているようです。おや?他の指紋よりも、幾分か小さいですね。それに、細い。おそらく犯人は、子供か若い女性……。」

「ああああ~~~~~っ!!!もうっ!!わかったわよ!言えばいいんでしょう!言えば!私がそれを!その祭壇の上に置いたのよ!」

「おや?そうだったのですか?」

「わかってたんでしょ?しらじらしい。私としてはほんの軽い気持ちだったのよ。まさかそんな犯人探しまでされるようなことになるなん……て……。なによ。」


 エドガーは、ぷっ、と吹き出すと、あわてて左手で口を押えたけれど、やがて耐えられなくなったのか、声を上げて笑い出した。

 こんなに大声で笑うエドガーは初めて見た。


「はははははっ!姫、そんなに慌てて。おもしろいですね、貴方という人は。」

「……はい?」

「冗談ですよ。神があずきソーダを嫌うなんてバカみたいな話、本当に信じたんですか?」

「冗談?ひどいじゃない、だましてからかったのね!」

「いつもの仕返しですよ。」

「むっ。なにそれ。」

「いつも私をからかって楽しんでらっしゃいましたよね?どうですか?私がいつもどんな気持ちだったか、わかっていただけましたか?」


 たしかに何度かエドガーをからかったことはあるけれど、彼は絶対に嘘をつかないから、バカみたいな話でも簡単に信じてしまう。

 ……というか。


「聖職者が嘘をついたら、いけないんじゃなかったっけ?」

「今のは、嘘ではなく冗談です。」

「いやいやいや!おんなじようなもんでしょ!それに、たちがわるいわよ!悪趣味ね。」

「なんとでも。それに、私はもう聖職者ではありませんので、嘘もつけますよ?」

「はあああああああーーーーー?????聖職者じゃない?どういうことなの!?」


 エドガーは私の目の前にやってくると、かがんで、ぐっと顔を近づけてきた。

 思わずのけぞってしまう。


「やめました。聖職者を。」


 顔が近い。


「な……なんで?」

「貴方のために。」

「私のため?」

「まあ、姫のため、といったら語弊がありますね。自分のため、です。つまり……貴方のせいです。聖職者のままでは、貴方に触れることすらできない。ですから、やめました。」

「……へ?」

「……と言ったら、どうしますか?」

「はあ?」


 今までにはなかったエドガーの調子に、頭がついていかない。


「ま、またからかったわね……。」

「そんなに目を見開いて……。可愛いですね、全く。」


 エドガーがその黒い革手袋をつけた左手で、するりと頬を撫でてきた。


「ひょえええっ!」


 ちょっと触れられただけなのに、背筋がぞわりとして、全く可愛いとは言えない声が出てしまった。

 こういう時に、あんっ、とか、いやんっ、とか、可愛らしいか、もしくは色気のある声をとっさに出せるナチュラルボーン乙女なんかががきっとモテるんだろう。

 しかし私は、そのようにはできていないようだ。

 無念。


「なぜ急に歴戦の戦士が敗北したかのような表情になるんですか?おもしろいですね。」

「もういっそのこと、お笑い劇団員にでもなろうかしら。」

「それはやめてください。姫のおもしろさは、私だけのものです。」

「おもしろがらないでよ……。」


 エドガーが上機嫌になったのはいいけれど、なんだか主導権を握られているようで、こちらとしては全く面白くない。


「それで、どうして聖職者をやめちゃったのよ。もったいない。」

「私よりも優秀な聖職者はごまんといます。私がいなくなっても、教会が困ることはないでしょう。」

「そんなこともないと思うけど。」

「そう思っていただけるのは嬉しい限りですが、これは真実です。私の後輩の神父たちも優秀な方たちが多くなってきました。ですので、私はこれか、悪魔退治のほうに専念しようと思いまして。今までは教会だけでなく、聖職貴族として仕事もありましたので、なかなか遠方の事件には駆け付けることができませんでしたが、これにより、今までは見逃されてきた王都以外での退治に行けるようになります。これは、まだ数が少ないエクソシストとしての使命でもあります。昔から考えていたことではあったのです。そういうわけで、今こそより多くの方たちの役に立てるの時ではないかと、決心した次第です。」

「そう……。それは、素晴らしいことだわ。」

「ありがとうございます。」


 今まで病気だとか気がふれただとか言われて苦しんでいた人たちの救いになるということだ。

 いいことだ。

 いいことなんだけど……。


「あまり嬉しそうではないですね。姫ならばきっと、喜んでくださると思ったのですが。」

「そうならそうと、言ってくれればいいのに。」

「聞かれませんでしたので。」


 突き放すような冷たい物言いなのに、その眼鏡の奥にある瞳は、まるで熱にでも浮かされたような、そんな熱量を持ってこちらをじっと見つめてきている。

 言葉では嘘をつけるようになった。

 では、瞳は……?

 いたたまれなくて、耐えられなくて、エドガーから視線をそらせて、それから気持ちを落ち着かせようと、ドレスをぎゅっと握りしめた。


「私がいなくて気になったのならば、会いに来てくださればよかったのに。」

「そんなこと言ったって、どこにいるのかわからないのに……。」

「今日は見つけ出せたのに?」

「そんなこと言われても、私が私情でそう簡単に公務に支障が出るようなことをするわけには……。」

「今回もおおかた、誰かのために動いたんでしょう。貴方はいつもそうですね。自分のことは後回しで。」

「……。」

「まあ、姫はそのように教育されて育ったようなので、仕方のないことなのでしょう。」


 なんだか責められているような気がする。

 なんで私が責められているんだと思って、ちらりとエドガーに視線を戻すと、彼は不機嫌というよりも拗ねた様子だった。


「姫には、もう私という女王陛下が認めた婚約者がいるのですよ?その婚約者に会いに行くと言って、誰がとがめることができるでしょうか。それとも、貴方は私にこの一週間会わずとも全く平気だったのですか?」

「平気なわけないでしょ!もしかして、嫌われたのかと本当はすごく不安だったんだから!」

「おや、そうだったんですか?」


 エドガーは心底意外そうに言うから、むっとしてしまう。


「そうなのよ!でも、エドガーにも何か事情があるんだろうと思って、邪魔しちゃいけないのかも、とか、いろいろ考えて、悩んでたんだから。」

「それはそれは。」

「あのねえ、だいたい、あなたはどうなのよ?私と会わなくても平気だったんじゃないの?」

「そうですね。」

「……やっぱり。」

「嘘ですよ。」

「もう、エドガーの言うことはどこからどこまでが嘘なのか、ぜんっぜんわかんない……。」


 この人、こんなに厄介な性格してたっけ?

 もう少し優しかったような……。

 いや、婚約者になる前は全然優しくなかった。

 なにか私に恨みでもあるのかと思わざるをえないほど冷たかったし厳しかった。

 予算削減魔だった。

 それから、私のことを重いなどと……!


「まあ、私の本音がわからないとは、姫もまだまだですね。」


 エドガーは得意そうにうっすらと笑った。

 私は逆に、脱力して肩をがっくりと落としてしまった。


お読みいただき、ありがとうございます!

続きます!

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