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3 聖職者と婚約

 そのまま女王陛下はエドガーの身分をはく奪して去っていくかと思われたが、予想に反して、右ひざをついて私と目線を合わせてきた。

 そして手のひらを向けてくる。

 「お手」を命じられた犬の気分だ。

 反射的に左手をその上に乗せてしまった。


 「そして、これをこう!」


 左手の薬指に指輪がずぼっとはめられた。


 「えええーーーーー!!!ちょっ、えええーーーーーーー!!!」


 なぜ私の左手の薬指に、フォブリーズ家の家宝である誓いの指輪がはめられているんだろうか。


 「このような公衆の面前で押し倒すほどに、この男のことを好いておるのであろう?今までなかなかこの姉にも言いだせずにいたのだな、全く、キャンディは相変わらず慎ましくも愛いやつだ。フォブリーズが聖職者であることを気にしているのか?お前は何も心配せずともよい。全部この姉に任せておけ。お前の願いを叶えてやるぞ。」

「……へ?」


 誰が誰を好きだって?

 耳がおかしくなったんだろうか?

 私がエドガー・フォブリーズを好きだとかなんとか、そんなことを言っているように聞こえたんだけど。

 思考が停止してしまって固まってしまっていると、女王陛下はすっくと立ち上がって


 「今ここに我が妹キャンディスと、エドガー・フォブリーズの婚約が成立した。婚姻の儀はこれより1年後、とり行うこととする。異議のある者は申し出でよ!」


 と高らかに宣言した。

 その場にいた者たち全員が、ざっとひざまづいた。


 「……は?」


 誰と誰が、婚約だって?

 あたりがしん、と静まり返っている。


 「異議あり。」


 エドガーが右手を上げて沈黙を破った。

 良く言った!

 私はもうわけがわからなくて混乱して頭の中がぐちゃぐちゃになってるんだけど、エドガーならばこのわけのわからない状況を何とかしてくれるはずだ。

 エドガーの声に、女王陛下は、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

 無表情が怖い。


 「私は聖職者でありますので、姫君はもちろん、そもそも誰とも婚姻を結ぶことができません。」

 「ほおう。」


 エドガーの正論に女王陛下は地を這うような声で答えた。

 さすがはその視線だけで議会を動かすと言われている女王陛下だ。

 何人かは顔を青ざめている。

 エドガーはと言えば、右手で眼鏡のブリッジをおさえて平然としていた。

 なかなか頼もしい!

 がんばれエドガー!

 女王陛下の勘違いを正して、この最悪の状況を救って!


 「お前、私の可愛いキャンディの想いを受け取れんと言うのか。」

 「そうではなく、私は聖職者ですので女王陛下が何と言われようと、婚約は無効となると申し上げているのです。」

 「ふん。教会の首長はだれだ?」

 「……女王陛下です。」

 「そうだ、私が聖職者であるお前が結婚できるといえばできるのだ。」


 負けるなエドガー!

 なんだかちょっと押され気味!


 「女王陛下はその権力で、教会の規律を壊すおつもりなのですか?国教会は創立以来、聖職者の妻帯を禁止しております。」

 「それは何か?成文化された決まり事なのか?」

 「いいえ、慣例的にそう昔から決まっているのです。」

 「慣例、昔からの決まり事!その理由も理解せずに盲目的にただ従っているというのか?ばかばかしい!私はそういうものが一番嫌いなのだ!伝統という名のつくだけでありがたがられているものも、つい最近意図的に創られたものだったりするというのに、やたらと発言力を持っているのも気に食わん。そんなものはぶっ壊してやる。」

 「陛下、それでは秩序が保たれません。国王とは、まず国家の安寧のためにその権力を使うものではないのですか。」


 話が少しずれてきた。

 今は国家のことはちょっと置いていてほしい。


 「もちろん、私はこの国の最大の保護者でもある。まあ、いいだろう。お前たちのその大事にする昔からやっていることというものにならってやらんでもない。」

 「ありがとうございます。」


 エドガーやるじゃん!

 へーい!とハイタッチしようかとしたけれど、女王陛下がにやり、と笑ったのを見てしまった。

 女王陛下は腰に手をあてて言った。


 「それで、先ほどの国教会創立時のことだが。」

 「なんでしょうか。」

 「もともと国教会創立当初、主教や司祭は妻帯者であったはずだ。」


 それを聞いたエドガーが眉間にしわを寄せている。


 「どうだ?そうであろう?」

 「……そうです。」

 「で、あれば、そもそも聖職者たちは妻帯者であってはならないというのは、その後何らかの都合により作り変えられたものではないのか?お前たちが守っている慣例というもののほうが間違っているのではないのか?間違いは正さなくてはなあ。それともなにか?妻帯していた聖職者たちのことはなかったこととして扱えと言うのか?」

 「……詭弁です、陛下。」


 そう言いながらも、エドガーは降参、と両手を上げた。

 エドガーさああああん!!!


 「ちょっと!なに女王陛下の言い分を認めちゃってるのよ!」


 エドガーにずいっと詰め寄った。


 「今はおそらく何を言っても無駄かと。」

 「それはそうだけど……。」


 これはマズイ。非常にマズいですよ!


 「うむ、これにて一件落着!時間をくってしまったが、キャンディのためだ、よしとしよう。エドガー・フォブリーズ!図面は明日の午前5時に我が執務室まで持ってこい。それで許してやろう。ではな。」


 女王陛下はやって来た時よりも早い足取りで颯爽と去っていった。

 だから、誤解をとく暇もなかった。


 「よかったですなあ、姫。いやあー、若いっていいのう。」


 ダイオニシス大主教がヒゲをなでながらのんびりとした口調で話し、そして、去って行った。


 「いやなに認めちゃってるんですか聖職者との婚約を!ダイオニシス大主教!違うんです!私は決してフォブリーズ神父のことが結婚したいほど好きだというわけではないんです!女王陛下に大主教からも言ってください!婚約を解消するように!」


 こっちが必死になって言っているのに、ダイオニシス大主教は大聖堂の中に入って行ってしまった。

 いや、どうするのこれ。

 

 「どうするのこれ!」

 「落ち着いてください。とりあえず、からまった髪をどうにかしましょう。」

 「あなたはなんでそんなに落ち着いてるのよ、腹立つわね!」

 「騒いでも何も解決しませんからね。」


 そういってエドガーは眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げた。

 眼鏡がきらりと光っている。


 「あー、もうっ!わかったわよ!髪は切るわよ!」


 もうやけくそだ。


 「髪は女の命ではないのですか?」

 「もういいわよ、別に。」


 投げやりに言うと、エドガーが、ふむ、とつぶやいた後、絡まった髪に触れてきた。


 「絡まったものをほどきましょう。少しそのままで待ってください。」


 驚いたことに、エドガーは器用な手つきでからまった髪をほどき始めた。


 「その手があったわね。なかなかほどくのうまいじゃない。でも、私も結構器用なのよ?知恵の輪なんかが得意なの。子供の時、半日くらいかけて解いたことがあるんだから。なかなか早いでしょう?」


 そう言うと、エドガーが小さく笑った。

 髪が引っ張られないようにエドガーの体に触れそうなほど近づいているから、頭のてっぺんに息がかかるのが恥ずかしい。

 だから早く絡まりを取ってしまってほしい。


 「それは早いとは言いませんよ。私は知恵の輪は10秒もあれば解けます。」


 頭の上でしゃべるから吐息がかかってくすぐったい。


 「う、嘘よそんなの。そんなに早く解くことができるわけないもの。」


 恥ずかしいのをごまかすように早口になってしまう。


 「では今度目の前でしてみせましょう。さあ、こちらも解けました。」


 これでやっとエドガーの上からどくことができる。

 エドガーから離れて立ち上がってから、右手を差し出した。


 「はい。」

 「何ですか、これは?」

 「立ち上がるのを手伝ってあげる。」


 エドガーは手をつないできたので、ぐいっと引っ張ってあげた。


 「ありがとうございます。」


 お互い向かい合って、しばし見つめ合う。

 決して婚約者同士としてなどという、甘い気持ちではない。

 やばいぞどうする?

 お前が行けよ。

 いや、お前が行け。

 という無言のやりとりであった。

 どこに行くかと言えば、もちろん、女王陛下に先ほどの婚約宣言を取り消してもらいにだ。

 私が行けば、女王陛下は


 「なんと謙虚で奥ゆかしくて恥ずかしがり屋なのだ私の可愛いキャンディは!わかっておる、わかっておるぞ!結婚式は1年後ではなく半年後に変更しよう!」


 なんて言うに違いない。

 絶対に逆効果だ。

 しかし、かといってエドガーが行けば、もっとひどいことになるはずだ。

 以前、とある地方貴族が勝手に領地で増税を行っていたことがあった。

 そのために女王陛下はその貴族の領地を減らしたのだが、それに怒った貴族は女王陛下に直訴に行った。

 その貴族が部屋に入ると、女王陛下はゴルフクラブをブンブンとうならせながら、素振りをしていたらしい。


 「小さなボールだと打った気にならん。人の頭くらいあるやつだとちょうどいいのだが。おお、なんだ、お前か。何か私に不満があるらしいな。ゴルフでもしながら話を聞こうか。」


 ボールはお前な。

 そう言って、ゴルフクラブをうならせていたらしい。

 その後、その貴族は急に態度を改めて女王陛下への絶対的な忠誠を誓ったらしい。

 エドガーが行けばおそらくまたゴルフクラブをうならせる女王陛下が待っているだろう。

 とりあえず、あの女王陛下に二人で立ち向かい、婚約を取り消してもらわなければいけない。

 私たちの間に、妙な連帯感のようなものが生まれた。


お読みいただき、ありがとうございます。

まだ続きます!

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