29 女王陛下のジョーカー・カード
「あまり大きな声では言えないのですが。」
「だから聞きたくないってば!」
「王位継承権第三位のピアソン公の母君は、隣国の王族の血は引いていません。つまり、万が一ピアソン公が王位を継承したとしても、隣国の干渉を受ける確率は低いと思われます。」
「はっっっあああああああーーーーー?????」
「しっ。静かに!誰かが声を聞きつけてやって来たらどうするのですか。」
「いやいやいや、今のは大声出すなって言う方がおかしいでしょ!!誰のせいだとっ!」
「そういうわけで、姫が王族でなくなりピアソン公が王位を継いだとしても、隣国が我が国の政治に介入してくる心配はご無用です。よかったですね。」
「なああああああにが、よかったですね、よ!ぜんっぜんよくない!見てください、これが爆弾です。では爆破します、を地で行かないで!それこそ、その事実がおおやけになる方がまずいんじゃない?」
「ですので、超極秘情報です。」
「でしょうね!私だって知らなかったんだから!待って、これはお姉さま……女王陛下は?ご存じなの?」
「それを申し上げるわけにはいきません。」
「それ第一級国家機密ってことじゃない!!そんなことほいほい暴露しないでよ!」
「姫のお心が少しでも軽くなればと思ったのですが......。」
「うわああああああーーーーーっならない!!ぜんっぜんならない!むしろ混乱してる!自分の時より!!」
しばらく深呼吸をして心を落ち着かせることにした。
吸って、吐いて。
これを十回ほど繰り返した。
効果は全くない。
「くうっ。もーこーなったら、毒を食らわば皿までよ!どーゆーことなのか一切合切白状しなさい!」
私がエドガーが持ってるあのやけに燃えるロウソクを持っていないことが悔やまれる。
エドガーの顔にびかっと当ててやるのに。
「ピアソン公の母君は、女王陛下からさかのぼって5代前の国王の弟君の血を引く方です。」
「ん?我が国の国民だったってこと?」
「そうです。辺境で一般国民の娘として生まれました。ですが、王家はその存在を把握しておりました。緊急事態に備えて。」
「直系の王族がいなくなった時のために?」
「本来ならば、そういうことです。我が国の歴史上、決して珍しいことではありません。ですが。」
「あの方は確かに隣国の王家の流れを持つ貴族として我が国に輿入れしてるわよね。我が国で生まれながらも、隣国の貴族の令嬢になる何らかのイレギュラーがあったのね。」
「まあ、体のいい人質です。」
「ひどいわ。」
「あの頃は、まだ隣国は大きな力を持っていましたからね。我が国に逆らう国力は無かったのでしょう。」
「それで、王族の血を引くあの方を人質に。」
「いいえ、有力な貴族の家に養子縁組し、隣国に渡されたそうです。」
「ん?じゃあ、人質取った側は彼女が我が国の王族の末裔だと知らずに、自国の貴族の令嬢として迎えたってこと?」
「そうですね。」
「それがどうして王家の血を引く人をわざわざ人質にしたのよ。おかしいじゃない?」
「考えることは皆同じです。我が国の王家の血を引く人間が、隣国の重要人物、あわよくば、王族の親族になれば、我が国には隣国の王位継承に口出しをできるようになります。当時の担当者はずいぶんとうまくやりましたね。まさか隣国の王家の血を引く家系の養女として迎えられるとは。あちら側も人質を取っていることは国内でも隠していたようですので、それをうまく利用したのでしょう。」
「……なにそれ。」
「まあ、実際に我が国が隣国の王位継承問題に口出しする可能性は限りなくゼロに近いといえるのですが。」
「一人の女性の人生を政治に利用してるのね。軽蔑するわ。」
「あの方はただ翻弄されているだけではありませんよ。なかなかに強かな方です。祖国と育った国と両方に揺さぶりをかけるために、我が国に嫁ぎたいと無理を押し通したのは、他でもない、人質となったご本人、ピアソン公の母君なのですから。」
「国と国とを手玉に取るような、そんなことができるような方には見えないけど?」
「そう見せているのですよ。」
平然としているエドガーに思わずため息が出た。
「隣国は、このことは知っているの?」
「いいえ。おそらく誰も。」
「ばれたらやばいじゃない!国際問題に、いや、下手したら戦争になるわよ!」
「それは大丈夫ですよ。そうなれば、かの国が他国を脅迫して人質を出させていたことがわかってしまいますから。国際的に非難される事態になります。我が国とかの国で極秘に交渉するにとどまります。」
「なんでそんな不確定な要素をわざわざ作りだしたのよ!」
「私が作ったのではないですが……。国家間の政治的争い事には、あらかじめ余白が必要ではないですか?互いに立場も状況も常に変化しているのです。その時々で、お互いに譲歩できるところで着地点を探るのが外交というもの。遊びがなければ、問題を固定化させてしまいますからね。そのためには、あらゆる可能性の種をまいておかねばなりません。毒も使い方次第では薬となります。」
「よく、わからないわ。」
「ピアソン公は、女王陛下のジョーカー・カードですよ。使い方次第では、我が国にちょっかいをかけてくる隣国に強力なカウンターパンチを繰り出してくれることでしょう。」
しれっと言ってのけるエドガーに呆れてしまう。
そういえば、この人は前宰相の子であり、聖職者になっていなければ今ごろどんな形であれ女王陛下の側近となっていただろう。
幼いころから国家の重要事項を教えられていたとしてもおかしくはない。
ということは。
「あなた、知っていたわね?」
「何をですか?」
「とぼけないでよ。私の生まれのことよ。」
「はい、知っていました。」
「そう。やっぱりそうなのね。いつからなの?」
「そうですね。物心ついたころには父からいろいろと伝えられていましたので、5、6歳のころには知っていましたね。」
「それなら、私が生まれてすぐじゃない。」
「父も私には次期宰相になるように教育してましたから。ですが。姫の件はそれだけが理由ではなく、我が家で引き取るという案もあったそうですので。もしかしたら、我々は兄妹だったかもしれないのですよ。」
「えええーーー。それはちょっと勘弁して!」
「なぜそんなに嫌がるのですか。兄妹だったら婚約はできませんので、私もその点に関しては良かったとは思いますが。」
「というか、私が直系の王族ではないと知っていたからあんなに辛辣だったのね。納得。」
「それは違います。貴方は苦労を隠すのがとてもうまい。何もしないで権力の上にあぐらをかいている貴族たちと同じに見えていましたので。忘れてください。」
エドガーは少し困ったように薄く笑った。
まるで世の中のことがすべて嫌になってしまった者のように。
幼少の頃から次期宰相として育てられたといっていたけれど、その中で見たくもないものをたくさん見すぎてしまったのかもしれない。
「わかった。忘れましょう。」
「ありがとうございます。」
冗談っぽく女王陛下のマネをして
言えば、エドガーもそれに応えてうやうやしく頭を垂れた。
ピアソン公の母のことも、私の心配を減らすためだと言っていたけれど、エドガーは心の奥底では、誰にも言えない秘密という重しを、誰かに預けたかったのかもしれない。
なぜかふとそう思った。
「あなたも大変よね。」
「私からすれば、姫のほうが大変に思えますが。受け入れてらっしゃる。嫌なことも、見たくないものも。私はそれが嫌で、逃げ出しましたので。」
「逃げ出したんじゃなくて、自分で覚悟を持って新しい世界へ飛び立ったんでしょ?すごいじゃない。貴族が貴族でなくなるなんて、想像もつかないわ。」
「おや、驚きました。姫にしては珍しく、詩的な表現ですね。」
「わるかったわね。」
いまエドガーについてまた一つわかったことがある。
彼は図星を刺されたり自分が不利なことを言われると、こんなふうに皮肉ったりしてごまかすのだ。
思わず小さく笑ってしまうと、またエドガーがそれを目ざとく見つけてきた。
「何を笑っているのですか。」
「いえ。またエドガーの新たな一面を見つけたなあと思って。」
「なんですかそれは。そういえば、私もまた姫の新たな一面を発見しましたよ。」
「ん?」
「姫の泣き顔が、かわいい!!!」
続きます!
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