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20 アデルバード・リーライズ

「く、臭くない!臭くないったら!!」


「におう」といわれたショックに涙声になってしまったけれど、私は決して臭くないということを声を大にして訴えた。


「おい、落ち着け。おまえがクサいかどうかはともかく、この、ジャック?っつーんだっけ?こいつが言ってんのは、アデ……なんとかっつー奴の血の匂いがするってことだろ?」

「アデルバード・リーライズでしょ。……え?アデルバード・リーライズ!!」


 自分がクサいのではないかと思ってそちらにばかり気がいっていたけれど、思いもよらなかった人物の名前が出てきていたことに今更ながらに気が付いた。

 驚いて部屋を見渡せば、自分と同じように驚いているのはコンラッドだけだった。


「アデ……?だから誰だそいつ?」


 アレックスは興味もなさげにそう言っている。


「貴様、それは本気で言ってるのか?」

「そだけど?」

「それは恐れ多くも前国王の弟君である、レッドメイン公の御名だぞ?」

「いや、だから誰それ?」


 コンラッドは瞳をこれでもかというほど見開いた後、体をぶるぶると震わせながら続けた。


「正式にはアデルバード・リーライズ・ス・クゥ・ミーティア。前国王の御代、他国との貿易もできず貧しい小国であった我が国を、侮られない国へと発展させるために自ら危険な地域に資源を求め、賊ともいえる商人との交渉へ向かわれたお方だ。ただ、そこで行方不明となられ、生存確認ができないまま10年たった時点で死亡認定をされておられる。」

「へー、知らんかったわー。」

「貴様というやつは、一体どういうことだ!王族の方のことをここまで知らないとは!不敬にもほどがあるぞ!」

「オレは過去は振り返らない主義なんでな。」


 アレックスは、フッと不敵に微笑みながらそう言った。

 コンラッドは呆れ果ててしまっている。


「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという言葉を知らんのか。」

「1ミリも知らん。オレはいつも、前しか見ない。後ろは振り返らず、前だけ見て、ドントルックバック、新しい明日へ、飛び込んでいこう、きっと今までになかった、自分に出会えるはずさ。」

「歌の歌詞みたいなことを言いだした……。」


 そう呟いてから、コンラッドは信じられないものを見たかのように茫然と立ちすくしている。

 その姿がいたたまれなくて、コンラッドの腕を軽く叩いてから声をかけた。


「コンラッドはあんまりアレクと話したことがないから驚くのは無理ないわ。アレクはね、王族と貴族で認識してるのは、私と女王陛下だけなの。ま、あんまり気にしないで?」

「気にしますよ!」


 コンラッドはそう叫ぶと、アレックスがどうでもよさそうに答えた。


「オレはこいつを狙うやつを倒すことが仕事だからな。誰が貴族だとか一般人だとか関係ねえよ。言っただろ?敵か味方かだけだって。こいつを害しようとするやつは、王族だろーが、子供だろーが殺すぞ。」

「いやだから、殺さないでってば。それにしても、アレクってば徹底してるわね~。」

「まあな。っつーか、いろいろ考えるのがめんどくせえ。」


 感心する私の隣では、コンラッドが両手で頭を抱えていた。


「ま、とにかく、私からレッドメイン公の血の匂いがするといわれてもおかしくはないわね。お会いしたことはないとはいえ、私の叔父様なんだもの。血はつながってるんだし、似たようなにおいがしてるのかも。」


 私の体臭がにおうのではなくて本当によかった。

 なぜレッドメイン公なのか、という若干の違和感はあるけれど。


「おう、そんなことより、時間外労働の話をしようぜ。」

「はあ?」


 アレックスが先ほどまでとはうって変わって、目をらんらんと光らせて言ってきた。


「このジャックっつー奴を四六時中見張っとかなきゃなんねーんだろ?時間外労働代はいくら出るんだ?あと危険手当とかも出してほしーんだけど。」

「なんで時間外の分まで?今まで通り、2人で交代してすればいいじゃない?」

「お前を護衛しつつ見張りまでできねえだろ、このアレックスさんでも。これからはオレとコンラッドの24時間2人態勢に入る。」


 アレックスがコンラッドに目くばせすると、コンラッドは当然だと頷いた。


「えー、そこまでしなくていいわよ。それに、2人はいつ休むのよ。」

「我々も伊達に護衛騎士はしておりません。1週間は寝ずに働くぐらい、造作もありません。」

「いやいやいや!体壊しちゃうでしょそんなことしてたら!騎士団に頼んで、交代の人員を派遣してもらうようにするから。」


 心配をしてそう言えば、2人とも心外だという表情で言い返してきた。


「オレら以上に働けるやつなんていねえだろ。」

「今の騎士団に、姫の護衛を任せられるようなものは、はっきり言っておりません。」

「まあ、たしかにあなた達はいろんな大会で優勝するぐらい強いけど、リヒトとかグレッグとかがいるじゃない?」


 手伝ってくれそうな、アレックス達の後輩の騎士達の名前を出してみた。


「なにいってんだ!リヒト?あいつはだめだ!」

「なんでよ。」

「あいつは見た目も中身もイケメンすぎる!剣も強いし、礼儀正しいし、田舎の親に仕送りしてるし、いつもオレに飯をおごってくれる!そんなやついるわけねえ!絶対やばい性癖の100個や200個くらい隠し持ってやがる!」


 なんだその理由は、あと後輩におごらせるな、と思っていたら、コンラッドまで否定してきた。


「ああ、まったくだ。あんなによくできた人間がこの世に存在しているわけがない。なにか裏があるような奴を臨時とはいえ姫の護衛になどもってのほか。それに、グレッグを姫の護衛騎士になどとんでもない!たしかにあいつは未来を期待される優秀な騎士ではある。だが、あいつは……あいつは、その、そう、水虫だ。」

「そうだ、水虫だ!あいつ、おれのばーちゃんがグレッグのために送ってくれた水虫治療のニンニク酒、治療に使わずに全部飲みやがった!飲むならおれを呼べよ!」


 2人は優秀な後輩の騎士達に負けたくない気持ちがあるんだろう。

 ひどいいいがかりである。

 どうやら私が名前を出した騎士たちは、我が護衛騎士たちのプライドをひどく揺さぶる存在であるようだ。

 今の護衛騎士も優秀だけど色々あるから、やばい性癖を持ってようが、水虫だろうが気にしないけれど、ここは2人の意見を尊重しておこう。


「じゃあ、他の人には頼まないから、2人ともよろしくね。なるべく長引かないようにするから。」

「おうよ!」

「御意。」


 他の騎士は呼ばないと言ったら、安心した様子の2人はさっそくジャックを挟んだ。


「ジャックは、なるべくこの2人と一緒にいてね。」

『了解した、コーデリア。』


 ジャックはその大きなオレンジのかぼちゃ頭を縦に振った。


「じゃあ、これからはオレたちがお前をビシバシ鍛えてやるからな。覚悟しろよ。オレはアレックス。こっちのでかいいかついのは守備範囲がピンポイントなコンバットだ。」

『了解した。アレックスに、守備範囲がピンポイントなコンバット。』

「俺はコンバットではない!コンラッドだ!貴様も意味不明な嘘を教えるな!」

「いやー、こいつなかなかノリがいいじゃねーか。気に入ったぞ。よし、じゃあ、次は酒とつまみと週刊中年スキップを買って来い。5分でだぞ。」

『了解した。』

「監視対象をパシリに使うな。こいつは、我々騎士の大先輩であるともいえるのだぞ。それよりも、俺が当代の女王陛下の素晴らしいところ100選を教えたのち、そのお姿を眺めるのに一番いいスポットへと連れて行ってやろう。」

『了解した。』

「これ以上ストーカーを増やすんじゃねえ!」


 わいわいと騒ぎだした3騎士をぼんやりと眺めながら、さっきジャックが言っていたことを考えてみた。

 ジャックは、私からアデルバードの血の匂いがすると言っていた。

 それでは、私をコーデリアという人物だと、どうやって判断しているんだろうか。

 コーデリアという人の血の匂いもするんだろうか?

 だとしたら、私には、コーデリアの血も流れている……?

 まさか!

 ありえない考えが浮かんだので、頭を振ってそれを打ち消した。


お読みいただき、ありがとうございます。

続きます!

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