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2 神より無慈悲な姉は女王

 エドガーがあまりにも失礼なことを言うもんだから、ぶつかってごめんなさい、も、クッションになってくれてありがとう、も言う気が完全に失せてしまった。


 「私は重くないわよ。前言の撤回を要求するわ。」

 「いいえ、貴方の重量はおそらくごじゅう。」

 「シャラーーーーーップ!!」


 私の体重を言い当てようとするとはなんと恐ろしく、そして失礼な男だろうか。


 「女性の体重を重量なんて言わないで!どうせならリンゴ何個分とかで表しなさいよ!いいこと、こういう時はね、まず女の子のほうが、ごめんなさい、私、重たいわよね、って言って、それに対して男の子が、何言ってるんだい、羽のように軽いよ、って言い合うのがセオリーなのよ。」

 「嘘をつくのは神の教えに反します。」

 「嘘じゃない!優しさよ優しさ!女性への優しさ!あなたも男性として女性の扱いを勉強しなさい!」

 「私は男である前に聖職者ですので、相手の性別によって態度を変えることはできません。とにかく重いのでどいてください。」

 「だから重くないったら!私はね、軽いの!ナギサ・ツキノの小説の中身くらい軽いの!」


 エドガーが呆れたようにため息をついた。


 「なんですかそれは。」

 「鼻血でタイムスリップしたりする話を書いてる作家なの。ライトでぬるく、ハッピーエンドをモットーにしてるらしいわよ。」

 「私は創作物については詳しくないのですが、著名な方で?」

 「まさか、全然。むしろ知ってたらめちゃくちゃ驚くけど。」

 「また無駄で下らないことに国民の血税を使っているんですね。貴方への予算の全体的な見直しを検討しなくては。」

 「やめてよ!本は買ってないわよ。だってタダで読めるもの。」

 「無料で?ならばいいですが、あまり王族としての品位を落とすようなものを読まれるのもいかがなものかと思いますので、気を付けていただきたいものですね。」

 「あなたに指図される筋合いはないわ。」


 このまま話していてもお互いイライラするだけ。

 重くないのに、と思いながらエドガーから離れようと体を動かすけれど、頭が引っ張られて動けなかった。


 「痛い、髪の毛が引っかかっちゃってる。」


 ぶつかった時に束ねていた髪がほどけて、エドガーの服の胸元のボタンにからまってしまっている。


 「ああ、これは切るしかありません。」

 「繕うのが大変そうだけど、しょうがないわよね。」


 ボタンが縫い付けてある生地を数センチ切ると後が大変そうだけど、意地悪してやりたい気分だったから、ざまあみろ、と思っていたら


 「切るのは貴方の髪です。」


 と言ってきたので耳を疑った。


 「最っ低!そんな発想ができるあなたにびっくりしたわよ。あのね、髪は女の命なの。その命を切ろうなんて、なんてひどいことを言うの?この鬼畜!変態!悪魔!眼鏡!」

 「髪はまたのびてくるでしょう。」

 「服だって繕えばいいじゃない。」

 「この服は、信者の方々の寄進によって作っていただいているのです。それを無下に扱うことは、多くの方がたのお心を傷つけることになります。そのようなことはできません。」


 強い口調でいさめるように言われては、こちらとしても分が悪い。


 「で、でも……。」


 口ごもっていると、エドガーが絡まっている髪をぐいぐい引っ張りだした。


 「ちょ、ちょっと、痛いったら!」

 「切るのがだめなら引っ張って取りましょう。」

 「ああっ今何本か抜けたじゃない!毛根が死滅したらどうするのよ!」

 「毛根が死滅したくらいで騒がないでください。たいしたことではありません。」

 「あなたそれダイオニシス大主教の前でも言える?」


 女王陛下の戴冠式の日、ダイオニシス大主教によって王冠が女王陛下の頭の上に乗せられようとしたまさにその瞬間、大聖堂は窓は開いていなかったというのに突如突風が吹き、ダイオニシス大主教のかぶっていた帽子とカツラが吹き飛んでしまった。

 パニックになったダイオニシス大主教はとっさに王冠をかぶって頭を隠してしまった。

 前代未聞の出来事だった。

 しかし、冷静沈着な女王陛下は、ダイオニシス大主教から王冠とかろうじて残っていた少ない毛髪をむしり取ると、自分の頭にそれを載せて自ら王位継承を宣言した。

 ダイオニシス大主教はそれからたっぷり2週間は寝込んでしまっていたらしい。

 この出来事、「髪は死んだ事件」といわれているとかいないとか。

 ちなみにこの時の出来事も、私が


 「ああ、熱い。風でも吹かないかしら。」

 

 とつぶやいたせいで突風が吹いたと言われている。

 偶然でしょ。

 偶然よね!

 エドガーもその時のことを思い出していたのか、しばし気まずそうにしていたけれど


 「神の前で髪のことなど、ささいなことです。」


 と言った。


 「え?なになに?神がどうしたんじゃ?」

 「「ダイオニシス大主教!」」


 ダイオニシス大主教がいつの間にか階段をのぼって私たちのそばにやって来ていた。

 いつもニコニコと笑みを絶やさない、しわだらけの柔和な顔で、口もとは真っ白な口ひげが覆われている。

 慈悲深く聡明で、ともすれば王権にさえ逆らおうとする一派も抱える国教会をうまくまとめ上げている人格者である。

 でも、あのたっぷりの口ヒゲは抜けないのに、どうして頭皮のほうは……。逆だったらダイオニシス大主教も悩まずに済んだだろうに。神は無慈悲だわ。


 「あー、ゲホ、ゴホン。」


 エドガーがわざとらしく咳払いをして、私をじろりとにらんできた。

 そして顔を近づけて小声で


 「思ったことが声に出ています。」


 と怒ってきた。

 あわてて口元を両手でふさぐ。


「フォブリーズ神父が、今度改修する別棟の女子修道院の図面を取ってくるって行ったっきり戻ってこないから様子を見に来たんじゃが。これは一体……。」


 ダイオニシス大主教がまじまじと見下ろしてくる。

 変に勘違いされてはいけないと、落ち着いて現状に至った経緯を説明しようとしたら。


 「何をしているのだ!」


 鼓膜が破れそうなほどの怒号が聞こえてきた。

 今日も朝からばっちり正装を着込んでいる女王陛下が、貴族や役人たちを従えて、ヒールをガツガツとならしながらこちらに向かってきていた。

 これはまずい。

 早く起き上がろうとしたけれど、髪が引っかかったままなので身動きが取れない。

 エドガーは、顔を右手で覆ってうなだれている。


 「エドガー・フォブリーズ!図面を取りに行くと言ったっきりもう何分たったと思っているのだ!私は今日も一日分刻みのスケジュールだというのに朝から予定が狂ってしまうではないか!まったくどいつもこいつも使えんやつばかりだ!」


 階段にがつん、と右足をかけ、美しい黒髪の前髪をかき上げながら、大きなカーブを描いている形の良い眉をくいっとあげてこちらをにらみつける姿は、権力者として圧倒的なオーラを放っている。

 何も悪いことをしていないのに、わたしがやりました!すみません!と平伏したくなる。


 「貴様は子供の使いもできんのか。おや、私のキャンディ。どうした、そんなところで。ああ、それは新しいクッションか?いや、それとも絨毯か?」


 女王陛下は私に向けてとろけるような微笑みを向けながら、絨毯、とエドガーを指さしている。


 「い、いえお姉、じゃなかった、女王陛下、これには海より深い事情がありまして、決して妙なことが起きたわけではなくて。彼はクッションでも絨毯でもありません。あ、決して、決して私と神父がどうこうしているわけではなく。」


 私とエドガーが男女の素敵なハプニングが起こっているというふうにだけは誤解されたくない。


 「ふむ、そうか。いや、よい、みなまで言うな。わかっておる。」


 女王陛下はそう言うと、階段をのぼって来た。

 ダイオニシス大主教が頭を下げて、一歩後ろに下がる。

 女王陛下は先ほどまでダイオニシス大主教がいたところから、私たち二人を見下ろしてくる。

 我が姉ながら、恐ろしい威圧感だ。


 「えっとお……。」


 口ごもる私に微笑むと、くわっと目を見開いてエドガーのほうを向いた。


 「エドガー・フォブリーズ。」

 「はい。」

 「貴様も貴族の嫡子であるならば、誓いの指輪をもっているな?」

 「肌身離さず持っております。伯爵家を継がなかったとはいえ、代々伝わる家宝ですから。」


 誓いの指輪は、貴族が王家への忠誠の誓いの言葉を刻み、貴族であることの証明ためのもので、爵位によって違うが、右手のいずれかの指につけているものだ。


 「出せ。」


 女王陛下は冷たく言い放った。

 貴族が国王に指輪を差し出すことは、爵位のはく奪を意味する。

 エドガーは伯爵家は継いでいないけれど、聖職貴族ではある。

 聖職貴族をやめろ、ということなのかもしれない。

 何が女王陛下の怒りを買ったのか。

 戻ってくるのが遅かったからか。

 それとも聖職者でありながら姫君たる私と密着しているからだろうか。

 エドガーは、はあ、とため息をつくと、首元にかかっていた鎖をはずし、それにかけられていた指輪を差し出した。

 女王陛下はそれを受け取ると、指輪に刻まれている言葉を読んだ。


 「我ら遥か彼方より此方へ舞い降りて賢き人の王を支えん、か。尊大なうえ白々しい、じつにお前の先祖らしいな、フォブリーズ。」


 皆が固唾をのんで様子をうかがっている。

 女王陛下は、神よりも無慈悲かもしれない。


お読みいただきありがとうございます。

続きます!

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