19 おとなしくして待ってて
部屋を出ると、アレックスとコンラッドがすぐ目の前に並んで立っていた。
「なーにしてるのよ、二人とも。まあ、どーせ聞き耳立ててたんだろうけど。」
なぜか偉そうに仁王立ちしている2人をにらみつけるけれど、まったく効いていない。
悪びれるどころか、堂々と何をしていたのか説明をしだした。
「あったりめーだろ!こんなおもしれーこと、このアレックスさんが見逃すわけねーだろ!なんかこう、2人で盛り上がってて、他人に見られたら一番気まずい場面で乱入しようとしてスタンばってたんだよ。な!コンラッド!」
「男女が寝室にこもってすることといえばひとつ。何かが起こりそうになるまさにその時に突入し、神父を窓から放り出すつもりでした。」
「それがどーだ!寝室の中の声はよく聞こえねえし、聞こえたと思ったらなんとかナイトとか、ブラなんとかとか、色気のねえもんばっかだったし。な!コンラッド!」
「おおかた、血まみれ騎士や黒騎士、白騎士の話をされていたのでしょう。せっかく、姫の操をお守りし、その結果女王陛下にお褒めいただき、そしてご尊顔をそば近くで仰ぎ見ることができ、もしかしたらお言葉をかけていただけるようなことがあったりなんかしたりするかもしれない絶好の機会だったというのに!そしてあわよくばそのお姿を、そのかぐわしい香りを、この脳に、細胞一つ一つに焼き付けることができたかもしれないというのに!あなた方には失望しました。がっかりですよ!」
「はいはい、色気がなくて悪うございましたね!それからコンラッド、そういう心の声というか、妄想はなるべく口には出さないでね。」
怖いから。
「御意。」
コンラッドはきりっとした顔をして、それからうやうやしく礼をした。
あと、ナイトブラの話はなぜか2人がうまく勘違いしてくれているからよかった。
あんまりブラッディ・ナイトの話はしてないんだけどね。
「あー、つまんねえ。せっかくムラムラタイムを邪魔してやろうと思ったのに、なんか何言ってんのかわかんねーけど深刻そうな声で話してるし、何かを叩きつけるような音はドンドンするし。なにしてたんだ、1号?って、なんかさっきよりやつれてない?っつーか急に老けたな!?」
「放っておいてください。」
アレックスは、たしかに疲れ切った表情のエドガーに声をかけた後、私を見て言った。
「こっちはなぜか生き生きとしている。」
まあ、私は口を割りそうにないエドガーに、話をしてもらうという約束を取り付けることができたし、その上ナイトブラまで買ってもらえることになったので、予想以上にうまくいった交渉といえるから機嫌も良くなるというもの。
不思議そうにしているアレックスを無視して手をぱんぱんと叩いた。
「はいはい。どきなさいよ、2人とも。」
両脇に下がった2人の間を抜けたところで、エドガーが私に声をかけてきた。
「では、私は教会へ戻ります。」
今日はもっと違う、別の話をして楽しく過ごしたかったのに、なんだか寂しい気持ちが湧き上がってくる。
部屋を出て行こうとするエドガーの後を見送りのためについていき、扉のところで彼を見上げた。
さっきまでの疲れた表情から、いつもの真面目な表情のエドガーだった。
「姫、今から調べてまいりますので。護衛騎士の君たちは、すまないがしばしこの首のない騎士を見張っていてほしい。」
「はいよ~。」
「神父になど言われるまでもない。」
エドガーの依頼に護衛騎士たちは珍しく即答した。
「調べ物はそう長くはかかりませんので、よろしくお願いします。姫は、おとなしくして待っていてくださいね、いいですか?」
「わかってるわよ。」
まるで子供に言い聞かせるような言い方にむっとしたので、思わずすねたような言い方になってしまった。
「いいこですね。」
エドガーの手が頭に触れそうなところで止まって、それから彼は困ったように微笑むとその手を下ろした。
「すみません、触れてしまうところでした。」
べつに、触れてくれてもいいのに。
「姫、左手を。」
言われるがまま左手を差し出すと、今度はそっと触れてきた。
実際には、薬指にはめている、フォブリーズ家の指輪を二度ほど撫でただけだった。
「何してるの?」
「その指輪から、私の気配を消しました。姫のところへ今までのように、悪魔がやって来ることはないでしょう。」
「ええ!なんで?」
今はなにものかの影響で悪魔は来ていないけれど、これでは悪魔退治の手伝いができなくなってしまう。
エドガーはただ、にっこりと微笑むと、質問には答えずに、
「では、またのちほど。」
とだけ言うと、さっと身を翻して部屋を出て行ってしまった。
なんだったのかしら、さっきのあれ。
エドガーは聞かれたら困ることがあると、嘘がつけないからか黙り込むことがあるけれど、最近はさっきのように一方的に話を止めてしまうことがある。
まあ、それはさておき、いいこ、と言われて頭をなでてほしかった。
子供のころは、ほとんど人に褒められたことはなかったし、頭をなでてもらうなんて一度もなかった。
だからだろうか、ほめられたいと思ってしまうのは。
いや、でもいい年して、いいこ、はちょっと恥ずかしいかも。
顔が熱くなってきた。
両手で頬を押さえて振り返ると、アレックスはにやにやしながら、そしてコンラッドはどこか不機嫌そうにこちらを見ていた。
「なによ。」
「いや、なんつーか?あんたらなかなかいい感じなんじゃないかと思ってなあ?」
「甘酸っぱい雰囲気を醸し出されておられるのが、口惜しくも憎らしいです。」
「どこが甘酸っぱい雰囲気よ、どこが!」
エドガーとの間にそう簡単に甘酸っぱいものが生まれるわけがない、腹立たしいことにも。
「おまえは甘やかされたことがねえからな~。よしよしして欲しかったらしてやるぜ~、ほら、よーしゃよしゃよしゃよしゃよしゃよしゃよしゃ。」
アレックスが動物を撫でるように私の頭をわしゃわしゃと両手でぐしゃぐしゃにしてきた。
「ちょっと!せっかくセットしてたのがぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない!やめなさいーーーーーー!!」
一通りよしゃよしゃしたら気が済んだのか、アレックスはやっと手を離した。
「まったく。」
また侍女にセットしてもらわないといけない。
両手で髪を直していると、コンラッドが真剣な顔をしてずいっと前に出てきた。
「姫。姫がいいこだね~をご所望でしたら、不肖わたくし、コンラッドめがなけなしの父性を全開にして、全力でなでなでさせていただきますが、いかがいたしましょうか?」
コンラッドに至っては、お前は真面目に何を言っているの?レベルのことを言ってきた。
「いらない。」
「遠慮などなさらずに。」
「いや、ほんとーにいいから!」
「もしや、父親っぽく、というのがお気に召しませんでしたか?では、僭越ながらわたくしのことは兄とでもお思いに……。え?俺が、姫の、兄君……。お義兄ちゃん?!ということは……。なんだ、この不思議な胸の高鳴りは!!」
コンラッドがまた自分の妄想の世界に入り込んでしまっている。
面倒だからもう放っておこう。
それよりも、問題はかぼちゃ騎士だ。
一緒にいるのは短い時間だろうけど、いつまでも首なしだとかかぼちゃ騎士なんて呼び方は不都合が多い。
部屋の中央でどこを見ているのかわからない様子でポツンと立っているかぼちゃ騎士のそばに寄ってから話しかけた。
「あなたのこと、ジャック、って呼ぼうかしら。どう?」
『……。』
相変わらず返事はない。
「返事がないなら、それでいいわよね。」
アレックスが、ジャックねぇ、とつぶやいているのが聞こえた。
突然ジャックが立ち上がり、その大きな体を折り曲げて顔を近づけてきた。
「な、なに?やっぱりジャックって呼ばれるのは嫌だった?」
『おかしい。アデルバードの血の匂いがする。』
「え?」
『今までは黒いもやのようなもので隠されていたからだろうか、わからなかった。』
「なんの話をしてるの?」
『アデルバード・リーライズは死んだ。それにより、契約の続行が不可能となったため、コーデリアとの契約は終わった。だから私は帰って来た。なのに、おかしい。コーデリア、お前からアデルバードのにおいがする。』
「に、におい?」
あわてて自分の腕のにおいをかいでみる。
うん、大丈夫、臭くは無い。
香水は嫌いだからつけていないけれど、ほのかなボディパウダーの甘いにおいしかしない。
口臭もチェック。
ばっちりだ。
王族として、大人として、体臭にはとても気を使っているのだから臭いわけがない。
「あのね、ジャック。私は、臭くはないわよ。」
『いいや、におう。』
ジャックからの無慈悲な指摘にショックを受けて、めまいがした。
お読みいただきありがとうございます!
コンラッド、お前......。
続きます!