18 ブラッディ・ナイト、ブラック・ジャック
「それでは、何か必要なものか、なくて困っているものなどはありませんか?」
「まあ、あるといえばあるけど。」
「それを教えていただけませんか?お力になれるかもしれません。」
「私の予算を増やしてくれるのね!」
「いいえ。」
エドガーの眼鏡が鋭く光った。
一体予算の何がこんなにもエドガーをかたくなにさせるのだろうか。
予算が親のかたきか何かなんだろうか。
「それじゃあ、言っても無駄じゃない。」
「私にも、少しは自由にできるお金がありますので。」
「ふーん。教会の裏金とか?」
「違いますよ!貯蓄がいくらかはありますので、それで。」
エドガーのポケットマネーで買ってくれるということなんだろうか。
というか、聖職者にもポケットマネーがあるのか。
それに、なんとなくそれから日用品を買ってもらうというのも悪い気がする。
「そこまであなたに甘えるわけには……。」
「我々の間に遠慮はいりませんよ。婚約者なんですから。」
婚約者だから、買ってもらうのに遠慮はいらないというのはどういう理屈なのかいまいち理解できないけれど、せっかく申し出てくれたのだしここで断るのもかえって失礼かもしれない。
どうすべきか迷っていると、エドガーはにこやかに言ってきた。
「なんでもいいですよ、とはいってもあまりにも高価なものは困りますが。何か今必要なもので、ぱっと思いつくようなものはないですか?」
「そうねえ……。」
ベッド以外何もない、閑散とした寝室をぐるりと見渡し、それからベッドを見てから、ふと思いつくものがあった。
「あ、夜用補正下着、欲しかったんだっけ。」
ぼそりとつぶやいて、それから、ホントに欲しかったものを思わず言ってしまった、もっと何か可愛らしいものを言えばよかった、と思って前言撤回しようかとエドガーを見たら、彼は目を見開いて固まっていた。
「な……。」
そして唇を震わせながら何かを言おうとしている。
「な?」
「ななななな挑発的勝負下着ああああああーーーーーーー!!!???」
大声で突然叫び出した。
声が大きいよ!と注意しようとすると、エドガーは、すっと右手をこちらに向けて、
「ちょっと失礼。」
と言うと、壁際まですたすたと歩いていき、おもむろに壁に頭をガンガンガンガン、と打ち付け始めた。
それから、ふうーーーーーっと息を吐くと、爽やかな笑顔を張り付けて私の前に戻って来た。
エドガーの突然の奇行に、先ほどの交渉で圧力をかけすぎたかと心配になってきた。
「大丈夫?頭。」
「ええ、大丈夫です、ご心配には及びません。私はよく頭が固いねと言われますので。」
「それはたぶん違う意味だし、私が心配してるのも頭の外側じゃなくて中身の方……まあ、いいや。」
なにか今のエドガーには有無を言わせないオーラが漂っているので、いろいろ言うのが面倒になったのでやめた。
そして、私が話すのをやめると、エドガーはまるで今までのやり取りはなかったかのように話し始めた。
「何か今必要なもので、ぱっと思いつくようなものはないですか?」
「だから、夜用補正下着が欲しいって言ったんだけど?」
エドガーの体がぐらりと揺れたけれど、すぐにぴしっとまっすぐに戻った。
「なぜ…です…?」
笑顔ではあるけれど、口元を引きつらせながら言ってくる。
エドガーはあまり良いようにはとらえていないようだけれど、ドレス代のこともあるし、この際ナイトブラの必要性を説明するとともに、女性が美容と健康を保つためにはかなりのお金と時間と労力が必要なのだということをわかってもらおう。
「なぜって、私もいつも見られる立場にあるから美しくとまではいかなくても、自分なりにきちんとしていたいとは思っているのよ。そのためにはどんな努力だっていとわないわ。それに、肉体が重力に負けないように今からできることはしておきたいし、綺麗な自分を皆に見てもらいたいじゃない?」
「なぜ皆に見せる必要があるのですか!おやめください!」
「えー、なんでよー。」
「どうしても人に見せたいというのであるならば、私だけに見せて……。」
「いや、エドガーだけにじゃなくて、国民みんなが誇りに思ってくれるような姿でいたいってことなんだけどね。」
「……はっ!私は一体何を言っているんだ!とにかく、いけません!それはいけませんよ!」
エドガーの反応がよくない。
もしかしたら却下されるかもしれないけれど、ここまできて諦めるわけにはいかない。
それに言っているうちに本当に欲しくなってきた。
これは何としても手に入れなくてはいけない!
そのためには、もっと説得力のあるプレゼンが必要のようだ。
「それだけじゃないの。この、こう、脇の下の方の脇の肉なのか胸なのかわかんない謎の肉があるんだけどね。」
右手で左脇下の肉をつまんでみる。
うん、これはたぶん脇の肉。
でもはっきりと脇肉だというわけでもなく、胸だともいえる。
「これがどっちなのかわかんないから、もうそれならいっそのこと胸にしちゃおうってことで、脇肉出てこいやぁ!って寄せて上げた方がいいでしょ?」
右手で左脇の肉をつかんでぐいっと右に寄せてあげてみせる。
こうしてみると、私の胸もなかなかいい感じではないだろうか。
「わーーーー!!なんたる破廉恥な!!」
「なんで破廉恥なのよ!これは美と健康のために必要なことなのよ!」
「とにかくいけません!挑発的勝負下着はいけません!服装の乱れは心の乱れ!心の乱れは風紀の乱れ!風紀の乱れはやがて国家を崩壊へと導くのです!」
「国家の崩壊?何言ってるの?崩壊しそうなのは私の胸の形なんだけど?」
「こうしてはいられません!ナイトブラ禁止法を可及的速やかに議会で成立させねば!」
突然瞳を使命感に燃え上がらせながら寝室を出て行こうとするエドガーの前にあわてて立ちふさがった。
「なんで?やめてよ!」
「私の恐るべき根回し力を甘く見ないことですね。明日には国中のナイトブラというナイトブラが燃やし尽くされていることでしょう!」
「ちょっと!補正下着の一体何がいけないっていうのよ!」
「補正……?」
「睡眠中に胸が横に流れていかないように補正する下着のことよ。あー、エドガーは知らなくて当然か。もしかして、何か他の変なものと勘違いしてるんじゃない?」
「い、いいえまさか!そうか、補正か……。ということは、姫がおっしゃっているナイトブラは誰かに見せるためのものでは?」
「ないわね。むしろ誰にも見せたくないわね。」
完全に機能性を重視したデザインのものが多く、色気もへったくれもないものなので、出来れば同性にも見られたくない。
というか、今更ながら補正下着について力説する女ってどうなんだろうかと心配になってきた。
侍女に着替えや入浴を手伝ってもらったり、一日に何度も人前で着替えたりすることもあるから、一般的な女性よりは羞恥心のレベルが低いということを言い訳したい。
エドガーの様子をうかがうと、気が抜けたようにぽかんとして突っ立っている。
もうこの話は早々に切り上げてしまいたいから、またエドガーが突然にいけません!などと言いだす前に買っていいよと言ってもらうことにした。
「あのね、そんなに高くないわよ?お手頃なものだと、1枚ニーキュッパぐらいだし。お手頃でしょ?」
「……え?ああ、値段ですね。そんなに安いものなのですか?」
「そうよー、お買い得なのー。買っていいでしょ?」
「ええ、もう、お好きなだけどうぞ。」
YATTAAAAAA――――――!!!
ナイトブラゲット!
正直もっとなんか胸躍るものがよかったけど結果オーライ!
好きなだけ買っていいといわれたけど、ほんとに買ったら後が怖いから、色ち買いで3枚買うとしよう。
「さっそく注文を入れておくように侍女たちに言っておくわね。」
「はい、領収書はエドガー・フォブリーズ宛てで、但し書きはナイトブラ代として教会に持ってきてもらうようにお願いします。」
ナイトブラ代として、でいいんだ。
まあ、エドガーがそれでいいならいいけど。
とはいえ話はまとまった!
エドガーに向かってにっこりと微笑みかけてから、勢いよく寝室の扉を開けた。
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続きます!




