15 増える騎士
「……え?」
かぼちゃ騎士がしゃべったことと、その内容にびっくりして体が固まってしまった。
この男は、私をコーデリアという人と勘違いしている?
それに、そのコーデリアが、彼に殺人を依頼したということ?
「あのね、私はコーデリアなんて名前じゃ……。」
間違いを正そうとしてそう言いかけたとき、部屋の扉が壊れるのではないかというほどの大きな音を立てて開かれた。
「姫!何者かに襲撃を受けたと聞きましたが大丈夫でした……か……?……増えてる……?」
勢いよく部屋に入ってきたのはエドガーだった。
さっきのガゼボで別れてからまだそんなに時間はたっていなかったけれど、よほど慌ててやってきたのか、いつもはきっちりと撫でつけられている髪はぼさぼさになっている。
エドガーは肩で息をしながら、ぼう然と室内を眺めている。
そして、ゆっくりと右手で指さしながら、ひい、ふう、みい、と数えて、
「やっぱり増えている。」
とつぶやいた。
そして数回瞬きをした後、眼鏡を外して目をこすってから、また眼鏡をはめなおす。
数秒後にまた眼鏡を外して、胸元から真っ白なハンカチを取り出して、丁寧に眼鏡のグラスを拭いて、またはめなおした。
「あの、姫?姫の護衛騎士の他に、なぜかかぼちゃをかぶっている騎士らしき人物がいるように見えるのですが?」
「そうだね、いるね。」
そう答えると、エドガーは酔っ払いのようにふらふらと倒れそうになりながら数歩歩いた。
「あ、危ない!」
いつかのようにがっくりと床に倒れ込むかと思いきや、すんでのところでぐっと踏みとどまり、それからぴしっと背筋をのばして眼鏡を押さえた。
「お、持ちこたえた。」
アレックスが感心したように言った。
「あの、なんですか?コレは。」
エドガーが、コレ、とかぼちゃの騎士を指さして尋ねてきたので、
「私のところに尋ねてきた首のない騎士?らしき人?よ。首を探しているらしいから、アレックスの提案でかぼちゃの頭をあげることにして、それから護衛騎士として雇ってみようかと思って勧誘してたところなの。」
「元いたところに捨ててらっしゃい!」
「嫌よ!私が雇うの!」
「いけません!明らかに人外ではないですか!人外を雇うなど言語道断!」
「ちゃんと労働条件を明示して書面でもって契約を交わすからぁ!」
「信じられません!あなたがた王族はいつもそうだ!」
「給料もちゃんと払うし、私の言うことを聞いていつもそばにいるようにしておくから!」
「ただでさえ貴方のそばにはいつも護衛騎士が張り付いているというのに、これ以上男を増やすおつもりですか?危険です!危険すぎます!いろいろと!」
エドガーはそう吐き捨てると、つかつかとかぼちゃ騎士のところへ歩み寄り、かぼちゃを取り上げてしまった。
再び首なしになってしまった男は、急になくなった頭に混乱したのか、両手で首の上を探っている。
「危うく姫のペースにのせられて忘れてしまうところでしたが、この男の特徴は、先ほど女子修道院を襲撃した者と一致します。大変危険ですので、私がこの者を引き受けます。」
「そんなあ。」
「どこの国に自分を襲撃しに来た者を雇う王族がいるのですか!」
「ここにいるけど?それに、襲撃に来たわけではないかもしれないってさっきから言ってるのに……。」
エドガーは、ふう、とため息をついた。
「女子修道院では軽傷とはいえ負傷者も出ています。気は優しくて力持ちなことで定評のあるシスター・ゴルゴが、突然修道院に現れ器物を損壊しだした首のない男を、得意のフロントタックルで止めようとしたところ、つるつるの床に足を捕られすべって転んで腰を打ってしまわれたのです。」
「ええっ!あの国民のみならず、森の動物たちにも愛され、毎朝ツキノワグマとぶつかり稽古を欠かさず行い、お嫁さんにしたい修道女6年連続ナンバーワンで、私よりも姫力と握力が強いと言われるあのシスター・ゴルゴがケガをしてしまったの!なんてことなの!」
皆に愛されるシスター・ゴルゴの負傷に、室内が騒然となった。
「はい、お気の毒にも。シスター・ゴルゴが毎日心を込めて修道院の床を磨かれていたことが、残念なことにあだとなってしまったようです。修道女は我らが大聖堂の掃除も手伝ってくださっていたのですが。」
「そんな……。」
あの心優しいシスター・ゴルゴのケガに心が痛む。
それと同時に、はからずも大聖堂の床がピカピカな理由も判明した。
「おう、1号、いいとこに来たな。さっさとこいつを引き取ってくれよ。悪魔でもなんでもいいからよ、これ。」
ソファに転がっていたアレックスが、ぴょん、と立ち上がり、エドガーにそう言った。
「いえ、悪魔であるとはいいがたいのですが……。」
「なんでだ?こいつ、首がねえのに動くし、ギター叩き込んでも剣を心臓にぶっ刺しても死ななかったぜ?」
「意志が感じられません。」
「ああ?」
「悪魔には、心は無くとも、その者の行動を決する意思があります。」
「あー、わかんねえ。オレもうパス。」
アレックスはソファに寝転んだ。
「ねえエドガー。悪魔じゃないなら、何だっていうの?」
エドガーは少し迷ったようなそぶりを見せた後、私の問いかけに答えた。
「神に背いた卑しき邪法によって造られた、いうなれば、操り人形のようなものかと。」
「なにそれ?」
「禁断の術です。死んでしまった人間の骨を集め、術者の血でもって、意のままに動かすことができる『人』を作り出す、という恐ろしい悪しき術があると聞いたことがあります。」
「死んだ人を蘇らせることができるの!?」
「いえ、ただの動く骨です。一度消滅した霊魂は二度と蘇りません。一度死滅した毛根のように。」
「なるほど。」
「私も専門外なのでうまく説明できないのですが、骨にはその人間が刻んできた月日の記録が残るらしく、自分の願いを叶えてくれるような人生をおくった人物の骨を使うと、思い通りに動く『人』が造れるらしいのです。いえ、生きていた時の記憶はないはずですし、正しくは人ではないのですが。」
「それじゃあ、彼はコーデリアって人が誰かを殺すために、死の眠りから無理やり叩き起こされてこき使われてるっとことなのね。許せないわ。」
「コーデリア?」
私の言葉を聞いたエドガーの顔色が変わった。
「姫、それは一体どういうことでしょうか?」
「あーーーーーーーーーーーーーー!!!!しゃらくせえ!!昼寝ができねえ!!おい、お前!吐け!全部吐いちまえ!てめえで説明しろ!」
アレックスがエドガーの言葉をさえぎって、かぼちゃ騎士の胸倉をつかんで揺さぶりだした。
「ちょっとアレク!やめなさい!もう、コンラッドも空気になってないで止めなさいよ!」
「尋問ですか?気が進みませんが、姫の命ならば致し方ありません。いいでしょう、得意分野です。まずはこの者を地下牢へ連れて行きますので、姫はしばしお待ちください。いざ!」
「なにを急にイキイキした顔して言いだすのよ、怖いわね!」
ぜんぜん頼んでないことを喜々として始めようとするコンラッドを止めるために、急いで駆け寄った。
そんな私を無視して我が護衛騎士らは押し問答を続けている。
「おらあ!思い出せ!そして吐け!てめえは何もんだ?」
「尋問とは無理やり吐かせるものではない、馬鹿者。なんでも暴力で解決しようとするな。ちゃんと手順がある。学校で習っただろうが。ここはテストに出たぞ?まずは地下牢で椅子に縛り付け、7日間水も食事も与えず、人としての意地やプライドなどどうでもいいと思わせるまでに追い詰めてだな。」
「ったく、お前はなんでもきょーかしょどーりの、教えられたことしかできねえつまらねえ男だな!黙って見てろ!」
「はいはいはいはいー。もうわかったから、あんたたちはちょっとどいてなさい。まったく、すぐ張り合うんだから。」
またわいわいやり始めた二人を押しのけて、それからエドガーの手からかぼちゃを奪い返して、男の首の上に乗せた。
「うん、あなた、やっぱりそれがいいわよ。良く似合ってる。かわいい!」
いつもしているように、かぼちゃをするすると撫でてやった。
「あの、女のkawaiiってのは何なんだ?腹立つな。」
「女性は何にでも母性を感じる、そういう生き物なのだ。そういう事実を受け入れられんとは、肝っ玉の小さい情けない男だな、貴様は。」
「あんだと?っつーか、お前が母性とかゆーとキモイな。」
「しっ!静かに!何か言ってるのに聞こえないじゃない!」
再びかぼちゃ頭を手に入れた騎士が、オレンジ色の頭を抱えて呻いている。
『うっ。何かが、頭の中に浮かんでくる……。』
皆が固唾をのんで次の言葉を待った。
『あれはまだ、母なる大地に抱かれて、秋の収穫を兄弟たちと待っていたころ、生産者のフランクさんが丹精込めて、おいしくなあれ、おいしくなあれ、と声を毎朝かけてくれてそれで……。』
「かぼちゃの方の記憶がよみがえってるじゃねえか。」
「まあ、頭がかぼちゃですからね。」
アレックスとエドガーがすかさずツッコミを入れた。
「アレクが揺さぶるから混乱しちゃってるじゃない。」
こちらを向いているかぼちゃ頭に、そっと尋ねてみた。
「あなたは誰?」
お読みいただき、ありがとうございます。
ラブ&コメのラブの部分が見当たりませんが、続きます!




