14 あなたを雇いたい
麻縄でぐるぐる巻き状態の首なし騎士をアレックス達に担がせて自室に運んできた。
今は客間のソファに私とテーブル越しに向かい合わせになるように座らせ、アレックスとコンラッドがその両脇を固めている。
意外にも首なし男は、背筋をピシッと立てておとなしく座っている。
頭がないから、当然その表情はうかがい知れない。
というか、いろいろ話を聞こうと連れてきたはいいけれど、頭がないからこちらが言っていることが聞こえているのかもわからないし、きっと質問に答えることもできないだろう。
しまった。
盲点だった。
「っつーか!ここまで運んできておいてなんだが、お前何こいつを連れてきてんだよ!騎士団じゃなくても警察か軍にでも引き渡せばいいだろ!オレ的にはさっきの時点で即処分したかったんだけどな!王族を襲撃するような奴に、話なんか聞く必要はない。」
アレックスは不満のようだ。
「あのねえ、何でもそうやって決めつけるのはよくないわよ。襲撃じゃないかもしれないでしょ。現に私は危害を加えられたわけではないし。私に会いたくてたまらなくて、思わず押しかけてしまったのかもしれないでしょ?」
「それはねえな。」
「それはないですね。」
アレックスとコンラッドがこんな時だけ息もぴったりに即答してきた。
この護衛騎士たちはもうちょっと王族におもねたり、へつらったり、媚びを売ったり、忖度したりすればいいのに!
あと、私が言うのもなんだけど、首がない男という存在をあっさりと受け入れすぎだと思う!
びっくりして倒れたりする可愛げはないんだろうか。
順応力が異様に高すぎる。
「お前の護衛騎士なんかやってたらこれくらいじゃ驚かねえよ。」
アレックスの言葉に、コンラッドが激しく首を縦に振っている。
「アーレークー、人の心を読むのはやめなさい。」
「いや、お前思ってることが口に出てるんだよ。」
あきれ顔のアレックスに、ごまかすように咳をしてから、本題に入ることにした。
「私が思うに、この人?は悪魔ではないと思うの。今までの悪魔は、私のお肌のゴールデンタイム、つまり夜にやってきてたしね。」
「じゃあなんだってんだよ。」
「知らないわよ、それを今から聞こうと思ってんだから。」
「お前なあ、よくわかんないものを部屋に連れ込むなよ。おい、コンラッドも、ぶおーっと突っ立ってねえでなんか言えよ。お前もあぶねえと思うよなあ?」
「俺は姫の判断に従うまでだ。しかし、少しでも不審な動きをすればそいつをそこの窓から放り出す。」
「お前、忠実なんだか何なんだかわかんねえ。」
アレックスはずいぶんと心配している。
すごい殺気を感じたと言っていたし、それで警戒をしているのだろう。
でも、私は殺気なんか少しも感じなかった。
それどころか、この首のない男がいるとすごく懐かしく、そして安心するような不思議な感覚がするのだ。
だから、どうしても彼が何者なのかが知りたい。
どうしたらいいものか。
考えあぐねていると、コンラッドが首なし男の両手を麻縄の間から取り出し、アレックスがその黒い手袋をした手に羽ペンを握らせ、テーブルの上に紙を置いた。
「コミュニケーション方法は声を使うだけではありませんので。」
コンラッドが、首なし男に何が目的なのか書くように促した。
なるほど、その手があったか。
でも、こっちが言ってることがわかってるんだろうか?
首なし男は、しばらくはペンを握ったままじっとしていたが、やがてゆっくりとその手を動かした。
紙には
「首」
「探す」
となんとか判別できるが、けれども少し間違ったスペルで書かれていた。
「でしょうね。」
「っつーか逆にそれ以外になにがあるんだって感じだがな。」
「しかし、自分の首を探しているとして、なぜ姫の元にやってくるんだ?」
「知るかよ、んなこと。首がいるってんなら、これでいいだろ。」
アレックスが、ソファに置いていた収穫祭の時に作った、目と口をくりぬいたかぼちゃのランタンを首なし男の首の上に置いた。
かぼちゃ頭の騎士が現れた。
「ちょっとアレク!」
「うるせえな、めんどくせえからもうこれでいいだろ。」
「……天才じゃない?」
「はあ?」
「一気に問題を解決させた上に、めちゃくちゃかわいくなっちゃったじゃない!さすがは我が護衛騎士!私のツボをよく心得ているわ!」
「おう、お前が単純バカでオレも良かったぜ。」
私のことを単純バカだと言ったことは後で騎士団長にチクっておくとして、アレックスのおかげでこのかぼちゃ騎士のことがすっかり気に入ってしまった。
「あなたって、なんだかすごくちゃんとしてる感じがするし、なかなかいいんじゃない?ねえ、コンラッド?」
コンラッドはかぼちゃ騎士を見て顔を青ざめ口元を引きつらせている。
コンラッドの目にはかぼちゃを身に着けたことで、彼の苦手な異形の姿に見えているようだ。
あいかあらずややこしい感覚を持ち合わせている。
「……雇っちゃおうかしら。」
先ほどアレックスとやり合っていた様子を見るに、なかなかの身体能力、そして戦闘能力を持ち合わせているようだ。
あわせてこのかぼちゃ顔の可愛さ。
疲れる公務も、この見慣れたファニーフェイスがあれば少しだけやる気が出るかもしれない。
「あなた、私の護衛騎士にならない?」
かぼちゃ頭が、横にこてん、と傾いた。
何を言われているのかわからないらしい。
そして、アレックスは大きくため息をつき、コンラッドは口を引きつらせている。
「明るい職場で、アットホームな雰囲気のすごくやりがいのあるいい仕事よ?未経験者でも先輩たちが優しく教えてくれるし、ちゃんと給料も上がるし、騎士団入隊になる道も開けてるし。それに寮があるから職場と家が近くて通勤も楽なの。どう?」
『……。』
返事がない。
まるで屍のようだ。
「年2回のボーナスと、毎年昇給があるわよ?いまどきこんないい条件の職場ないわよ?あ~まだ首を縦に振ってくれないのね!わかったわよ!有給休暇も40日つけるから!これ以上は無理!もってけドロボー!」
『……。』
返事がない。
やっぱり屍のようだ。
「ちょおおおっとまてええ~~~~いい!!どゆこと?オレより条件良いってどゆこと?おかしいだろ!つーかどうせホントに働き出したら最初言ってたんと違う!ってなるに決まってんだろ!おい、あんた、やめとけ!こんな職場やめとけ、な?」
アレックスはなれなれしくかぼちゃ騎士の隣に座ると、肩を抱いて諭しだした。
「ちょっとアレク!私のヘッドハンティングの邪魔をしないでくれない?あのね、いきなりフルタイムじゃなくてもいいの。最初の内は慣れないだろうから、2~3時間のパートタイム勤務から入ってもらってもかまわないのよ?」
「姫、少々よろしいでしょうか?」
コンラッドが、かぼちゃ騎士がなるべく視界に入らないように視線をそらしながら口を挟んできた。
「おう、コンラッド。お前からも言ったれ!」
「アレクは黙ってなさい!何?コンラッド。あなたも文句があるわけ?」
「このような身元がわからない者を、御身の護衛者としてそばに置くのはいかがかと。まずは騎士団のほうに預けて調査をし、騎士としてきちんと教育をしてから採用を検討すべきではないでしょうか。」
「身元が不明とかそーゆー問題じゃねえけどな。」
「コンラッドまで~。いいじゃないそんな固いこと言わなくても~。」
「姫。あなた様のお側に侍る栄誉を得るには、厳しい競争を勝ち抜かねばならないのです。姫のお気に入りだからといって安易な人事を行えば、不満を持つものもおりましょう。どうぞ、今一度、ご一考くださいますよう。」
「で、でも……。」
私は今まで人事に口出ししたことはない。
一度くらいわがままを聞いてくれてもいいじゃないか。
そう思っていると、いきなりかぼちゃ騎士がすっくと立ち上がり、その反動でアレックスがソファに転がってしまった。
「な、なに?どうしたの、突然。就職する気になってくれた?」
『コーデリア。』
感情がない、だけど、どこかたくましさを感じさせる低い男の声が呼びかけてきた。
かぼちゃはこちらをじっと見てくる。
『コーデリア、次は誰を殺せばいい?』
ありがとうございます。
まだまだ続きます!