13 首なし騎士がやってくる
あわただしく去って行ったエドガーのことが気になりながらも、ベンチに座りなおしてから、結局エドガーには取られずに自分の手の中に残っている袋の中のクッキーを取り出してかじった。
お茶を飲んで、一息つく。
そこへひんやりとした風が吹き、首元にぞわりと寒気を感じる。
ピンと糸を張ったような、妙な緊張感を感じて顔を上げれば、アレックスが見たこともないくらい厳しい顔つきでテーブル越しに立ち、ギターを両手で担いで大きく振り上げていた。
「え?アレク、何やって……。」
そう問いかけたとき、
『コーデリア。』
感情が全く感じられないどこかで聞いたことがあるような、低い男の声で呼ばれた気がして振り返れば、そこには大柄な男がバラの垣根の向こう側に立っていた。
それはよく見知った、コンラッドが醸し出すような騎士独特の雰囲気を持つ黒い制服を着た普通の男だった。
ただ、首から上が無いことを除いては。
頭がないから目もないのに、なぜかこちらをじっと見ている気がする。
その男があまりにも姿かたちは人間そのものであるのに対して、全く意志のようなものが感じられず、ぞっとした。
明るく穏やかな、生命力があふれている花園の中にあって、その姿はあまりにも異様だった。
その男は棘があるにも関わらず、両手でバラの垣根をかき分けこちらにやってこようとしている。
ただ呆然とその様子を眺めていると、ごん、と鈍い音とともにギターが男の胸元にめり込み、めき、と骨が折れる音がした。
アレックスがギターを男に叩き込んでいた。
「なにぼーっとしてんだ!逃げるぞ!」
アレックスに強引に手を引かれ、ガゼボから抜け出し走り出す。
「アレは、ヤバい。本物だ。とんでもねえ手練れだ。完全に気配を消して来やがった。飛ばしてくる殺気もパねえ。オレ一人で仕留める自信はねえから、とりあえず広い場所に出て応援を呼ぶ。」
武闘会で何度も優勝しているアレックスにそこまで言わしめるのならば、そうなのだろう。
敵を撹乱するために、男性の背丈はあるほどの入り組んだ、まるで迷路のようになっている垣根の中の道を全速力で駆け抜ける。
しかし、背後からバキバキバキと垣根をなぎ倒す音が聞こえ、それは一直線にこちらに向かってくる。
「敵さんはずいぶんとお前にご執心みてえだな!」
アレックスが珍しく余裕のない声で言っている。
それに対して私はだんだんと冷静な気持ちになっていく。
たぶん、自分としては、あの首のない男からは敵意や悪意を感じられなかったからだろう。
だから、ふと思ったことがあった。
「思ったんだけど!」
「いいからお前は黙って走れ!」
「あの首なし、もしかして私のこと好きだったりして?」
「よく冗談言う余裕があるな!」
「本気なんだけど!」
「アホか!」
アレックスがそう言ってぐいっと手を引くもんだから思わず体がよろけてしまった。
「しょうがねえな!」
アレックスは私を小脇に抱えて走り出し、私たちはやがて開けた場所へと出た。
大きな噴水のある広場だ。
そしてアレックスは胸元から下げていた小さな細い笛を吹いた。
まるでコウモリの鳴き声のような、きんとした耳障りな音が鳴り響く。
「くそっ、もう追いつかれた。」
バラの棘であちこちぼろぼろになった首なし男が、もう私たちの前にその姿を現した。
そしてその男が一歩を踏み出した時、アレックスは私を投げ捨てたかと思うと首なし男のへこんだままの胸を剣で貫いていた。
「首がねぇからなあ。頸動脈掻っ切れねえし、頭もかち割れねえ。」
先ほどの緊張感とはうって変わって、いつもと同じやる気のない口調で言っているけれど、そのトーンは低かった。
アレックスは深々と突き刺さした剣をまるで重力を感じさせない様子ですっと抜いた。
すると首なし男は血を流すこともなく、どさりと倒れた。
「なんだこいつ、手ごたえがねえ。パンでも切ってるみてぇだ。」
「ア、アレク……。やり過ぎよ!」
「なにヤワなこと言ってんだ。こいつは見たこともねぇタイプだが間違いなく騎士服を着てる。騎士だ。そいつが王族に迫ってくるってことは、何かしら害をなそうという意志があるととられても仕方がねえだろ。だから、さくっと殺してやった。ま、死んでねえかもしれねえが。」
「何も殺さなくても……。」
アレックスは珍しく、軽蔑するかのように、ふん、と鼻を鳴らした。
「誰かを守るっつーことは、誰かを傷つけることでもある。そんな覚悟もなく騎士なんかやってねえよ。」
強い気持ちのこもった言葉に返事ができなかった。
「つーか、なんだこれ。首がないのに動いてるから、悪魔とかゆーやつか?ま、なんでもいいけどな。オレにとっちゃあ敵か、味方か。それだけだ。」
アレックスはそう言うと、剣を鞘におさめながらこちらに向きなおった。
「早くここを離れるぞ。」
アレックスが私の方へ歩き出そうとした瞬間、その背後から音もなく首なし男が襲い掛かり、右上腕をアレックスの首にかけぎりぎりと締め上げた。
「ぐうっ!」
アレックスは顔を真っ赤にしてもがいているが、首なし男はびくともしない。
「やめて!」
思わずそう言ったが、当然首なし男はアレックスを締め上げる手を緩めることはない。
もう一度腹の底から叫んだ。
「やめなさい!」
首なし男の動きが一瞬だけ止まった。
と思ったら、ごっという音を立てて横に吹っ飛んでいった。
騎士服を着ていない飾り気のない私服のコンラッドが、息を切らしながらも怒り全開の、噴火寸前のオーラで立っている。
アレックスは一緒には吹き飛ばされずに、首なし男を蹴り飛ばしたと思われるコンラッドに腕をつかまれている。
「急襲の知らせが鳴ったから駆け付けたが、敵に背後を取られ何の反撃もできず、姫を危険にさらすとは、貴様は一体何をしているのだ!アレックス・オーグズビー!」
「……うるせえ。」
コンラッドは職務時間外の日中にも関わらず、誰よりも一番に駆け付けてくれたようだ。
安心したせいで、コンラッドには感謝の言葉よりも小言を言ってしまう。
「あのねコンラッド、今のはアレクでも避けきれない速さだったんだからそんなにガミガミ言わなくても……。」
「姫、敵を捕縛しますので、お話は後で。しばしお待ちを。」
コンラッドは私の話を遮ると、噴水に浸かってしまって動かなくなった首なし男を、これまたどこからともなく取り出した頑丈そうな麻縄で縛っている。
そこにアレックスが加わりコンラッドの邪魔をしている。
「おい、こいつたぶん不死身野郎だぜ、そんなゆるゆるの縛り方なんかじゃだめだ。オレにかせ。」
「おい、貴様。その縛り方はなんだ。きつく縛ればいいというものではない。俺にかせ。」
「まてまてまて、そんなん縛ったなんて言えねえだろ、ブレイクダンスぐらい軽く踊りだすぞ。かせ。」
「貴様、それでよく士官学校を卒業できたな。かせ。」
「ば~か、それ手品の縄抜けのやつじゃねえか、かせ。」
「阿呆が、それでは足が自由自在でタコみたいに動き出せるだろうが、かせ。」
「オレにかせ。」
「いいや、俺にかせ。」
「お。」
「れ。」
「に。」
「か。」
「せ!」
首なし男は2人に寄ってたかって縛り上げられ、ボンレスハムみたいになっていたが、最終的にはミノムシみたいになってしまった。
アレックスとコンラッドの2人はやり遂げた、という満足そうな顔をしている。
そんな2人を見てほっとすると同時に後悔でいっぱいになる。
私がこの首なし男に一瞬でも気を許しそうになったことでアレックスを危険にさらしてしまった。
不甲斐ない。
2人は首なし男が動かないのを確認すると、未だに座り込んでいる私のところへ向かってくる。
私が立ち上がるのを手伝うつもりなんだろう。
護衛騎士の手なんか借りてなるものか。
腰に力を入れて、すっくと立ち上がる。
それから精いっぱい、威厳たっぷりに2人に命令した。
「その首なし男を私の部屋に運びなさい。」
アレックスとコンラッドは顔を見合わせた。
「何するんだ?」
アレックスがわけがわからないといった様子で聞いてきた。
コンラッドは眉をひそめて厳しい表情をしている。
「決まってるでしょう!尋問よ!」
ありがとうございます!
続きます!