11 秘密の花園で待っていて
我が愛しのコーデリア
君に会えずに私は今にも気が狂いそうだ。
目が覚めてはどこかに君を探し、眠りについては君に会えない悪夢にうなされている。
この憐れな男を君の慈悲で救ってほしい。
愚かな願いだとはわかっているが、どうか我が想いに応えてはくれないだろうか。
次の満月の晩、秘密の花園のあの場所で、待っている。
A・R
☆☆☆☆☆☆☆☆
とうにバラの季節は過ぎたが、花は咲かずともこの王宮のバラ園は美しい。
垣根は幾何学的に整えられ、まるで迷路のような造りになっている。
ひと昔前までは我が国も貧しく、庭園にまでかける予算がないのでひどく荒れていたらしい。
今ではこの庭園が造られた当初の華やかさがよみがえっている。
その一番奥まった場所に、このガゼボはある。
バラのアーチの下には、一人で使うにはずいぶんと大きいサイズの白いテーブルに、ベンチがある。
今日は年に数回しかない貴重な一日まるまる休みの日。
王族しか使えないこのバラ園のガゼボでゆっくりと過ごして、日頃の疲れを癒そうと思いやってきた。
白いテーブルクロスの上には、初夏を先取りした水色にレモンの柄が描かれた爽やかな茶器、それに王都で唯一五つ星のホテルであるデコポン・オクシデンタルホテルから取り寄せたアフタヌーンティーセットがある。
ティースタンドの下から一段目には自己主張が激しすぎてはみ出ている、でしゃばりなスモークサーモンの具が特徴のサンドイッチ。
二段目には見ただけで、知ってる、サクサクなんでしょう?とドヤ顔してしまうスコーン。クロテッドクリームは苦手だから、代わりにレモンカードを添えて。
三段目にはこれを食べずに死ねるか!と思わず叫びたくなるほどの魅惑のケーキたち。今日は高カロリーであることは気づかないふりで。
それから忘れてはいけないのは、女王陛下からもらった遥か東方の国から輸入されたという高級茶葉で入れたお茶。
本年度の品評会で、特別な存在に贈りたいと貴族の約90%に選ばれたア・ヤータカなる名前の緑茶。
柚子のフレーバーが付いた、お値段1グラムあたり10,000イェンの、金のにおいがぷんぷんする芳醇ながらもすっきりとした飲み口の一品だ。
一口ふくめば、柚子の爽やかな香りが鼻を抜け、遅れて苦みとほんの少しの甘みが感じられる。
うまい。
こういうのもあるのか、と思わずうならずにはいられない。
完ぺきなシチュエーション。
完ぺきな青空。
完ぺきな菓子にお茶。
優雅で繊細な、乙女心をこれでもかと満たしてくれる完ぺきな午後ティーだ。
時折聞こえる、アレックスの、すぴぴぴぴぴ、という寝息を除いては。
アレックスは、器用にもガゼボを囲うレンガの上に横向きになって寝ている。
これでは優男も形無しだ。
今日は騎士服の下に、黄色いカエルのキャラクターが描かれているシャツを着ている。
そのカエル、まさかしゃべったり動いたりしないわよね?
少しいたずらをしてやろうと思いついて、バラの葉っぱでその鼻をくすぐってみた。
「ふがっ。」
アレックスは、一瞬びくっと体をはねさせた後、何事もなかったようにまた寝息をたて始めた。
眠くてたまらない大型犬が寝ているみたいで、なんだかおかしい。
起こさないように笑いをこらえていると、侍女が客人の来訪を告げてきた。
今日は誰にも会う予定はないはずだと不思議に思って見やると、侍女の後ろからエドガーが現れて、頭を下げた。
「おう、あんたか。」
いつの間にか起きていたアレックスが、エドガーに声をかけた。
「こんにちは。突然すみません。こちらにいらっしゃると聞いたものですから。」
そう言うエドガーは、茶色い紙袋を抱えている。
アレックスが近づいてエドガーの肩を抱え込んで何かを話している。
「おい、例のブツ、持ってきただろうな?」
「当然です。私を誰だと思っているのですか?」
エドガーは眼鏡のブリッジを押さえて言っている。
なんだかチンピラに絡まれて黒い取引をする役人に見える。
「よし、出せ。」
「はい、どうぞ。いつもお世話になっておりますので。」
エドガーは紙袋から小さなピンク色の小袋を取り出してアレックスに渡した。
「お前バカなの!?」
「なんですか藪から棒に。失礼な。」
「あっちに先に渡せよ!ほら見ろ、自分はもらえないのかと思ってしょんぼりしちまってる。っつーかあいつのために持ってきたんだろーが!」
アレックスは、あいつ、と私のほうを指さしている。
「わかっていますよ。これから渡そうと思っていたところです。」
エドガーは、ぎっと私を見てから、こちらに向かって来た。
手と足が同時に出てカチカチになっているから、おもちゃのブリキの兵隊みたいに見える。
「姫、どうぞ。」
私にもピンクの小袋が手渡された。
「ありがとう?」
なんだろう、これ。
見覚えがある袋ではあるけれど……。
「まさか、白い粉……?」
「違います。」
手で中身を探ってみると、なにやら丸い固形物が入っている。
「錠剤タイプの方なの?やだ、いくら私でも警察に捕まったらかばいきれないわよ?」
「一体何と勘違いしてらっしゃるのですか?開けてみてください。」
なにやら硬い表情のエドガーと、彼には似つかわしくない可愛らしい小袋をそれぞれ見てから、袋を開けてみた。
「これは……クッキー?」
やっぱり見覚えがある。
そう、たしか幼いころ、よく目にしていた……。
「女子修道院の……。」
小袋の中には大聖堂の敷地内にある女子修道院で作られている数ある菓子の中の一つの、手作りクッキーが10枚ほど入っていた。
私の乳母であったオーグズビー夫人が、その女子修道院内にある孤児院出身だったため、彼女が菓子作りを手伝いに行く時によくついて行っていたのだ。
もうずいぶんと昔のことだ。
優しい思い出たちがよみがえり、心が温かくなる。
甘く香ばしい香りに思わず頬がゆるんでしまった。
「とても懐かしいわ。ありがとう。」
「か、勘違いしないでくださいよ。べ、別に姫のために作ったんではないですからね!」
慌てる様子のエドガーの横で、アレックスはやれやれと肩をすくめている。
「え?これ、エドガーの手作りなの?でも、神父のあなたがなぜクッキー作りを?」
しかめっ面で、可愛らしいフリフリのエプロンをしたエドガーが、オーブンの前に仁王立ちしている姿を想像してしまった。
「実は、その、修道院のシスター・ゴルゴにバザー用のクッキー作りの手伝いを頼まれまして。それが予定よりも多くできてしまいましたので、おすそ分けでお持ちしました。」
「そうだったのね。私も昔よく修道院には手伝いに行ってたのよ。」
「まあお前は行っても手伝いなんかしやしねえで、出来たクッキーやらマフィンやらを片っ端から食べてるだけだったけどな。」
「アレクは黙ってなさい!」
「へいへい。」
「エドガーはこの後時間はある?よかったら一緒に食べない?ちょうどお茶をしようとしてたところなのよ。」
「そうでしたか。では、せっかくですので頂戴いたします。」
「よかった。そこのベンチに座ってね。」
自分もベンチに座りながら、その横を指さした。
「はい、失礼します。」
エドガーはそう言うと、しゅぴっ、とどこからともなく長い定規を取り出した。
「え、なにそれ、どこから出したの?」
私の質問には答えずに、エドガーはその定規で私からの距離を測ってから、人が2人ほど間に座れる距離をあけてから座った。
「距離が遠すぎない!?そんなにはしっこに座ってたら落ちちゃうわよ。もっとこっちに寄りなさいよ。」
エドガーは眼鏡をぐいっと持ち上げながら言った。
「それはできません。」
エドガーは、借りてきた猫のように、こじんまりとベンチの端に収まっている。
たぶん体の半分はベンチから出てしまってるのではないのだろうか。
「そんなに遠慮しなくていいから、ちゃんと座らないときつくない?」
おいでおいで、と手招きするけれど、エドガーはこちらをぎろりとにらんできた。
お読みいただきありがとうございます。
エドガーがにらみをきかせたまま、続きます!