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1 珍事を呼ぶ姫君

 シスター・コーデリアとやらへ

 書きたくもないが昨日の件については伝えておく。

 私は占いだとか神だとか非現実的で現代においてはむしろ害しかないものは不要だと思っている。もちろん、教会もだ。

 君たちが勝手に活動する分には私も何も言うつもりはないが、政治的な活動につながるものは今後一切やめてもらいたい。

 はっきりいえば、もう私には面会を申し込んでもらっても無駄だということだ。

 これからの我が国に必要とされるのは、信仰や祈りではなく、鉄と、ガスと、油だ。

 君たちの時代は終わった。

 自分たちが置かれた立場というものを良く理解したまえ。


                                A・R




☆☆☆☆☆☆☆☆






 柔らかな朝日が色鮮やかなステンドグラスを通り抜けて優しく降り注いでくる。

 ミーティア王国の第二王女にして王位継承権第二位である、キャンディス・リセシュ・ディ・パ・ミーティアは、王侯貴族の朝の礼拝が終わったとても静かな大聖堂で、たった一人熱心に祈りをささげて、いるわけではなく、ダイオニシス大主教の長く退屈な説教にすっかり眠り込んでいた。

 ふわふわの柔らかな赤みがかった茶色い長い髪をゆるくまとめ、質素なドレスを身にまとい、とっくに成人した年齢ではあるがどこか奔放な雰囲気を持つその姿は、姫君というよりは町娘が恋の成就でも願いに来たような様子である。

 

 「ぐう……。」


 組んだ指の上に額を当てて眠っていたが、ふと腕の力が抜けて頭を支えていたものがなくなってしまった。

 ゴン。

 

 「はっ!」


 前の椅子に頭をぶつけたことで目を覚まし、きょろきょろとあたりを見まわした。


 「え?なんで誰もいなくなってるの!」


 一緒に朝の礼拝に来ていた、姉である女王陛下も、その夫のワディンガム公フレデリックも、ダイオニシス大主教も、その他大勢の貴族たちも、誰もいなくなっていた。


 「ちょっと、私を置いてみんないなくなっちゃうなんてひどいじゃない。誰か起こしてくれたらよかったのに。やだ、よだれ。」


 拗ねながら口元のよだれをぬぐう。


 「まさか、また私が何か変なことを巻き起こすんじゃないかと思って仲間外れにしてるんじゃないでしょうね!」


 誰が呼んだかキャンディスのまたの名は、「珍事を呼ぶ姫君」。

 昔からキャンディスが行くところ、妙なことが起こることが多い。

 でも断じて私のせいではない!

 偶然に偶然が重なっただけなのだ。

 例えば、前国王の聞き間違いによって始まった恒例行事「仮面武闘会」では、仮面をつけた選手たちが意地と筋肉がぶつかり合う熱い戦いを行っていた競技場に、突如カンガルーが数十頭乱入し、そのまま屈強な男たちVSカンガルーという異種格闘技みたいなボクシング大会へと急きょ変更になってしまった。

 断固として私のせいではないと訴えたが、


 「姫が観戦に来られたのは今回が初めてですし、なにより、姫が競技場に来たとたんに起こった出来事でした。」


 と言われてしまった。

 他にはこんなこともあった。

 数年前、今まであまり王宮内では見かけなかった役人の男性と、一日に何度も出会うことがあった。

 それが何日も続いたので、運命かな?と思って


 「最近よくお会いしますね。」


 と最高の笑顔で声をかけてみた。

 するとその男性は口元を引きつらせて、逃げるように去っていった。

 照れていたのかと思っていたら、その日のうちにその男性は警察に出頭していた。

 何でも我が国の軍事機密を盗むために某国より送り込まれていたスパイだったらしい。

 彼は供述で、


 「姫君は何度も姿を現し、私を見張っていた。そして私を笑顔で脅したのです。完ぺきに潜入したはずなのにどうして私がスパイだとわかったのか。恐ろしい人だ。」


 と言っていたとか。

 貴族も庶民も、キャンディス姫が今度はスパイを捕まえたらしい。さすがは珍事を呼ぶ姫君だ。今どきスパイなんて探そうと思ってもそうそういないのに。と騒ぎ立てていた。

 私だってスパイだとは思わなかったし、運命だと一瞬でもときめいた私の乙女心は深く傷ついた。

 もうあのことについては思い出したくないし、語りたくもない。

 ただでさえ、我が人生に一片も男のかげなし!状態更新中だというのに。


 「だいたい、そうそう妙なことなんて起こるわけないでしょ。私が珍事を引き寄せてるとか言う人もいるけど、偶然よ、偶然!あー、ばかばかし、いいいいいいーーーーっ!!!」


 ここを出て行こうと歩き出すと、右足がずるっと滑った。

 バナナの皮を踏んでる!


 「うそでしょ!ここは大聖堂の中なのよ!誰よこんなところにバナナの皮を捨てたやつは!!」


 そのまますごい勢いで、まるで氷の上をスケートするようにバナナが滑っていく。

 体のバランスを崩しそうになって、慌てて左足でふんばった。

 ずるっと滑った。

 左足でもバナナの皮を踏んでいた。


 「だからーーーー!我が国で一番権威ある神聖なる大聖堂の中でバナナを食べて皮をポイ捨てした行儀が悪い不謹慎な奴は誰なのよーー!!しかも2個も!出てきなさい!女王陛下に言いつけてやるからーーーー!お姉さまは私にはすんごく甘いんだから!懲役なんかじゃすまないわよ!昔書いたラブレターを朗読させながら市中引き回しの刑よ―――――!!!」


 床が鏡みたいにピッカピカに磨かれていることもあいまって、スピードがドンドン上がっていく。

 ああっ!このままではあの無駄にごてごてしてる出口の扉にぶつかる!

 と思った瞬間、扉が開いて誰かが中に入ってこようとしていた。


 「どいてどいてどいてーーーー!!いや、やっぱりどかないでーーーーーーー!!!メレンゲみたいに優しくキャッチして!」


 キャッチしてもらえなければ、大聖堂の外に放り出されて入り口の急な階段を転げ落ちてしまう。

 しかしバナナスケートのスピードは凄まじく、お互いに避ける暇もなく思いっきりぶつかってしまい、そのまま倒れ込んでしまった。

 階段を転げ落ちて、死亡、を避けることはできた。


 「ああ、危なかった!助かったわよ。ありが……。」


 ありがとう、と言いかけて、やめた。

 クッションになってくれた誰かの上にのしかかるような格好になっているが、眼前にあるのは目が痛くなるほどの驚きの白さをした高位の神父が着る服だった。

 しかも金糸の刺繍が施されているのでかなりの高位の者だ。

 そしてそれは、火のしでぴっしりとしわをのばされていて、この人物がずいぶんと潔癖で神経質なことを物語っていた。

 嫌な予感がしつつも、そうっと覗き込むと、相手もちょうど上体を少し起こしていたところだった。


 「げえっ。エドガー・フォブリーズ!」


 きっちりまとめられていたハシバミ色の髪が少しだけ乱れて前髪が目元を隠しているが、細いフレームの眼鏡の奥から鷹のような鋭い瞳がこちらを見ている。

 そして不機嫌そうに口元は横一文字に結ばれている。

 エドガー・フォブリーズ!

 前宰相の嫡男でありながら伯爵家を継ぐことはなく、なぜか神に仕える道を選び、私の5歳ほど年上という若さだというのにダイオニシス大主教の右腕とも言われるようになった男だ。

 一度貴族の身分を捨てながらも、本来ならば主教しかなれない聖職貴族の地位を得て、貴族院議員も務めているという変わった経歴を持つ人物である。

 政治的にもかなりの影響力を持つらしく、どうやら女王陛下の諮問機関にも口出ししているらしい。

 予算編成にも関わっているようで、この前通りがかりに会った時に


 「貴方が身に着けている装飾、服装は全く似合っていない。それだけ高価なものを身に着けているのであれば、国民に対する王族の威厳や権威を印象つけるはずであるがそれも感じられない。その証拠に貴方の関連グッズは全くと言っていいほど国民に人気がない。かといって他の貴族たちがこぞって貴方の格好の真似をして流行を作るかといえばそうでもなく、経済的影響力もない。まったくもって無意味な行為であるので、今後貴方の装飾類の予算は削減いたします。」


 と、それだけを一方的に言うとさっさと立ち去ったのである。

 挨拶もなしに。

 しかも実際に服や靴にかける予算は削られていた。

 こんなふうにたまに顔を合わせれば、同じようなことを言われてばかりで、一言でまとめれば


 「お前いる意味あるの?」


 であり全くもって無礼千万な男であるけれども、言われていることはとても説得力があるのでこちらとしてはぐうの音も出ず、いつも


 「お、覚えてなさいよーーー!!!」


 と泣きながら退却させられている始末である。

 その上子供の時の家庭教師を思い出させる「お堅い」雰囲気がどうしても苦手だ。

 部屋は少しくらい散らかっている方が落ち着く派の私としては、できればあまり関わり合いたくない。

 あっちがコルセットなら、こっちはノーブラ。

 それくらいの固さとゆるさの違いがある。

 その禁欲的なところが良い、と女性のファンが多いのだがどこがいいのかさっぱりわからない。

 よりにもよってこいつの上に乗っかってしまうことになるとは!

 ああ嫌だ!はやくどいてしまおう。


「重いのでさっさとどいてください。」


 エドガーが眼鏡のブリッジを持ち上げながら、まるで排水溝にたまった髪の毛を見るような目をして言ってきた。


お読みいただきありがとうございます。

続きます!

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