41-45
―――41
「イルイシャと相対する前に、僕は自分の先読みをした。そこで僕の力では彼女に勝てないことを知った。まあ、実際僕の力は弱い。だから逃げ場所を作っていた」
「そこにどうして俺が出てくるんだ」
腑に落ちないとシュバイトが唸る。
「出てきたんだから、仕方ないだろう。ついでに言えば君のさっきの質問にはここで答えよう。その時に調べました。そして、だったらリリンに会わせようと思いました」
「はあ? なんであたしよ?」
いきなり話をふられてリリンが叫ぶ。だがロークも更に叫びそうな彼女を制して、食いついた。
「どうして、そんなことをしたんですか。シュバイトのこと考えなかったんですか。下手したら二度も絶望に落とすことだってあったんですよ」
「ローク」
「ええ? なにソレ? よくわかんないんだけど、それってあたしに何かが起きてたかもしれないってこと?」
「シュバイトになんてことしてくれたんですか」
「ローク!」
シュバイトが身を乗り出すロークを慌てて抑える。ロークの言うことは最もだが、シュバイトもセロイアの考えを聞きたかった。
―――42
守りたいと思った人はもういない。
守りたいと思ったのに守れなかった。絶望を味わったその時に、シュバイトは決意した。一人で生きようと決めた。
けれど今でも騎士との繋がりは切れていない。住んでいる家だって親から借りているものだ。けれども出来る範囲で人の手を借りずにやってみようと決めた。騎士団からも遠ざかり、一人の傭兵として仕事を得る。その生活が落ち着いた時に現れたのがリリンだった。
何もしない彼女だったが、誰かが家にいることにシュバイトは苦い思いを感じた。
どうしても思い出してしまう。静かに泣いてしまいそうになる。だけど、ほのかに胸があたたかくなっていることに気付いてしまった。
一人ではないことにホッとした。
ただいまと言って、おかえりと言われる。
笑って迎えてくれる誰かがいる。
寂しいのに、哀しいのに、嬉しかった――。
シュバイトはセロイアにふ、と笑う。
「誰かと居ることは苦痛ではなかったよ。あんたの言うとおり、俺に一人は無理みたいだ」
―――43
「癪ではあるが、……感謝はしている。ありがとう」
シュバイトはかつて助けられなかった子を想った。天真爛漫、いつでも笑顔をみせてくれた。でも不器用で、メイドの癖に主であるシュバイトに結局すべてやらせてしまったあの子。
妹のように大切に想っていた。
「いや、君のことは僕たち魔女の責任であるからね。こちらこそ、助けられなくて悪かった。今更なんだと思うかもしれないけど、知ったからには一言言いたかったんだ。すまないね」
魔物退治に出かけたのに、別の場所で大事な人が魔物にやられたなんてどんな喜劇だろう。だからシュバイトは一人になりたがった。だが、それは本当に正しいのかと自問自答した。
「いいんだ。あの子はきっと許してくれる」
「………」
無言で微笑を浮かべるセロイアにシュバイトは深く頷いた。
「ロークもすまなかったな。心配かけた。俺はもう大丈夫だよ」
「大丈夫って、そんな顔するなよ」
「どんな顔だよ」
シュバイトの顔に浮かんだ表情を見て、ロークは目端を緩ませる。
友人だった。今も昔もずっと、騎士になったその時から近くにあった。楽しいことも、哀しいことも、嬉しいことも、絶望に打ち震える様も、見てきた。いつか立ち直るだろうと、信じていた。また戻ってくるのだろうと考えていた。
「シュバイト、お前戻って来いよ」
ロークの口からするっと言葉が飛び出した。
―――44
ロークが差し出してきた手は魅力的だった。
戻りたい。とても戻りたかった。だが、シュバイトは決意していた。
「戻らない。悪い、俺は騎士には戻らない」
シュバイトは晴れやかな顔で笑った。ロークが何かを言おうと口を開いて、何も言わずに閉じられた。
「そうか……。まあ、元気ならいいよ」
「悪いな」
ロークはやれやれと肩を竦めると、セロイアに視線を移した。
「で、俺はとりあえずもう事情もわかったけど、そっちはどうする? リリンはまだ晴れやかにはほど遠い様子だぜ」
ロークの言葉を受けて、残りの二人もリリンを見遣る。すると彼女は腰に手をあて、不満気に頬を膨らませる。ぴくぴくと眉を震わせて、まるで怒っているようだ。
「ようだ、じゃなくて怒っているのよ。あたし、何も知らなかった。知らされてなかったのよ。これで怒らずにいられますか」
杖に力を込めようとしている娘を見て、セロイアが慌てて待ったをかける。
「リ、リリンっ! そうじゃない、そうじゃないよ」
「そうだぞ、リリン! 俺だってほとんど知らされてなかったんだから、お前だけじゃないって」
「そうそう。俺の方がもっと全然きいてなかったんだから。リリンの方がマシだよ」
言い募る三人をリリンがじろりと睨みつける。怯むことはないが、緊張でまんじりとする男たちはとにかくとリリンの気を落ち着かせることに神経を使った。
―――45
「うるさいわよ。わかってるわよ。でも、口惜しいんだもん。あたしは単にセロイアに訊きたかっただけなのよ」
リリンはただ、世界が軋んでいることに気付いて、詳しい者に訊こうとした。そしてその相手として父であり魔女であるセロイアを選んだのだ。実際、彼は深くその物事に食い込んでおり、選択としては間違えていない。
けれどセロイアはリリンの前に現れることは出来なかった。何も告げられないまま、現在に至っている。
「リリン……」
つむじ覗くリリンにセロイアは呼びかける。娘に頼られたことは嬉しく、しかしそれに応じられなかったことが哀しかった。会えばいつも憎まれ口の娘である。それでもやはり娘はかわいかった。
「リリン、ごめん。ごめんね」
リリンの頭をなでる。珍しくされるがままになっている彼女をそっと抱きとめる。そして背中をポンと叩く。
「勝手な父親でごめんね。だけど君が成長している、それを知ることが出来て嬉しい。いつまでも半人前の扱いでごめん。もう今からは一人前の魔女だ」
すん、とリリンの鼻がなる。前髪をなでつけ、額を突く。リリンの表情が見える。どうすればいいのか、戸惑った顔。目が僅かに泳ぎ、口がもごもごと躊躇っている。
セロイアは微笑む。
リリンの体を自分から離し、きちんと立たせて顔を自分に向けさせる。