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36-40

―――36


 魔女たちに連れて行かれた本部は、今までの忙しない生活など関係ないくらい穏やかなものが待っていた。

 あたたかで満腹になるほどの食事。それにふかふかのベッド。雨漏りのない家、広い自分の部屋。セロイアはまだ子どもで、その時は感動しか覚えなかった。魔女の修行は厳しいものだが、徐々に慣らしていくもので大事に大事に育てられる。セロイアも、リリンも、そしてイルイシャもそうやって一人前の魔女になっていく。

 セロイアは親から離されたことを寂しく感じたが、彼らは世界のためにと送り出してくれた。手紙をたくさんくれたし、それに彼らには報奨金が入り生活はそれよりもかなり楽になった。それは後で知ったことだが、セロイアは家族もそれぞれ幸せになったことに満足していた。元々の生活水準がそれほど低いものではなかったからということもある。

 だが、皆が皆セロイアと同じではない。リリンとて、母と暮らしていたら突然魔女たちに連れて行かれたのだ。セロイアはそれを後から知って、リリンにかなり恨まれたのだが。

 しかしイルイシャはまた別の感情を持っていた。



―――37


「でも、大気の魔女は……そんな人だったかしら」

 リリンが首を傾げるとシュバイトとロークは視線をセロイアに向けた。視線を受け、セロイアは息を一つ吐く。その表情は彼にしては珍しく暗い。

「イルイシャは孤児だったんだ」

 この世界での孤児はそう多くない。それ故に皆からはあまり好ましく思われていない。だからこそイルイシャは魔女になって、その生活の違いに怒りを覚えた。

「僕は彼女に訊いたよ。何を憎んでいるのかって。そうしたらなんて言ったと思うかい」

 セロイアは視線を逸らして溜息を吐く。イルイシャの歪んだ性格はただでさえ孤児として蔑まれた生活を強いられていたことに加え、魔女として迎えられた時の恵まれすぎた生活のギャップに因るものだ。

「何て言ったの?」

 セロイアはハハッ、と低く笑うと額に手を当てて暗く呟いた。

「“世界”」

 憎むべきは世界。恨むべきは人。憤る相手は魔女。彼女はそう言った。

「世界ってどういうことだ?」

「それが、そのままの意味なんだ。イルイシャはこの世界を壊そうとしていた。自分が死ぬことさえもどうでもよくて、ただ復讐を遂げる為にやろうとしていた。愚かだと言ってやりたかったけどね」

 境遇を知って、想像すると簡単に笑ってやることは出来なかった。



―――38


 セロイアの言うイルイシャの人生を聞いて、シュバイトは眉間に盛大な皺を刻んだ。イルイシャが世界を憎むというその理由はわからなくもなかった。

 シュバイトも世界に絶望した一人である。貴族として育ち、騎士として順風満帆な人生を歩むはずだった。彼の前には輝かしい人生へのレールが敷かれていた。けれど、憎しみで心のすべてを満たすことは出来なかった。

 憎しみと哀しみ、自責の念、口惜しさ、寂しさ。自らの愚かさを悔いて、生きている自分に愕然とした。それでも死ぬことは出来なかった。それでも世界を壊そうとは思わなかった。

 シュバイトには哀しみだけが世界にあったわけではなかったから。独りではなかったから。何よりもう誰も死なせたくないと思ったから。

「彼女は独りじゃなかったのにね。でも独りだったんだ」

 セロイアの声は同情を含んでいるようで、その実とても冷めていた。愚かな子だとでも言うように、蔑んでいるようにも聞こえた。

「シュバイト君。君は独りだと思ってる?」

 細められた目がシュバイト射抜く。隣で戸惑うロークの気配がした。それを制し、シュバイトはゆるりと首を振った。

 自分が沈んで何も考えられなくなった時でも、傍にはいつも誰かがいてくれた。それに気付かない振りをして独りで生きようとした。けれど、完全に独りになることはなかった。心配してくれる友が居て、家族がいた。誰も自分を一人にはしなかった。

「あんたがこいつを寄越してくれて、ちょっとだけ感謝してる」

 セロイアに苦笑すると彼は悪戯を見つかった子どものように、ほっこりと笑みを浮かべた。



―――39


「イルイシャの言い分はわからんこともない。だが同情はしないよ。魔女になって彼女は力を手に入れたんだ。豊かさも人に命令できる地位も手に入れた。気付かなかったのは彼女自身のせいだ。だから理由を訊いた。そしてそれを僕は止めようとした」

 結局返り討ちにあったんだけどね、とセロイアは息を吐く。

「でも、僕も魔女の端くれ、簡単には負けないよ。咄嗟にこの世界から逃げ出してね。それで、逃げ込んだ先でシュバイト君と眞子さんに出会ったんだ」

「マコ?」

 首を傾げるロークを他所に、シュバイトとリリンは得心顔になる。シュバイトはそれで一つ知りたかったことを知った。彼は夢の中で何度も何度も眞子に会った。

 セロイアはシュバイトの顔を覗きこむと、その頭をわしわしと撫で付けた。ギョッとするシュバイトだったが、撥ねつけることも出来ずそのままになってしまった。

「僕は予言をするんだ。こうなるんじゃないかっていう、一瞬が見えるんだ。君のことはね、初め知らなかったんだ。でもリリンを捜して、君にぶつかった」



―――40


 セロイアはどうにかしてイルイシャのことを他の魔女に伝えなければならなかった。誰に伝えればいいかと考えて浮かんだのが娘のリリンだ。

 そしてどうやって伝えるかと考えて、夢を渡った。彼を捕まえればその先に娘がいると知っていたからだ。そしてシュバイトを夢の中で知った。人となりとその過去をみた。

「それ、ずっと不思議だったんだけど。どうして直接あたしじゃなくてシュバイトを通じてだったの?」

 リリンが進み出る。そこで漸くシュバイトはセロイアの手を払いのける。

「そりゃあ、リリンはイルイシャに警戒されていた。僕の娘だもの。それなら別の誰かを辿るしかないだろう。そこで浮上したのがシュバイト君だよ」

 笑うセロイアに、シュバイトは表情を凍らせた。穏やかな笑みの中に人知れぬものを感じたのだ。自分の過去はこの中では本来ロークしか知らないはずである。けれど、セロイアは匂わせることも言っていた。彼が魔女だということを今改めて知った。

「俺のことをいつ知ったんだ」

 会ったことは今までないはずだ。少なくともシュバイトはセロイアの名前すら知らなかった。そのはずなのに、セロイアは目が合うと彼には珍しくにやりと笑った。



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