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31-35

―――31


「う……ん……」

 シュバイトがゆっくり目を開けると、居眠りをしているロークが目に入った。時計を探せば時刻は先刻の騒ぎよりも一刻ほど過ぎている。

 起き上がればリリンも目を擦り、体を起こすところだった。そしてオレンジの髪をした先読みの魔女もクマのぬいぐるみがあった場所に体を横たえていた。

「ローク、戻ったぞ」

 少しの間だったが、自分の体に戻れた喜びにシュバイトはついつい笑みになる。

「……あ、シュバイト?」

「そうだ。戻ったぞ。そして先読みの魔女だ」

 背後を指差すと背の高い男が立ち上がった。彼はリリンの許に真っ先に駆け寄るとその体を抱きとめた。

「よかったー。リリンが立派に育ってて僕は嬉しいよ」

「ちょっ、何? 何してんの?」

 暴れるリリンもなんのその、セロイアはぎゅぎゅっと彼女を抱く力を強める。

「だあー! や、やめてよ、恥ずかしい。離して、離してってば、セロイア! セロイア! お父さん!」

 その言葉にセロイアは漸く彼女を解放する。

 


―――32


 父と呼ばれたことが嬉しいのか、セロイアはリリンにひたすら笑顔、を向けている。逆にリリンは思わず叫んでしまったことを後悔する。そうしなければ離してくれなかったであろうことはわかっているが、それでも口惜しかった。

「久しぶりだね、リリン」

「……ええ、そうね。あんたが変な伝言残して消えるからこっちは大変だったわよ」

 苛立ちを隠しもせずに低い声で応じる。

 実際リリンは大変だったのだ。シュバイトを捜しだすのも、それからセロイアとの繋がりを見つけ出すのも、簡単ではなかった。

「変なって、でも見てくれて良かった。時間がなかったから、あんな伝言になっちゃったんだ」

 申し訳なさそうに言うセロイアにシュバイトとロークは様子を窺いながら、疑問を口にする。

「一体何が始まりだったんだ?」

「そうです。説明をしてもらわないと困ります」

 あはは、と頭をかくセロイアと対照的にリリンはげんなりしている。

「まあ、順を追って説明しようか」

「そうね。あたしもちゃんと最初から聞きたいわね」

「うん」

 セロイアは頷くと、何から話そうかと呟いた。

「……そうだねえ、始まりはイルイシャの動向に疑問を持ったことかな」



―――33


「魔女たちにはそれぞれ仕事があるよね。リリンなら今は、魔物退治が仕事だ。僕なら未来の出来事を読んで災厄を回避するように努めること。そしてイルイシャなら大気を安定させて、この世界の安寧に務めることが仕事だ」

 セロイアは語る。それは彼が知った真実である。

「僕はね、これでも魔女としての地位は高いんだ。未来予測は僕の特性で、そして他の魔女たちに注意を促すことができる。それでたくさんの魔女に助言をしながら世界を回っている。イルイシャにも助言をしたよ。そして詰問をした。そうしなければならない予測をみてしまったからね」

 ふう、と溜息を吐くとセロイアは居並ぶ者の顔を見た。真剣に耳を傾けてくる若者たちに彼は微笑む。

「大気はこの世界の根幹をなす一つ。大気が正常に回らなければ、世界の気が狂ってしまう」

「それはやっぱり大変なことなんですか」

「うん。大変だよ。最近獣が魔物化してるのは世界の気が狂っているからだ。今はまだ、魔女や騎士やシュバイトくんみたいな傭兵が頑張ってくれているから抑えられているんだよ」

 魔女が世界の均衡を支えている。それは天候や災害、作物や動物にまで影響を与える。だから魔女の存在が必要になり、そして魔女は自分の職務を全うしなければならないのだ。



―――34


 魔女の存在意義は知っていた。それがどんなに重要なことかはわかっていたつもりだ。

「大気を乱すというのは簡単に出来ることなんですか」

「出来るわよ」

 シュバイトが疑問を口にする。それに対して答えたのはセロイアではなくリリンであった。

「何もしなければいいんだもの。簡単も何もないわ。自分の職務放棄していればいいだけよ」

「そうだね。大気に限らず世界を構成する気はどれも、いつも不安定で揺らいでいる。だから誰かがまとめて、導いてやらなくてはならない。それが魔女の役目だ」

 リリンは魔女だ。それ故にシュバイトやロークよりもその深刻さが理解できた。

「イルイシャはね、半年間で大気を随分乱していたんだよ。ただ何もしなかっただけではない。少しずつそうとわからないように、大気の流れをゆっくり変えていたんだ。それは到底許されないね」

 セロイアは柔和な笑みにどこか薄暗いものを忍ばせていた。その表情にシュバイトやリリンはわずかに目を瞠った。



―――35


「僕はイルイシャのことをよくは知らなかったんだ。シュバイト君、ローク君、魔女になるにはどうしたらいいか、わかるかい」

 問われ、二人は顔を見合わせた。シュバイトもロークもそんなことを考えたことなどなかった。

「その、勝手になんか見つかるものなんじゃないんですか」

「そうそう、それで魔女の修行するん、でしょ?」

 魔女でないものが言う模範解答だなあとセロイアは思った。だがどうやって魔女になるのか、見出されるかは本人たちでなければわからないだろう。

「魔女も初めは魔女ではないんだよ」

 幼い子に諭すような口調。

「僕の両親は小さな宿を営んでいてね。僕はそれを手伝っていた」

 突如昔語りを始めたセロイアに三人は小首を傾げる。だが構わずにセロイアは話を続ける。

「毎日毎日同じ日々。お客さんを捜して、迎えて、慌しい日々だったよ。そんな僕にはちょっとした特技があってね。わかると思うけど、先のことを予測できたんだ。お客さんの道行きにちょっとしたアドバイスをしていたら魔女がやってきて、本部に連れて行かれたんだ」

 セロイアの表情は穏やかで、ただ少し哀しそうでもあった。



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