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26-30

―――26


 事情があると言ったクマのぬいぐるみ――いや、シュバイトをリリンとロークは信じられない思いで凝視した。魔女であるリリンでさえ驚いていた。まったく不可能とは言わないが、リリンにしてみれば余程の腕がなければ出来ない、すごい技なのだ。

「とりあえず俺の用事は体を貸すことだ。それと、眞子との媒体になること」

「眞子?」

「媒体?」

 疑問が浮かぶがシュバイトは首を振る。そして示すのはセロイアとイルイシャだ。

 イルイシャの起こした風をセロイアは片手で薙いだ。それだけでなく彼は反撃さえもした。しなやかに指を大気の魔女へ突きつける。

 ロークの目にはイルイシャが火に巻かれたように見えた。けれど慌てる彼女をじっと見つめながら、セロイアの口が何かを呟いているのがわかった。何を呟いているかまではロークにもわからない。リリンも気付いているかと訊ねようとして、セロイアが今度は大きく腕を振り上げたのに息をのんだ。

 その先にはクマのぬいぐるみがあった。

「ええー!」



―――27


「ローク、俺より先に叫ぶなよ」

 高々と掲げられた状態でクマのシュバイトが言う。

「だ、だが、おい! リリン、あれいいのか?」

 隣を窺うとリリンは口を開けて呆気にとられていた。肩を揺するとハッとした表情で元に戻る。

「あ、あれは、……セロイア!」

 リリンが制止の声を掛けるが、その前にセロイアはクマのぬいぐるみを思い切り投げた。

「うおっ!」

 クマのぬいぐるみが悲鳴を上げ、真っ直ぐにイルイシャへ飛んでいく。そしてクマはぶつかって軽い音を立てた。と、同時にイルイシャがウサギのぬいぐるみに変わる。

 床に転がったウサギのぬいぐるみを見て、セロイアが口許に笑みを浮かべる。クマのぬいぐるみがその横にひょこっと立ち上がる。

「何とか、うまくいったな」

「うん。シュバイト君と眞子さんのおかげだよ。ありがとう」

 二人が頷き合う光景をロークとリリンは困惑した顔で見ていた。だが気にした様子もなく、セロイアはウサギのぬいぐるみを手にする。片耳を掴んで、引き上げた。

「イルイシャ」

 呼ぶ名は大気の魔女。

「聞こえているんだろう、イルイシャ」

 呻くような声がウサギから零れる。



―――28


「イルイシャ、ぬいぐるみになった気持ちはどんなものだい」

 手足をバタつかせるウサギにセロイアはにっこりと微笑を浮かべる。

 いつもと変わらないにこやかな笑みなのが恐い。リリンは父の思わぬ様子に少し引いた。

「僕がどんな目にあったかわかる? わからないよね? だから、暫くそこで反省してもらいますよ」

 そう言って更にウサギを小さくし、掌の中に閉じ込めた。わたわたと動き回るウサギに力をこめた。

 そしてセロイアの足をタシタシとクマが叩く。

「セロイア、これで終わりか」

 ウサギを持った反対の手で、セロイアはクマを持ち上げる。

「ああ、これで問題はあと一つだよ」

「一つ?」

 首を傾げるクマにセロイアは頷く。

「君と僕を元に戻さないといけないね」

「なるほどな」

 二人はリリンとロークに向き直ると背筋を正した。



―――29


「ローク、このウサギを保護してやってくれ」

 シュバイトがセロイアの腕の中でウサギを指し示す。

「え、これ……大気の魔女?」

「そう。俺が変な夢にうなされてた元凶。しっかりとっ捕まえとけよ」

 ロークは恐る恐るウサギを掴む。すると暴れ始めたウサギに、慌てる。思わず手を離してしまいウサギが飛び出す。それをセロイアが再び握った。

「仕方ないなあ。……ハイ」

 彼がウサギの額を突くと、何も動かなくなった。そしてまたロークの手に戻す。

「騎士団長と国王には僕から説明に向かうからね。とりあえず鳥籠にでも入れててよ。もう暴れないから」

「は、はい……」

 ロークは言われるままに鞄の中にそろそろと直した。

「それからリリン」

「え、ええ? あたし?」

 振り向いたセロイアにリリンが今度は慌てる。

「そう、リリン。君が必要だ」

「う……」

 つい顔を顰めた娘にセロイアは苦笑する。

「本当に必要なんだ。助けて欲しい。リリンを一人前の魔女としてお願いしたい」

「一人前の、魔女?」

「そう。リリンに」

 満更でもない顔でリリンは腰に手を当てる。そして顎を引いて胸をそらす。

「何? 言ってみなさいよ。どうしてもってセロイアが言うのなら考えてあげるわ」

「いい子だね。……お願いするよ、リリン。どうしても君の力が必要だ」

 セロイアが下から窺うように、手を差し出した。



―――30


「ローク」

 クマのシュバイトに呼ばれ、ロークはつぶらな瞳に目を向ける。

「今からちょっとリリンに元に戻してもらう」

「あの子に出来るのか」

「セロイアが居るから何とかしてくれるだろう。仮にも先読みの魔女なんだから」

 かわいらしいクマのぬいぐるみからシュバイトの声がする。ぬいぐるみと喋っていると思うと改めてロークは不思議な気分になった。

「それで、また俺の体が眠っちまうから、見張っといてくれよ。多分リリンも一緒に眠っちまう、か……ら……」

 最後まで言い終わる前にクマがコテンと体を傾けた。

「お、おい……」

 驚いて周囲を見渡せば、リリンもセロイアもその体を横たえ眠りについている。一人取り残されたロークは頭を掻いた。

「いいように使われるなあ」



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