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―――16
リリンは父を捜していた。しかしその父は行方不明であった。であるのに、シュバイトは父のことを口にした。
「お前が俺の許へ来たのは、父親に言われてきたからか? お前の親って先読みの魔女だろう?」
確かにリリンの父は先読みの魔女と呼ばれている魔女だ。だがそれをシュバイトは何処で知ったのか。リリンは彼の前で父の名も、魔女だということも、何も話していない。それに何よりリリンをシュバイトの所に行くように進めたのは、上役の魔女だった。父とはまったく関係がない。
「なんで、あたしの父親が先読みの魔女だって知ってるの? シュバイト、他に何を知っているのよ」
「それはお前の父親に会ったからだ」
「え?」
そんなはずがない。リリンの父は今この世界の何処にもいないのだ。リリンだけではない、それは魔女たち皆の意見だった。それなのにシュバイトは会ったという。どういうことなのだろうか。
「多分お前の父親で間違いがない。先読みの魔女はお前の父なんだろう?」
「確かにそうだけど、何処で会ったのよ? あたしにすら気配が探れないのよ。……もしかして」
気配をどんなに探っても見つけられなかった。訊きたいことがあったのに、捜しきれなかった。でも最近自分と似た気配を見つけた場所がある。
「もしかして、夢の中で?」
まさかと思いながら呟けば、シュバイトは頷く。リリンは干渉だけしていると思っていたのだが、夢の中で随分と深く関わっているようだった。
「あいつから聞いた話を教えよう」
シュバイトが告げた。
―――17
「数ヶ月前から俺は夢を見るんだ。不思議な夢だ。それを毎日」
シュバイトが語るのは霧の夢の話だった。
霧の中を通り抜けた先にあるのは何もない空間。そこにオレンジ色のクマのぬいぐるみがいるという。ある、のではなく『居る』のだ。
それからもう一人、異世界の少女もその夢に現れる。
「ずっと不思議に思っていたんだよな。何故俺が夢に引き込まれていたのか」
父である先読みの魔女はリリンと自分を繋ぐ媒介にシュバイトを選んだらしい。ただどうしてか、というとシュバイトも詳しくはわからないがと前置きをして告げた。
「魔女たちの間で何かが起こっているらしい。説明を求めたが、俺では内容が理解出来ない。とりあえず分かるのはあいつが自力では夢の中から出て来れないってことだ」
「出られない?」
「そうだ。眞子……その少女が一回霧の外に連れ出そうとしてた時があって、かなり慌てていた。多分出ようとしても出られないんじゃないかと思う」
「それは、おそらく魔法ね」
リリンの言葉にシュバイトも頷く。彼もそうだろうと思っていた。
しかし夢の中に閉じ込める魔法は聞いたことがない。リリンは魔女だがまだ二つ名も持っていない下位の魔女だ。誰かをその場に留めるだけならリリンでも何とかなるが、夢という現実ではない場所というのならそれは高度な魔法であり、高位の魔女にしか不可能だ。リリンにも自力で助けてやることは出来ない。
しかし、手を貸すことは出来る。
―――18
「眠りについたら必ずその夢を見るの?」
リリンは魔女としてのある可能性に託してみようと思った。
「ああ。毎日みている」
「じゃあ、次に眠る時にこれを持って眠って」
リリンは懐から手の平ほどの大きさの紙を渡した。それには複雑な紋様が描かれている。
「あたしの魔方陣よ。もしかしたらそれが使えるかもしれない」
本来魔方陣は一人の魔女に一つだ。それは指紋のようなもので誰一人同じ魔方陣を持っている魔女はいない。けれど、自力でどうにかならないのなら外からの干渉でどうにかなるかもしれない。それに夢のクマが本当に先読みの魔女なら、リリンの魔方陣を知っているはずだった。血を分けた者や師弟関係にある魔女の魔方陣は似た形が多い。それ故、多少強引な方法だが中から起動させることも可能になる。
「ただしこれを使えるかは先読みの魔女に聞いてみて。あの人が使えると言ったなら何かしら方法を示すはずよ」
夢の中がどうなっているかリリンには窺い知れない。つまりどうすればいいかは先読みの魔女に頼るしか方法はないのだ。
だがもしも本当にリリンの知る人物なのだとしたら、確実にリリンの魔方陣を使うことが出来る。それをリリンは知っていた。
―――19
夜半、眠りについたシュバイトを見やってリリンは息を吐き出す。
どういった経緯で彼の夢の中に先読みの魔女がいるのかはリリンにもわからない。けれども何か事情があるのはわかる。それがもしかしたらリリンの訊ねたかったことにつながるのかもしれない。
シュバイトはリリンから魔方陣を受け取ると大事に押し頂いて、床に就いた。何が起きるかは二人ともわからないので、もしもの事態を考えてリリンは彼の部屋の長椅子で眠ることになった。魔法の気配がすれば、リリンにはわかる。況してやそれが先読みの魔女の魔法であれば、尚更だ。
いびきもかかずに深い眠りに落ちたシュバイトの傍で、リリンもうっすらと瞳を閉じた。
目を覚ますとカーテンの隙間から朝日がリリンの顔を照らしていた。朝がきた。
すぐに傍のシュバイトを見やる。やはりいつか感じた魔法の気配を感じた。結果はどうなったか知りたいとリリンはシュバイトの体を揺らした。
「シュバイト、朝よ。起きて」
だがシュバイトは呻き声さえ漏らさない。静かだった。
「シュバイト! 朝だって」
もう一度試みるがやはり彼は目覚めない。
リリンは彼が眠った時のままの体勢であることに気がついて、思わず息を呑んだ。
―――20
口許に耳を当てれば息はしている。だが目覚める気配は依然ない。
もう昼時分であった。
「シューバイト~、いるのか」
シュバイトの傍を離れることも出来ずに居たリリンは陽気なロークの声に、玄関へ飛び出した。
「ローク!」
常ではない様子のリリンにロークは眉根を寄せる。あわあわと屋敷の中を指差すリリンに、ロークは彼女を押しのける。
「シュバイト!」
昏々と眠り続けるシュバイトを見て、ロークは思わずその肩を大揺れに揺らす。だがそれでも起きる気配はない。鋭く振り返ってリリンに訊ねる。
「何があった」
「夢から覚めないのよ」
リリンは掻い摘んで事情を説明する。魔女のことまで詳しくは言えないが、最近夢見が悪そうだったと告げた。
話を聞いたロークは暫し考え、シュバイトを肩に担いだ。
「とにかく異常がないか医者に見せよう」
「う、うん」
リリンには事情は想像できても、確証がない。夢の中で何が起きているのか。何を行っているのか。それは想像でしかない。
いづれにしろ、早くこちらに戻ってきてほしいとリリンは思った。