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―――11
屋敷からシュバイトが消えた。というか仕事で出かけて行った。リリンは誰もいなくなってしまった屋敷の中、ソファに体を埋めてぼんやりしていた。行く前に色々と注意を並べ立てていたけれど、リリンはそのほとんどを聞いていやしなかった。
気になっているのは、どうして彼が頑なに家人を置かないのかということだった。そもそも貴族はそれが出来る立場で、出来ることをしないのは他の人の仕事を奪っていることにもなるのだ。まったく奇妙に違いない。
「わけわかんないわ」
リリンは溜息を吐くと、ソファから立ち上がった。そして腰に手を置き、息を吸う。
「弱みを握ってやるんだから」
そして意気込んだリリンは屋敷中を荒らし始めた。
シュバイトの部屋を筆頭に居間も応接室も厨房も倉庫もあちこち見て回ったリリンだが、けれど何も可笑しなものは出てくる様子がない。あれだけ執拗に人を排除しているのだから、何か秘密があるに違いないのだ。
しかし一日探し回ったが遂に何も出てくることはなかった。疲れ果てたリリンは夕食を食べに屋敷を出た。シュバイトがいなければ、食事すら自分の手で何とかしなければならない。それはすごく面倒で、そしてすごいことだと思った。
―――12
数日経った夕刻、シュバイトが漸く帰宅した。
荒らした屋敷はまだきれいに片付いていなかった。リリンは怒られることを覚悟したが彼はそんなことに構えるほど体力が残っていないようだった。ふらふらの体で、ぼろぼろの服で、シュバイトは何も口にする間もリリンに声をかけることもなく自室へ戻ってしまった。
さすがに仕事の後に、文句を言うのはやめようとリリンもなるべく静かにして眠るまでを過ごすことにした。
夜半遅くに欠伸をしながらもう眠ろうとリリンは部屋へ向った。彼女にあてがわれた部屋はシュバイトの部屋もある二階だった。二部屋先の空いた客間を借りている。深い眠りについているのだろうと、シュバイトの部屋の前を通るときに音を立てないように気をつけ、リリンは廊下を歩く。明日になったらきっとめいっぱい怒ってくるのだろう。だから今日だけはそっとしておこう。
そうしてリリンは彼の部屋の前を何事もなく通り過ぎて、唐突に足を止めた。踵を返してシュバイトの部屋をそっと覗く。首を傾げるリリンの眉間に皺が寄る。
前には感じなかったもの――魔法の気配をシュバイトから、リリンは感じた。先刻まではまったく感じなかったし気付かなかった。その正体が何か、もしかしてリリンが捜しているものなのか、彼女にもまだ分からなかった。
―――13
朝になって目を覚ましたシュバイトに仕事で変なことがなかったか早速リリンは訊ねた。
「仕事で? お前が俺の仕事を気にするなんて珍しいな」
「別に。あまりに疲れてるみたいだったから何か変なことでもあったかと心配してあげてるのよ」
ただ魔法の気配が気になって仕方ないだけだが、ほんの少しくらい彼の心配もしているので嘘ではない。シュバイトはまだ疑問に思いながらも答えてくれた。
「特には無い。今回は荷の護送で、魔物との遭遇も無かったからな。ちょっと山賊に手出しされただけで、これくらいなら普段と変わりない仕事だぞ」
「そうなの? ねえ、魔法使いにあったりはしなかった?」
「……いや。何か魔法使いが訊ねて来るようなことがあるのか?」
予想外な質問だったのか、シュバイトは心配顔になる。慌ててリリンは何でもないと言い捨てた。確証も無い、ただの疑問だ。もしかしたら昨夜だけが特別だったのかもしれないとリリンは一旦その話題を打ち切った。
―――14
自分の勘違いかもしれないとリリンはその夜、シュバイトが眠った頃に再び彼の部屋の前を訪れた。
けれどやはり勘違いなどではなく、更にリリンは気付いてしまった。その魔法の気配はリリンがよく知っているものに似ていた。手によく馴染んだ杖のように、知っているという感覚がある。そっと部屋の中を覗くとシュバイトはいびきもかかずに眠っている。――そう、眠っている。
「夢だわ……」
起きている時には微塵も感じない魔法の気配。それはおそらくリリンが捜しているもので、今まで見当たらなかった理由も判明した。深い眠りに落ちているシュバイトから目を離し、自分の部屋へ戻ったリリンは息を吐いた。
安堵と疑問が胸の中を巡っている。生きているという事実と、どうしてシュバイトの夢の中にいるのかという不思議。しかし一つ納得したこともあった。シュバイトの所へ来たのは偶然ではない。彼を捜していたのだ。リリンはそうしろ、と伝えられた。だから来た。その意味が漸く理解できた。
―――15
暫く観察していたが、眠っている時以外は特に奇妙なところはなかった。
シュバイトは普通にいびきをかいて眠っていて、何かに操られた様子もない。ただ夢の中でリリンの捜している人物と関わっていることだけがわかった。
現実にいるのならばすぐにとっ捕まえてやるが、夢の中ではそうも言っていられない。それにシュバイトといつ接触をしたのだろう。それが一番不思議であった。ともかくシュバイトの夢を覗こうと試行錯誤したが、リリンにはどうにも出来なかった。魔法で覗こうにも何かに阻まれて見ることが出来ない。
そしてリリンは何も出来ないまま、無駄に日々を過ごすことになった。
それから、また数日経った頃のことだ。朝、いつもより遅めに目覚めたシュバイトがリリンに訊ねた。
「リリン、お前の父親の居場所を知っているか」
と。