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―――46
シュバイトとロークは思わず息をのんだ。
微笑するセロイアを見て、リリンが姿勢を正した。二人の雰囲気が変わったのだ。
先ほどまで沈んでいたリリンが真剣な目をして父を見つめている。その目は父ではなく魔女に対する目だと二人は気づいた。気付いて、口を噤んだ。
「リリン」
呼び声にぴくりとリリンの肩が震える。
「リリン=フォン=カルツォーネ」
ピリリとした声が響く。穏やかな表情のセロイアに、リリンは期待を寄せる。爛々と輝く黒い双眸に光が見えた。
「お前に二つ名を授けよう」
一層輝くその表情に、シュバイトとはロークを見遣った。これはそう、儀式なのだ。魔女にとって特別な、大事な儀式。本来ならば魔女たちの住む居城で厳かに行われる儀式のはずだ。
それを生で、しかも魔女でない一般人が見られるなどそうそうあることではない。シュバイトとロークは魔女たちの儀式に偶然としても立ち会うことになったらしい。シュバイトたちが心踊るのも仕方がないことだ。
半人前の魔女が、今この場で正式な魔女となるのだ。
―――47
固唾をのんで見つめる中、セロイアがリリンの二つ名を告げる。
「次からこう名乗るがいい」
息を吸う。
頬を緩める。
口を開く。
『共振の魔女』
喜びが溢れた。
空気が震えた。
笑みが零れた。
「リリン……いや、共振の魔女。君の力は一人では微弱なものだ。けれど、他者の力を借りることで無限にその力は大きくなるだろう。響き合い、重なり合い、また反響し、世界を変える力となる」
「……はい」
呆けたような掠れた声でリリンは返事をする。
「共振の魔女、これから人々の誇りとなる魔女になりなさい。おめでとう」
とても、とても大切なものを手に入れたような表情を浮かべるリリン。
セロイアも慈しむような表情で彼女を見つめていた。
―――48
「おめでとう」
シュバイトがパチパチと手を叩く。ロークもそれに倣う。
「よかったね」
声をかけるとリリンは今まで見せたことのない顔を見せた。そして珍しく素直な笑みを浮かべていた。
「ありがとう」
「何言ってるんだ。こっちだってこんな大事な場面に立ち会えて、よかったよ」
聞いたことはあっても、魔女の儀式を見る機会など訪れることはほぼない。それを考えればシュバイトたちは運がよい。そして立ち会えたことに感謝した。
「さて、それじゃあ。僕はもう行くよ」
「え?」
セロイアがうーんと伸びをして、三人に告げた。
「もう行ってしまうんですか?」
「報告をしたら職務に戻らないとね。僕が居ない間にまた変わっていることもあるだろうし、確かめにいかないとまた困ることになるからね」
彼がこの世界から消えていた期間は存外に長い。その期間にまた世界に異変が起こっているとも限らない。だから彼は世界を回らなければならない。
「もう行っちゃうの? あ、あたしは、どうすればいいの?」
二つ名を貰っても実際どうすればいいかまではセロイアは言わなかった。
「本部に行って、二つ名がついたことを言いなさい。僕が共振とつけた意味を本部はわかるはずだ。もう一人前の魔女なのだから、自分の頭で考えなさい」
リリンは少しだけ寂しそうだったが、しっかりと頷いて見せた。
―――49
シュバイトは既に出口へ向かおうとしているセロイアの背中に呼びかけた。
「先読みの魔女」
振り返る彼に、シュバイトはにっと口角を上げてみせる。
「あんたには振り回された。だけど、まあ楽しい思い出になったよ。もう会うこともないだろう。元気にやってくれ」
「君は人がいいねえ。でも、そう思ってくれたなら僕としてもほっとするよ」
息を吐くと、セロイアは更に付け加えた。
「僕も、眞子さんと君と過ごせた時間は楽しいものだったよ。ありがとう」
いつもの微笑を浮かべると、手を振って別れを惜しむ様子もなく彼は去っていった。
セロイアの消えた扉を見つめて、三人は長い息を吐き出した。一瞬静かになった部屋にまた声が響き始める。
「これで終わったな」
「そうね。あたしもそれじゃ、本部に行くわ。また近くに来たら寄ってもいいかしら」
「構わん。居る時なら、茶ぐらい出してやるよ」
「俺もまた、仕事の合間に寄るよ」
「ああ」
そして彼らも別れを告げる。
「じゃあ、元気で」
「そっちもな」
「先読みの魔女と仲良くしろよ」
「わかってるわよ」
――笑顔で。
―――50
世界が歪む危機を脱したとは言っても、まだまだ歪みは完全に消えていない。それに世界が無事であっても盗賊の護衛の仕事はあるし、討伐を依頼されることもある。
シュバイトは本日、周辺地区の山賊討伐に借り出されていた。メンバーには騎士隊もいて、そこにはロークの姿も見えた。手だけで挨拶を交わし、皆に混じって退治に向かう。大掛かりな今回の討伐隊である。その理由はまさに一掃しようという腹積もりがあるからだろう。
「だけどそれだけじゃないんだなあ」
ロークは何故かにやにやと笑いながら、シュバイトの肩を叩いた。
何が可笑しいのか、そう口を開こうとして背後からざわめきが立ちのぼり、やめた。ロークが顎で示し、シュバイトも背後を振り向く。
すると、そこには――彼女が居た。
思わずぽかんと間抜けに口を開けてしまった。
「何、そんなに驚いた?」
ロークがにやにやと口の端を歪める。シュバイトはム、と眉を寄せるが実際すごく驚いていた。その理由はもちろん、ざわめきの正体である。
「あら、久しぶりなのになんて顔してんのよ。元気にしていた?」
「あ、……ああ。お前も元気そうだな」
目の前で笑う彼女――リリンにシュバイトも応じる。リリンは嬉しそうにして、答える。
「もちろんよ」
【了】