第9話「魔人、従者をむちゃくちゃ可愛くする」
次の日。
俺たちは、王都からひとつ手前の町に来ていた。
それまでの間、俺はフェンルに旅の目的を説明した。
最終的な目的は、だらだらのんきにスローライフを送ること。
そのための手段として、魔法城の残骸を探し出し、その近くに隠されている『魔王ちゃんの遺産』を手に入れること。
だから、今必要なのは、魔王城があった場所の情報だ。
400年の間に、地形も町の位置も変わってしまっている。今の俺には、魔王城の正確な位置がわからない。そうなると誰かに聞くか──それとも、この大陸の正確な地図を見て、魔王城のあった場所を割り出すしかない。
当たり前だけど地図は貴重品で、大陸図なんてものは王都にしかない。だから、俺たちはそっちを目指している、というわけだ。
もちろん、スローライフの原則に反しないように、ゆるゆるだらだらと。
「そういうわけだ。少しこの町でゆっくりして、それから王都に向かうとしよう」
「はい。ご主人様!」
俺たちがたどりついたのは、王都にほど近い町、アグレット。
ここは王都よりは小さいが、結構な数の市場がある。この町で毒蜘蛛の『魔力結晶』と『糸の束』を金に換えて、フェンルの服と装備を買うことにしよう。
まずは素材の換金だ。
俺たちは道具屋に行って、毒蜘蛛から手に入れた『魔力結晶』と『蜘蛛の糸』を出して見せたのだが──
「兄ちゃん! この魔力結晶はどこで!?」
「西の山で、毒蜘蛛から」
「はぁ!?」
道具屋は、毒蜘蛛の『魔力結晶』を前に変な声を上げた。
この店は冒険者ギルドがバックアップしていて、主に魔物のドロップアイテムを買い取ってくれる。装備や道具なんかも売っている。
俺は前に別の町の冒険者ギルドでバイトをしていたときに登録は済ませてあるし、フェンルはこれまで、冒険者としてさすらっていた。王都までの町の冒険者ギルドはすべて同じ組織が管理しているから、俺たちは自由に店を利用できる。それと、ギルド登録者特典として、買い物するときにちょっとだけお安くなるそうだ。
……なのだけど、道具屋の店員さんが驚きすぎてて、取引はまだ進んでいない。
「毒蜘蛛って、まさか、赤と黒のまだらの!?」
「そうですねー。かなりでかかったですねー」
「強烈な毒を持ってる奴だぞ。それを!?」
「そうですねー。運が良かったですねー」
俺の言葉を聞いた道具屋の店員──それと、フェンルが目を丸くしてる。
フェンルが驚いてるのは……俺の口調が変わったからか。
そういえば出会ってからずっと、フェンルの前では魔人モードだったな。いきなり一般人口調に変わったら、驚くのも無理はないか。だが、慣れてもらわなければなるまい。『スローライフ』を送るためには、人を油断させることも必要なのだよ、フェンル。
「あのタラギルスの毒蜘蛛を!? あんたたちが倒したっていうのか!? 出会ったものの8割は生きて帰れないっていう……あれを!?」
やはり、あの蜘蛛はかなりの強敵だったのか。
そりゃそうだよな。俺の結界をやぶりかけてたし。
だが……道具屋よ、驚くところが間違っているぞ。
「お前すごいな、フェンル」
「えへへ……ありがとうございます。ご主人様」
ここは、あの強敵から逃げ延びたフェンルを褒めるところであろう?
毒を受け、すべての荷物を捨てて (結局、回収できなかった)、フェンルは俺の結界まで逃げ延びたのだ。そんな奴が他にいるか? 夜中、雨の中、ひとりで生き延びたのだぞ?
やはり、もうちょっと褒めてやらなければなるまい。
そうすれば……さらに成果を出すようになるだろうよ。
魔王城の残骸を探すまでは長い旅だ。
俺が楽に旅をするためにも、可能な限りフェンルの能力を引き出してやらなければな。まだまだ彼女の能力も魅力も未開発だ。それが目覚めたとき、どれほどの力を発揮するか、今から楽しみだ。もちろん、スローライフの原則に反しないように、ゆるゆると進めるのだがな。
まぁ、当の本人は店員を前に、どや顔で胸を張っているのだが。
しかし店員も驚きすぎだろう。魔力結晶と蜘蛛の糸を前に震えているし、俺たちを見る目が怯えている。はぁ、とため息をついて、最終確認をするように、こっちをまっすぐに見て、聞いてくる。
「信じられねぇ。本当に奴を倒したのか。あんたたち、一体何者なんだ!?」
「驚くことはありません! だって、私のご主人様は最強なんですから!」
……あ。
フェンルは腰に手を当てて、えっへん、と店員の顔を見上げてる。
「……ちょっとこっちに来い、フェンル」
俺はフェンルの手をつかんで、店の奥まで連れて行った。
そういえば、注意することがひとつあったのだ。
「……『最強』はやめておけ、フェンルよ」
店員から聞こえないように、俺は小声で伝えた。
でも、フェンルはわかっていないのか、きょとん、と首をかしげてる。
「……どうして、だめなのですか?」
「……俺の正体は秘密だ。魔人の転生体だということがばれて、人間を警戒させてしまったら、スローライフを送るという目的が達成できなくなるかもしれぬ。ゆえに、普通の冒険者だと思わせておきたいのだ。『最強』では、目立ちすぎてしまうだろう?」
「……はっ」
俺の言葉に、フェンルは驚いたように口を押さえた。
「……わかりました。もうしわけありませんでした。ご主人様」
「……わかればよい……戻るぞ」
俺たちは店員のところに戻った。
「……なんの話をしてたんだ、あんたたち?」
「なんでもありません。それより、さっきのお話の続きです」
「お、おぅ。あんたたち、一体何者なんだ!?」
「驚くことはあります! だって、私のご主人様はよわ──すごく、よわ──ああ、だめです! ご主人様が弱いなんて言えませえええん!」
「ちょっとこっちに来い、フェンル」
俺はフェンルを店の奥まで連れて行った。
「……『弱い』と言いたかったのだろうが、それは無理があるぞ。フェンルよ。弱い者が巨大毒蜘蛛を倒したなどということになれば、怪しまれるだけだからな」
「……そ、そうですよね。私も、言ってて『おかしいな』って思いました」
フェンルも不本意だったのか、困ったように頭をかいている。
「だってご主人様は、なんでもできる方ですから! 私をいやして、毒蜘蛛をあっさり倒して……そんな方を最弱だなんて……わたし、わたし……ご主人様のすごさを、みんなに教えてあげたいくらいなんですから!」
「それは嬉しいが、ここは『ほどほど』の強さをアピールするくらいでいいだろうよ」
「……わ、わかりました……」
フェンルは、むん、と拳を握りしめた。
「私、がんばります!」
「よし、では戻るぞ」
俺たちは店員のところに戻った。
「……さっきの話のお話の続きですが、私のご主人様は『ほどほど最強』でして──」
「それはもういいんだ」
「いいんですか……そうですか……そんなぁ…………」
店員は手を振って言葉をさえぎり、フェンルはがっくり、と肩を落とした。
「そうじゃなくて、あんたたちがどうやってあの毒蜘蛛を倒したのか、って話だよ」
「俺はまだ初心者冒険者ですよ。運が良かっただけです」
俺は言った。
甘いな、人間よ。魔人スキルの秘密を簡単に明かすわけがなかろう。
俺もほどほどに苦労したのだ。人間も、少しは努力してもらわなければな。
「そっか。毒蜘蛛の攻略法がわかれば、同じ種類の敵と出会ったときに、若い冒険者の犠牲も減るかと思ったんだがな……」
「まぁ、毒蜘蛛が冷凍魔法に弱いこと。山にクロワサの群生地があるから、毒消しとして持ち歩くこと、それと、なるべく敵を狭いところに閉じ込めて、遠距離で戦うこと。それくらいですね」
だから与えるのはヒントだけだ。
結界スキルを持たぬ人間には、この程度の情報、なんの役にも立つまいがな。
「感謝する! 礼として『魔力結晶』を2割増しで買い取らせてもらうぜ!」
「いいんですか?」
「当たり前だろ! そっかー。冷凍魔法か……みんな糸を燃やすことにこだわってたものな……冷やすって発想はなかったな……」
「それで『魔力結晶』と『蜘蛛の糸の束』の代金はいくらになりますか?」
感心していないで、早く会計を済ませるがいい。店員よ。
まぁ、羊皮紙にメモを取るくらいの時間は与えてやるが、こっちはフェンルを着飾らせるのが楽しみでドキワク状態なのだからな。
「『タラギルスの毒蜘蛛』討伐クエストを受注していれば、ギルドから報酬が出たんだけどな……すまん。報酬は、素材を買い取った分だけになる。それにA級危険指定の魔物を倒してくれたボーナスを加えて──金貨12枚 (銀貨1200枚)で、どうだ?」
「わかりました。じゃあ、それで」
2人暮らしなら、ほぼ半年分の収入、といったところか。
さらに外で結界を敷いて生活するとなれば、さらに費用は減るだろう。これで1年は生活できるのではないだろうか。
「あとは、この娘に動きやすい革鎧を。武器は、軽い方がいいか、フェンル?」
「はい。私の戦法は、基本的には一撃離脱型ですから」
毒蜘蛛から逃げ切ったことからわかるように、フェンルの武器はそのちっちゃな身体による機動力だ。脚も速いし、牽制の魔法も使える。なにより小柄なので攻撃を受けにくい。
その長所を活かした装備を与えるべきだろう。
「ならば、ダガーがいいかな。好きなものを選んでいいよ」
「……ご主人様と同じものがいいです」
「俺と?」
確かに、予備の武器としてダガーは持っているが。
しかし主に調理用だぞ。ショートソードで肉や野菜を切るわけにはいかないし。
そんなものでいいのか?
「俺のものは、成人の儀式のときに買った中古だぞ。もっといいものにしたどうだ?」
「ご主人様と、一緒がいいです」
……なぜ、そんな泣きそうな顔をしているのだ。
大きな目がうるんでいる。まるで捨てられそうな子どものようだぞ。
従者の考えはわからぬな。まったく……。
「……好きにしろ」
「はいっ! ありがとうございます!」
フェンルは『こどもようかわよろい』と『やすものダガー』を装備した。
「次は服だな」
道具屋の紹介で、俺とフェンルは服を売る店に向かった。
というか、今日はそっちが本命だ。
十数分歩いて──着いた先は若者向けの服と、古道具を扱う店だった。親子二代で店をやっていて、若い娘が服を、老店主が古道具の売買をしているそうだ。
入ってみると……不思議なにおいがするな。
新品の服のにおいと、骨董品のにおいだ。
なるほど。面白いものがありそうだ。
「いらっしゃいませー。なにかお探しですか」
俺たちに気づいて、受付の女性が声をかけてくる。
彼女が服を担当している店員だろう。
「この娘に可愛い服を見立てて欲しい」
俺は言った。
「はい。どんなものがよろしいでしょうか?」
「動きやすく、洗いやすいものであれば文句は言わない。予算はある。自由に彼女を飾ってくれればいい。彼女は、磨けば光るタイプだ。その魅力を存分に引き出す服をお願いしたい」
「ご、ご主人様!?」
フェンルが俺の服の袖をつかんだ。
「わ、私は古着で結構です。ここ、新品の服を扱うお店ですよ!」
「だからどうした」
「ご主人様に、余計なお金を使わせるわけには……」
真っ赤になってうつむくフェンル。
銀色の髪を、恥ずかしそうに指でいじっている。
「ちょっとこっちおいで、フェンル」
俺は彼女の手を引いて、店の入り口まで移動した。店員に声が聞こえないように。今日、3度目だけどな。
「……なぁ、フェンルよ。お前は、自分の立場がわかっているのか?」
「わかっています。わかっているから、私なんかのために無駄遣いはしないでください、と申し上げているのです!」
「では聞こう。お前は何者だ? ここでは言えぬお前の立場をを思い出すがいい」
「私は、ご主人様の──」
『魔人の従者』
俺の意を察したように、フェンルがこくん、とうなずく。
「そうだ。お前はそれだ。俺の、たった1人しかいない従者だ。魔人にとっては家族のようなものだ。そのお前が、みすぼらしい格好をしていたら、昔に死んだ俺の仲間はどう思うだろうな?」
あいつら、ただでさえ「魔王ちゃんと一緒でいいよなー」「前線にも立たないくせにさ」「いちゃいちゃしやがって、爆裂しろ!」って言いまくってたからな。聞こえるように言ったら陰口じゃねぇんだよ!
……思い出したら腹が立ってきた。
そんな奴らが、みすぼらしい格好をしたフェンルを見たらどう思うか──想像するだけで嫌になる。
「これもまた、魔人の優先順位なのだ」
「……ご主人様」
「従者はできるだけ可愛く着飾らせる。決して無駄金などではないのだ」
俺はフェンルの頭をなでた。
『冥府の魔人』のことは大嫌いだが、奴の能力は認めている。そして、フェンルは奴が『ラブリーな存在』にするために生み出した種族の子孫だ。
ならば、その魅力を充分に引き出してやるのが、主人の勤めであろう。なんだかんだ言って、フェンルは可愛いからな。着飾った姿を、俺は見てみたいのだ。
「わかったか、フェンルよ」
「私は……心得違いをしておりました!」
「よし。ならばゆけ」
「はい! ご主人様のお心のままに!」
俺たちは店員のところに戻った。
「お願いします。私ににあう……ご主人様にほめていただけるような服を選んでください!」
フェンルは一礼して、女性店員の方を向いた。
店員は目を輝かせてる。
奴も気づいたようだ。フェンルの、まだ磨かれていない原石のような美しさに。
「お客様」
「なんだ……じゃなかった、はい」
「このお嬢様を、自由に着飾らせていいんですね?」
「お任せします」
俺はうなずいた。
「ただし、裸にはしないように。フェンルの全裸を見てもいいのは、主人の俺だけですから」
「心得ました!」
店員は、ぐっ、と親指を立てた。
俺もまた、ぐっ、と親指を立てた。
フェンルが、涙目になった。
「はい。ではお嬢ちゃん。お姉ちゃんと一緒にお着替えしましょうねー」
「えっと、えとえと……その。ご、ご主人さまぁ──っ!」
店の奥へと引きずられていくフェンルに、俺は手を振りながら見送った。
さてと。
待ってる間、ノエル姉とチビたちに送る服でも買っておくかな。
確か、冒険者ギルドと提携している『配送ギルド』があったはずだ。あそこに頼めば、服も現金も、安全にジルフェ村へと送ることができるだろう。
そうだな……差出人は『漆黒の闇に在る者、X』とでもしておくか。
ふふふ。我が家族め。
差出人不明のラブリーな服を見て、おそれおののくがいい。荷物を受け取ったときの、皆の顔が見られないのは残念だが、仕方あるまい。里帰りするにはまだ早いからな。
………………ノエル姉ちゃんにチビたち……元気でいるだろうか……。
「ど、どうでしょうか。ご主人様」
店員に、そうしろ、と言われたのだろう。
店の奥から出てきたフェンルは、俺の前で、くるり、と一回転した。
フェンルが着ているのは、めずらしいかたちの服だった
なめらかな素材でできた、身体にぴったりと張り付く白い服だ。これも、勇者がいた時代に伝わった文化だっただろうか。異世界の水着のようなものだと、聞いたことがある。身体の起伏が少ないフェンルにはよく似合う服だ。
その他にもフェンルは、上半身には半袖の、丈の短い上着を羽織っている。これは皮で作られていて、そこそこの防御力もあるそうだ。腰にはベルト。買ったばかりのダガーが挟んである。足下は軽い素材でできたブーツ。そして、髪には獣耳のようなリボンをしている。
うむ。可愛い。
フェンルの魅力を最大限に引き出し、かつ、動きや格闘戦の邪魔にもならない。
すばらしい選択だ。なかなかやるな、女性店員よ。
「な、なんとかいってくださいご主人様。その……どこかおかしいですか?」
「いや、可愛くなったと思ってな」
「────っ!?」
フェンルは足から頭のてっぺんまで、ぽーっ、と真っ赤になった。
なるほど、露出部分が多いから、従者の状態がよくわかるのか。
そこまで考えてこの服を選んだとしたら……あの女性店員はただものではないな。
よし、お得意様になってやるとしよう。
「我が従者にふさわしい姿だな。見事だ。素晴らしいぞ、フェンルよ」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!」
ぴょこん
フェンルは、深々と俺に頭を下げた。
いい買い物をした。あとは、孤児院に送る服を包んでもらって、と。
それと──
「すいません、店員さん」
フェンルの後で満足そうに胸を張ってる店員に、俺は声をかけた。
「壁の下の方に飾ってある錆びた剣を、見せてもらえませんか?」
俺は店の壁につり下げられている、錆びた剣を指さした。
買い物の間、ずっと気になっていたものだ。
片刃のショートソードだが、かなり古いものだ。鞘はついていない。柄は斜めにかしいで、刃には錆がびっしりとこびりついてる。斬るどころか、振っただけで折れそうだ。
「その剣は、いつ頃のものですか?」
「冒険者をやっていた私の父が、とある場所で拾ってきたものです」
そう言って、店員は錆びた片刃剣を差し出した。
触れるとこわれそうだから、見るだけにしておこう。
「とある場所……? たとえば、墓場とか?」
「よくおわかりですね」
店員は驚いたようだった。
剣の刀身には錆がこびりついている。刃の状態はわからない。柄に刻まれた紋章が、かすかに見える程度だ。目をこらすと……頭蓋骨──じゃないな──眼球のかたちをしているのがわかる。悪趣味だ。そういう悪趣味な奴を、俺は1人知っている。
「この剣、売り物ですか?」
「もちろん。お安くしておきますよ。あなたがたは、いいお客様になりそうですから」
店員はフェンルの方を見て、にやりと笑った。
「それに、この子は本当に磨けば光るタイプですから、またお着替えさせてみたいです。ここは損得抜きで、割引させていただきます!」
「でかした、フェンル」
「……ふええええん」
フェンルは複雑な顔をしている。
店員になにされたのか、あとで詳しく聞いておこう。魔人権限で。
「じゃあその剣、買います。それと──」
店員が提示した金額を聞いてから、俺は銀貨を差し出した。
必要なのは剣そのものじゃない。それが意味する、情報だ。
「店員さんのお父さんがこの剣を拾ったという墓場の場所を、よければ教えてもらえませんか?」
「おんぼろ片刃剣」を手に入れました。そこに刻まれた紋章には、いろいろいわくがありまして……。
次回、第10話は、明日の同じ時間に更新する予定です。