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第8話「魔人、冷房病にかかる」

「結界に『えあこん』が追加されたことは、さっき教えたであろう?」

「は、はい。ご主人様が私を……ほめてくださいましたから」


 湿った身体でしがみつきながら、フェンルは俺の問いに答えた。

 俺は説明を続ける。


「あの機能は、フェンルが俺の『血の従者』になったことによってもたらされた。『えあこん』は、フェンルと関わりがある。もしかしたら、稼働するのにお前の魔力も使っているのかもしれぬ」

「そうなのですか?」

「もちろん、仮定の話だ。だが、さっきお前は俺の目の前で『風魔法』を使ってくれたな?」


 お風呂を沸かす準備をしていた時だ。

 フェンルは魔法で真空の刃を作って、それで木の枝を切っていた。

 そのおかげで素早く、たくさんの(たきぎ)を集めることができたのだ。


「ですが……私の風魔法は毒蜘蛛には通用しませんでした。べたべたする蜘蛛の糸で防がれてしまうのです。切っても切っても……きりがなくて。それに、蜘蛛の手足は硬くて、真空の刃は通らないのです……」

「では、お前の風を操る力──魔力を『えあこん』に乗せたらどうなるだろうな?」

「『えあこん』に、私の魔力を」

「そうだ。お前の魔法は風を操るもの。『えあこん』は冷えた風を作り出すものだ。お前の魔力を思い切り使えば『えあこん』であの毒蜘蛛(どくぐも)を封じ込められるかもしれない」

「……私が、ご主人様のお役に立てるの、ですね」


 フェンルは細い指で、俺の肩を、ぐっ、と握った。


「わかりました。私の魔力をすべて、ご主人様に差し上げます。思うようになさってください」

「よく言ってくれた」

「それで、具体的にはどうされるのですか?」

「簡単なことだ。見ているがいい」


 俺は結界の中で暴れている毒蜘蛛を見た。

 結界の表面を震動が走っている。結界を覆う障壁が悲鳴を上げているのがわかる。もうすぐ限界が来る。やはり毒蜘蛛のレベルが高すぎるのだ。


「だが毒蜘蛛よ……お前もしょせんは虫の一種なのだろう?」


 俺は意識を集中する。

 頭の中で『えあこん』を操作するイメージを浮かべる。すると目の前に、数字が表示された板のようなものが見えた。なんとなくだが、わかる。これは『えあこん』を操作するものだ。


「虫ならば……限界まで低温にしてやろう。ゆくぞ!」

『グォ? グオオオオオオ?』


 毒蜘蛛が俺の方を見た。

 だてに前世で魔人をやっていたわけではない。魔物の生態くらいは、だいたいわかる。この毒蜘蛛は初めて見る相手だが、虫系統の魔物であることに変わりはない。

 そして、ほとんどの虫は、寒さに弱い。

 すぐには死ななくても……気温が下がれば、動きはにぶく(・・・・・・)なるのだ(・・・・)


 目の前の板には、2桁の数字が表示されている。

 これを減らせば温度が下がるようだな…………だったら。

 俺は数字を1桁に減らした。


「結界内の温度調整を行う。『えあこん』よ、出力最大! 最低温度で稼働せよ!!」

「……んっ」


 俺の背後で、フェンルがびくん、と震えた。

 彼女から俺に向かって魔力が流れ込んでくる。

 同時に、蜘蛛を閉じ込めた結界が震え始めた。


『──グウウオオオオオオオッ!!』


 しゅごーっ!


 結界内で風が渦を巻き始める。

 内部と外部の空気は遮断してある。結界内は、毒蜘蛛がぎりぎり入れるだけの密閉状態だ。そこで最大出力で『えあこん』を稼働させると──どうなるか──。


『………………グォ…………ア』


 冷えてる冷えてる冷えてる冷えてる。すごく冷えてる。

 見ているだけでわかる。結界の表面に、霜がつきはじめてる。

 毒蜘蛛はまだ内部で暴れている。糸を吐き出し、太い足で結界の壁を叩いている。


「『えあこん』よ! 俺の魔力も持っていくがいい! 毒蜘蛛を凍えさせよ!!」

「──はうっ。はうはうっ」


『グガアアアアアア────ナンダ──コレハ──フルエ──ル──』


 がつん……がっ…………が…………。

 蜘蛛が結界を叩く音が──だんだんとゆっくりになっていき……止まった。


 結界の表面は霜で真っ白だ。中の様子は全くわからない。

 俺はフェンルを地面に寝かせて、ショートソードを手に取った。


 ゆっくりと近づき──結界の中にショートソードを差し込むと──




 さくっ




 何の抵抗もなく、蜘蛛の胴体に突き刺さった。

 蜘蛛はまったく抵抗しない。というか、身動きひとつしない。

 剣を差し込んだ場所の霜が消えて、中が見えた。毒蜘蛛はまだ生きてる。ほとんど硬直状態だが、脚だけが、かすかに地面をひっかいている。結界を破るのはあきらめて、地面を掘ることにしたようだ。『えあこん』の冷気を避けるためか。だが、そんな時間を与えるつもりはない。

 せっかく動きを封じたのだ。さっさと片付けるとしよう。


「従者にする前とはいえ、フェンルを殺しかけた罪、その身をもってあがなえ!」


 俺は毒蜘蛛の口に向かって、ショートソードを突き立てた!


『…………グァ…………ガ』


 もう一度、今度は腹へ。刺して、そのまま切り下ろす。

 赤黒い体液が噴き出したから『遮断:蜘蛛と、その分泌物』を宣言。

 最後にもう一撃、ショートソードを蜘蛛の頭部にたたき込む!


『……ゴガッ』


 八本の足が、びくん、と震え、蜘蛛の頭が、がくん、と地面に落ちた。

 蜘蛛の身体はしばらく痙攣していたが、数十秒でそれも止まった。

 念のため、数分間、様子見。

 そして、毒蜘蛛が完全に動かなくなったのを確認してから、俺は結界を解除した。




 巨大毒蜘蛛をたおした!




「……さすが異世界の技術だ。『えあこん』……おそるべし」

 毒蜘蛛を凍えさせるほどの出力があるのか……『えあこん』

 使いすぎに注意しよう。

 暑いからといって、設定温度を低くしすぎたら、こちらの身体までやられてしまう。本格的に使う前に、最適な温度を調整しなければなるまい。


「フェンル。毒蜘蛛は倒したぞ。よくがんばったな」

「はい……ごしゅじん……さま」


 素裸のフェンルは、河原に横たわったまま、こっちを見ている。

 初戦というのに、よくがんばった。

 ほうびとして、町に行ったら好きなものを買ってやろう。

 なぁに、資金はたぶん、十分すぎるほど手に入るはずだ。


 俺は死んだ毒蜘蛛を見下ろしていた。

 しばらく待つと、蜘蛛の身体から、魔力結晶が浮かび上がった。

 大きさは子どもの頭くらい。強敵だっただけあって、でかい。これは高価く売れそうだ。それと、死体の脇には『蜘蛛の糸の束』が転がってる。ドロップアイテムだ。両方売れば、フェンルの服と装備を買ってもおつりがくるだろう。


「……おや」


 ぺたん

 気づくと、俺の身体からも力が抜けていた。魔力を使いすぎたようだ。

『えあこん』はフェンルだけでなく、俺の魔力も消費するのか。やはり使いすぎか危険ということだ。魔人といえども、まだまだ知らないことはあるものだ。

 次回から気をつけなければなるまい。


「戒めの意味をこめて、この症状を『冷房病』と名付けよう」


 俺はショートソードを杖がかわりにして立ち上がる。

 全裸のフェンルを放置してはおけないし、蜘蛛の死体を狙って別の魔物が来るかもしれない。アイテムは回収した。さっさとここを離れなければ。


「……俺の方はなんとか動けそうだな」


 俺は荷物を腰に提げ、フェンルの身体を背中にかついだ。


「お前のおかげで強敵を倒せた。感謝する。我が従者よ」

「ありがと……ございます……ご主人……さま」


 うむ。やっぱりフェンルは軽いな。

 町に行ったら、うまいものを腹一杯食べさせてやらなければ。孤児院の先代院長──ノエル姉ちゃんの母親、イライザ母さんの言葉ではないが、子どもをハラペコにしておいてはいけない。フェンルも、年齢的には成長期でもあるのだから、もっとたくさん食べさせなくては。魔人の従者であるからには、重くて担げなくなるほどには食わせてやらねばなるまいよ。


 ……いや、それは無理か。

 フェンルは10歳で成長が止まってしまっているのだから……10歳で。


「……なぁ、フェンルよ」

「は、はい。ご主人様」


 少しだけはっきりした言葉が返ってくる。

 歩いているうちに、多少は回復したようだ。


「お前の種族は10歳で成長が止まると言ったな」

「はい。そうです」

「だが『術の魔人(ガルフェルド)』の奴は、どうしてお前たちをそんなふうに作ったのだろうな? 『勇者対策』のために作られたのたのだと思っていたが……それなら、身体をもっと成長するようにした方がいいはずだ。そのあたりがわからない」


 フェンルの一族は、獣人を元に作られている。それは人間の知力と、獣の生命力を十分に使い尽くすためだそうだが……。だったら10歳で成長を止める必要はないはず。

『勇者対策』の兵士にするためならば、少なくとも十代後半にした方がいいのだが……。


「私たちが作られた理由は……言い伝えのようなものですが、聞いたことがあります」


 俺の背中で、フェンルが、ぽつり、とつぶやいた。


「私たちの一族が作られたのは、獣の生命力と人の知恵、それと人の美しさを利用するためだそうです」

「美しさ、だと?」

「はい。身体を小さいままで保つことによって、成長に使う分の生命力を節約できます。つまり、獣の生命力を身体の維持に使うことができるのです」

「……具体的には?」

「お肌がつやつやになります」


 ……確かにつやつやだな。触れてるからよくわかる。


「髪もきらきらつやつやです」


 ……なるほど。きらきらつやつやだな。

 確かに、洗ってみるとフェンルはかなりの美少女ではあるのか。ちっちゃいから俺の対象外ではあるが、きれいな少女であることに間違いはない。


「つまり『術の魔人ガルフェルド』は、美しい少女を作り出すために、わざわざ人造生命体を作り出したと?」

「そう聞いています」

「どうしてそこまでして?」

「世界でもっとも美しい魔王さまに匹敵する、ラブリーな存在を作り出すためだそうです」


 ……ちょっと待て。


「すまない。よく聞こえなかった。もう一度」

「はい。『術の魔人』さまは、魔王さまに匹敵するラブリーな存在を作り出すため、私たち『ガルフェルド』を作り出したという言い伝えが……」

「ごめん。やっぱりいいや」

「はぁ。そうですか」

「……………………」

「……………………」


 沈黙が重い。

術の魔人(ガルフェルド)』……お前はすげえよ。その熱意と創造力。方向性は恐ろしく間違ってるけど天才だったよ。お前は。

 おかげで目的がひとつ増えた。

 もしも魔王城の跡地を探してる途中でお前の墓を見つけたら、問答無用で吹き飛ばしてやる。それが嫌ならゴーストになって出てこい。そしてとりあえず、フェンルと彼女の姉に謝れ。そして身体が成長するように変えてやれ。

 ……新たな種族を生み出すだけならともかく、しょうもない理由で変な設定付け加えてるんじゃねぇよ……ったく。


「……すぅ」


 フェンルはいつの間にか、俺の背中で寝息を立てている。

 疲れたのだろう。病み上がりだからな。

 ふむ……眠っているのか。だったら……。


「血の繋がらない家族など、俺にとっては珍しいものではない」


 できるだけ小さな声で、俺は言った。


「家族だろうが従者だろうが、ひとりくらい増えても、魔人にとってはどうということはないのだ」


 さすがに2桁になったら困るけどな。


「だから身の振り方が決まるまで、そばにいればよかろう。お前のおかげで毒蜘蛛を倒せたのだ。ほうびとして、住む空間も増やしてやるし、服と装備も調えてやる。好きなようにすればよいさ。魔人は、従者の気分など気にしないのだからな」


 フェンルは応えない。

 なるほど、本当に眠っているようだ。だったら。


「あと、今日の昼食は干し肉と昨日の残りのミドリアオザ豆と、クロワサたっぷりの激辛シチューだ。熱々をお前に食べさせてやろう!」

「申し訳ありませんご主人様! 熱いのとからいのはちょっと──」


 起きてんじゃねぇか。

 道理でさっきから鼻息が荒いと思ったよ。


 ……ふっ。眠ったふりで魔人をごまかせると思ったとはな。なめられたものだ。

 これは罰を与えねばなるまいよ。

 ふむ……そういえばフェンルは、魔王ちゃんに匹敵する美しさを追求するために作られた種族だったな。


「なるほど。ではフェンルよ、お前が本当に魔王に匹敵する美しさを持つかどうか。俺が判定してやろう」

「え? え? えええええ?」

「町についたら覚悟するがよい。存分に着飾らせてやる。嫌だと言っても、恥ずかしいと言っても聞かぬ。お前に似合う服をみつくろって、本当に魔王と同じくらい美しいかどうか見てやろう。なにせ、この世界でその判定ができるのは、この魔人ブロゥシャルトだけなのだからな!」

「ご、ご主人様。それはあまりにも恐れおおく……というか恥ずかしいです! ごえんりょさせてくださいいいっ!」

「聞かぬ!」

「そんなあああああああっ!」


 いまだすっぱだかのフェンルが絶叫したが、そんなものに魔人が心を動かされるわけもなく──

 明日町に行ったら、魔人の気が済むまでかわいくされるという罰が、我が従者に下されることになったのだった。



というわけで、町に買い物に行くこと、決定です。フェンルに似合う服を探します。

次回、第9話は明日の同じ時間に更新する予定です。

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