第64話「魔人、再会する」
「ここが『静寂の塔』の最上階か」
階段を降りるとそこは、大広間だった。
四方には、石の柱が立っている。部屋の隅には階下に続く螺旋階段がある
部屋の中央には朱色のカーペットが敷いてあり、純白の玉座に続いている。
主を待つように飾られた玉座には、今は誰も腰掛けてはいない……。
……おや?
なんだか、妙に見覚えがある作りなのだが。
というか、この配置、魔王城じゃね?
「しかもあの椅子、魔王ちゃんの玉座のレプリカだよな……?」
んん?
よくわからなくなってきたぞ?
なんで人間の領主が、こんなものを作ったのだ?
というか、ここは武術大会の優勝者を表彰するための場所だよな?
なんでそれが、魔王城の玉座の魔のレプリカなのだ?
「シンシアの父は、どっかで手に入れた古文書をもとに、この塔を作ったと言っていたな……?」
で、この最上階が、魔王城と同じデザインだということは。
もしや古文書を残したのは、俺の同僚……『建築の魔人』か!?
「だとすると、隠し部屋も同じ場所にあるはずだな。東側の壁。窓のない部分……と」
……うわー。
信じられねぇ。本当にあった……。
位置は、俺の胸の高さ。フェンルだったら目の位置。
そこに『建築の魔人』の紋章が刻んである。
なんでフェンルの目の高さかというと、魔王ちゃんも同じくらいの背丈だったからだ。
魔王城の隠し部屋は、魔王ちゃんが秘密の宝物をしまう場所だから、彼女が開けやすいようにする必要があった。『建築の魔人』は彼女のリクエストに応えたのだ。
「確か……『魔人のみんなは入っちゃダメ! 特にブロブロは絶対にダメだからね。開けちゃだめだよ! 絶対だよ!』って言ってたな。毎日のように俺が開けたかどうかチェックして、開けてないと文句を言われてたような気がするが……」
あの部屋には、なにがあったんだろうな……。
というか、この先には、なにがあるんだろうな……。
「フェンルよ。お前はどう思う? この塔と魔王城の関係について」
「……まおうじょうは……」
「うむ。魔王城は」
「いつかハネムーンで……行ってみたいです……」
「ああ、お前がいい相手を見つけたら、旅行代くらいは援助してやるとも」
痛っ。主人の髪を引っ張る奴がいるか。
寝てるのか起きてるのかはっきりしろ。
「……まぁ、万一お前の結婚相手が現れたら、俺が実力を試すくらいのことはするだろうよ。大事な従者を渡すのだからな。俺が求める強さを兼ね備えていなければ……」
「……ぐたいてき……には?」
「ふふふ。そうだな。俺とお前の結婚相手が、互いに右腕だけで戦うというのはどうだろう。そして相手の右腕を折った方が勝ちだ。魔人の従者を嫁に取るのだからな……それくらいの覚悟がなければならぬだろうよ」
「……むりですよぅぶろぶろさまぁ……むじゅんしてます……ぶつりてきに……」
「安心しろ、物理法則を超越した相手だろうと、魔人の力でねじふせてくれる」
俺を倒せるくらいの相手でないと、安心してフェンルを渡せないからな。こいつ、幼女化がくせになってしまっているし。
もしもそういう相手があらわれなかったとしたら……その時はしょうがない。
気が済むまで、俺の側にいればいいだろうよ。魔人の『結界』は、1人くらいなら、一生住まわせることができるからな。いや、従者が増えて大きくなったことを考えると……2桁くらいはいけるか。
「居住性では、すでに魔王城を超えてるかもしれんからな、俺の『結界』」
さて、と、迷っているのもここまでだ。
隠し部屋を開く覚悟はできた。
この『建築の魔人』の紋章を押して、その先になにがあるか、見極めてくれる。
トランポリンで屋上へ、というやり方が通じるのは、おそらく1度だけだろう。
2度目はない。
今度、同じ手を使ったら……フェンルが完全に幼女化で固定してしまうだろう。今だって、意識が戻っていないのだからな。
ただでさえ面倒を見る相手が多いのに、これ以上、仕事を増やしてなるものか。こんな思いは一度で十分だ。というか、さっさと通常状態に戻れ、フェンルよ。
「さもないと魔王城に連れて行ってやらんぞ」
「……ふみぃ」
ああ、そうだ。俺はもう、魔王城の場所をつかんでいるのだ。
シンシアの父が古文書を手に入れた場所が、おそらくは魔王城の跡地近くだ。そしてこの塔が『建築の魔人』の遺物ならば、さらに正確な手がかりが残っている可能性がある。
魔王ちゃんがなにを考えていたのか……『建築の魔人』がどうしてこんな塔の設計図を残したのか、生き残りの魔人としては、知らなければなるまいよ。
「『建築の魔人』か……一番わかりにくい魔人だったよな、お前は」
俺は『建築の魔人』の紋章に触れて、言った。
「他の魔人と一緒に、俺にさんざんトラップを仕掛けたくせに、魔王ちゃんの部屋から俺の部屋への隠しルートを作りやがった。お前は一体、なにがしたかったんだよ」
答えはない。
代わりに俺は、紋章に力を入れて、押した。
がたり。
壁が動いた。
ぽかり、と、ちょうどフェンルが通るのにちょうどいい空間が生まれる。
そして、その先には──
「透明な、棺……?」
ガラスのように見えたけれど、違う。
これは俺の『結界』と同じように、なにか魔法的なものでできている。隠し部屋の壁には、無数の紋章と魔法陣がある。これが周囲の魔力を集めて、この棺を作り出しているのだろう。
もちろん、棺には人が入っていた。
たぶん、俺が知る限り、この世界で最も美しい少女が。
年齢は、フェンルより幼いくらい。10歳に満たない程度。
髪はプラチナブロンド。肌は真っ白で、純白のドレスを身につけている。
耳は、少しとがっている。ハーフエルフっぽくて神秘的、と自慢していたような気がするな。
目は固く閉じている。だから色はわからない。俺の記憶通りなら、紫色だったはずだが。
棺の中の少女は、胸に手を当てて──眠っていた。
いや、違うか。
『時の流れをゆるやかにしている』といった方が正しい。
俺も『障壁の魔人』だ。この塔の隠し部屋が、一種の魔法結界だということくらいわかる。
『変幻の盾』と『結界』が、さまざまなものを『遮断』しているように、この部屋は『時の流れ』を遮断している。
この塔が作られたのが10年前。
棺の少女がいつから眠っているのかはわからない。
だが、間違いなく、この隠し部屋は、彼女を眠らせるためのシステムだ。
「これが『沈黙の姫君』か」
「そうだよ。ブロブロ!」
ぽかり。
また、後ろからちっちゃな拳が飛んできた。
「フェンル?」
「むふーっ!!」
いつの間にか、フェンルが俺の背中から降りていた。
「もー。ぷんすかだよ! わたし、怒ってるんだよ、ブロブロ!」
フェンルは腰に手を当て、胸を反らして、まっすぐに俺をにらみつけていた。
このポーズ。ふんわりとした威厳をたたえた表情。唇の端を、軽くつり上げる癖。
まさか。
「魔王ちゃん……いや、魔王アデルリッゼ!?」
「ふっふーん。ようやくブロブロ、わたしの名前を呼んだねー?」
「いや、前に呼んだだろ。ヴァンパイアのエノに会ったとき」
「そんなことはどうでもいいのーっ!」
本物だ。
この、都合が悪くなると話を逸らす癖も変わらない。
前に会ったのは400年前だけど、今もはっきりと覚えている。
「まさか、フェンルが魔王ちゃんの転生体……なのか? でも、魔王ちゃんの姿をしているのは、この棺の少女の方だ。だったらどうしてフェンルが魔王ちゃんの言葉を話してるんだ?」
「聞きたい?」
つんつん。
魔王ちゃん入りフェンルは、人差し指で俺の胸を突いた。
「あのねー? ブロブロが『アデルリッゼ愛している』って言ったら、話してあげるよー」
「あ、この壁に書いてあった。この『棺の少女』の由来」
「こらーっ」
魔王ちゃん黙ってて。集中できないからな。
えーっと。なになに……?
『ここに眠るのは、自治都市の現領主の、最初の娘。名前はリッゼル。
彼女は生まれつき身体が弱く、長くは生きられないと言われた。
が、彼女は天才的に頭が良かった。時に冒険者を雇い、さまざまな遺跡の探索を行わせ、自分を長生きさせるためのアイテムを集めた。そのひとつが、この塔の設計図。
それを彼女は建築家のルータル=トルミアに与え、この塔を作らせた。
この塔は周囲より魔力を集める役割をしている。そして最上階のこの部屋には『時の流れを遅くする』能力がある。
その力を使って、彼女は8歳のとき、棺の中で眠りについた。
彼女は夢の中で、お告げを聞いたという。
「適格者が武術大会で優勝したとき、自分はこの部屋から出てくるであろう。
そしてその者の『真実の愛』により、病は癒えるのだ」
──と。
幼くして天才であった彼女は、資産を運用することにより、武術大会の資金を作り出した。
だが、いまだにリッゼル姫が、隠し部屋から出てきたことはない。
そうして武術大会は町のイベントとなり、今も続いているのだという……』
「……なにやらかしてんだよ、魔王ちゃん」
「ブロブロがいけないんでしょーっ!」
フェンルは、ぽかり、と俺の胸を叩いた。
「わたしを残して、勝手に死んじゃうから! わたし、転生魔法でブロブロを追いかけたんだよ! 今度は、絶対に逃げられないように、魂をたくさん分けて、絶対にブロブロを攻略するために。
でもねー。
一番大きなわたし……リッゼルは、他の子より少し早く生まれてしまったの。
せっかく、ブロブロに見つけてもらうために、昔と同じすがたで生まれたのにねー。
だから、ブロブロがわたしを見つけてくれるまで、そのままのすがたで眠ることにしたのー。
武術大会を開いたのは、ブロブロが見つけやすいようにするため。ブロブロは世界で一番つよくてかっこいいから、いつか参加して、絶対に優勝してくれると思ったの!」
……まじかー。
魔王ちゃん、転生して数年で、そこまでしたのか。
というか、知性と才能の無駄使いじゃね? 世界の半分くらいは支配できるだけの能力持ってるのに、魂を分散して、塔を造って武術大会開くとか……って、ちょっと待て。
このリッゼル姫が、魔王ちゃんの転生体で、能力や記憶を色濃く残してるとしたら──
「……病弱ってのは?」
「うそだよー」
嘘かよっ。
……子どもってこええな……。
普通だったら絶対にしないこと、平気でするもんな。
「魂を分けたって……まさか」
「そうだよー。フェンルはわたしの魂の一部だよ。こうして、一番大きなわたしに近づいたから、ちょっとだけ身体を借りてるの。ミリエラもそうだよ。他にもいるよ……ひのふの……えっと、わたしも入れてじゅういちにん!」
「多いな!」
「ブロブロがいけないんでしょー!? わたしを置いて死んじゃうから!」
それを言われると弱いな。
俺は、魔王ちゃんを守りきることができなかった。本当なら、最後まで生き残って、守り続けなければいけなかったのに。
「だから、誰かがいつも一緒にいられるようにしたかったのー。ブロブロを全方位から攻略して、『アデルリッゼ愛してる』って言って欲しかったんだよ。わたしじゃなくても、誰かひとりでも……」
「みんながすぐに従者になったのは……?」
「だってそうしないと、ブロブロの家族になれないでしょう? 従者だったら、ブロブロ、ちゃんと家族あつかいしてくれるもんっ! 孤児院のみんなは、家族だから、従者にならなくてもよかったけどねー」
「まぁ……なんというか、その。魔王ちゃん」
「ミリエラとは一緒におふろ入ったよねー」
「……むぅ」
「フェンルのはだか、見たよねー。ちっちゃなときなんか、ノエルのおっぱいをさわったよねー」
「ノエル姉ちゃんにも魔王ちゃんの魂が!?」
「全属性でブロブロを攻略するんだもんっ! 妹にも、お姉ちゃんにも、わたしのかけらがあるんだもん!」
魔王ちゃん入りのフェンルは、また、えっへん、と胸を張る。
「そうなると、フェンルやミリエラたちは……全員、魔王ちゃんの生まれ変わり、ということなのか? 人格とかも?」
「記憶を受け継いでいるのは、このリッゼルだけだよー」
だと思った。
今まで出会った少女たちも、最初は俺のことを知らなかったからな。あれが演技だったとは思えない。特にフェンルに、そんなのは絶対に無理だ。幼女化した瞬間にばらしてるだろうな。
「他のみんなは、それぞれ新しい人として、まっさらな状態で、生まれてきたんだよー? 魂がつないだのは、ブロブロとの縁。みんな普通に生きて、普通に、ブロブロと出会って、ブロブロを好きになったんだよ?」
「あのさ、魔王ちゃん」
「なにかなー、ブロブロ」
「……やりすぎ」
「ふーん、だ、ブロブロめー。おとめごころなめんなっ!」
魔王ちゃん入りフェンルは、拳を突き上げて叫んだ。
どうしたものかな……。
結局、俺のまわりにいる少女たちには、魔王ちゃんの魂のかけらが入っていた。
ノエル姉ちゃんも、ミリエラも、フェンルも。
本人たちに自覚はないようだけど、みんな、『魔王ちゃんの転生体』であることに代わりはない。
「……そういえば、魔王ちゃんの遺産って、どうなったんだろうな……」
「この塔をつくるのと『武術大会』のうんえいひに、つかいはたしたー」
「だと思ったよ!」
ということは、魔王城は国内にあったわけか。
でないと、魔王ちゃんが人をやって、遺産を回収することもできないからな。
しかし、魔王ちゃん、小さいのによくここまで……。
さすがは『超絶理解能力』を持つ、我らの王だ。力の入れる方向を、完全に間違ってるけどな!
「この塔の設計図は『建築の魔人ヒデルナルナ』が書いたものでねー、魔王城のかっこいい強化案がもとになってるの。昔のわたしの遺産と一緒に、取っておいたんだよ。せっかくだから、使うことにしたの」
魔王ちゃんは、えっへん、と胸を張った。
「相当、お金かかっただろうな……」
「でも、ブロブロとまた会えたから」
はぁ。
なんとなく、力が抜けた。
さすが魔王ちゃん。魔人も勇者も、完全に出し抜いてる。
やっぱりあなたは桁違いの存在だよ。魔王アデルリッゼ……。
「ブロブロ、おこったー?」
「まさか。400年ぶりに出会った王に向かって、怒ったりするものか」
そもそも俺が魔王ちゃんの遺産を探してたのは、彼女がもういないと思っていたからだ。
魔王ちゃんが転生しているのなら、俺が遺産に手を出すことはない。あれはもともと、魔王ちゃんのものなのだからな。うむ。
「わたし、ブロブロが怒ったところ、すきだよー?」
フェンルは魔王ちゃんの表情で、俺の顔をのぞきこんだ。
「わらったところも、こまったところも、ねかしつけてくれるかおも、髪を洗ってくれる手も、ぜんぶだよ? だから、これからも一緒にいてくれる? わたしと、みんなと」
「無論だ」
こうなったら、覚悟を決めるしかあるまい。
転生したとはいえ、俺は『障壁の魔人ブロゥシャルト』だ。
魔王ちゃんの転生体がここにいるのなら、することは決まっている。
「わかりました、魔王ちゃん……いや、魔王さま」
俺は、魔王ちゃん入りフェンルの前に、ひざまづいた。
「棺の中にいる姫を、俺が解放する。それがあなたの願いなのだろう? ならば俺は、それを叶えるだけだ」
「うん!」
フェンルの姿の魔王ちゃんは、勢いよくうなずいた。
「それで、このリッゼル姫を目覚めさせるにはどうしたらいい?」
「武術大会で優勝して、くちづけしてくれたらいいよ?」
「わかった。俺の『結界』で『時間操作魔法』を遮断して引きずり出そう」
「……おとめになにをするつもりなの……」
魔王ちゃん入りフェンルは、がっくん、とうなだれた。
だって……なぁ。
この『棺の少女リッゼル』は、魔王ちゃんの姿をしているとはいえ、ミリエラよりも小さいのだ。武術大会に優勝してここに来るということは、少なくとも誰か、偉い人が立ち会っているわけで。
その人の前でちっちゃなリッゼルにくちづけってどうなのだ。
「じゃあ、いちどだけー」
フェンルは、ぴん、と、人差し指を立てた。
「今年の武術大会で、ブロブロが優勝したら、くちづけ。そうじゃなかったら『結界』で引きずりだしてもいいよー」
「いいのか?」
「ブロブロに無理はさせられませんからー」
さすが、我が上司。
部下を大事に思ってくれているらしい。
人間たちには理解されなかったけど、魔王ちゃんは、人間も魔人も魔物も、大切に思っていた。
そういうところは尊敬しているし、俺も彼女を大事に思っている。
まぁ、それが恋愛感情かどうかは……あと10年もすればわかるだろう。
「わかった。俺が武術大会で優勝したら、正式に迎えに来る」
「くちづけっ!」
「わかったわかった」
そうして俺とフェンルは、指切りをした。
「ああ、ずいぶん時間が経ってしまったな。シンシアとリーティアを呼びに行かなければ」
「そうだねー」
「……あのふたりは違うよな? 魔王ちゃんの魂のかけら、入ってないよな?」
「んん?」
魔王ちゃん入りのフェンルは、なぜか、すごくいい笑顔で首をかしげた。
「魔王ちゃん?」
「わたし、すごく苦労したんだよ? ブロブロの好みが、わからないから。お嬢さまやメイドさんはどうかな……って」
まさか。
「だから、いろんなわたしと……みんなと、一緒にいようね」
そう言って魔王ちゃんーーフェンルは、俺の手を握った。
「400年もかかったんだから、その時間を取り返せるくらい、くっついて、仲良しで、みんな……だいすきなブロブロと、一緒に……ね」
最後にそう、言い残して。
魔王ちゃん入りフェンルは、くたん、と崩れ落ちた。
俺がその身体を抱き留めて、しばらくすると──
「あ、あれれ? わたし、今までなにを?」
「お疲れ様だ。フェンル」
「へ?」
説明は後だな。
自分が魔王ちゃんの転生体だと知ったら、フェンルは混乱──は、しないか。
ショックのあまり幼女化して、大はしゃぎするのが見えるようだ。
「詳しい話はあとでするが、この『棺の少女リッゼル』が魔王ちゃんの転生体で、彼女を目覚めさせるために、俺は武術大会で優勝しなければいけなくなった」
「え、ええ、えええええええええっ!?」
フェンルは声をあげた。
まぁ、そうだろうな。
「とにかく、優勝するにしろ、しないにしろ、俺はこのお方を目覚めさせなければならない。そしたら……みんなで村へ帰ろう。お前を、俺の家族に紹介しなければいけないからな」
「家族……に?」
「お前も、俺の家族だ。なんかしらんが村には学校ができてるらしい、お前もそこで学べ。そうすれば……たぶん、魔王ちゃんにちょっと近いぐらいの能力が身につくだろう。それから……そうだな。村でずっと暮らすのも良し、みんなで旅に出るのもいいだろう」
俺はフェンルの手をつかんで、立たせた。
結局のところ、魔王ちゃんは世界を恨んでなんかいなかった。
あの恐れは……前世で魔王ちゃんを守れなかった俺の引け目が生み出したものだ。
魔王城の遺産はもうない。だけどまぁ、それも構わない。
俺の『結界』能力は、それだけで十分スローライフを送れるほどに強化されている。
広く、やわらかく、俺の家族全員が、のんびりゆったり暮らせるくらいに。
だから、これでいいのだろうな。
「しかしなー。武術大会優勝って、魔王ちゃんも無茶ぶりするよなー」
「がんばってください。ブロブロさま!」
「無理だろ。いや、逆に優勝したくないんだけどな」
優勝したらくちづけ……って、全世界に幼女好きだと誤解されてしまうではないか。
まったく。
「大丈夫だろ。まともに考えれば、俺が優勝できるはずがない」
「そうでしょうか?」
「トーナメントの参加者が何十人いると思ってるのだ? 俺が優勝するなど、奇跡でも起こらなければありえぬよ」
「じゃあ、賭けますか?」
そう言ってフェンルは、にやりと笑った。
「ブロブロさまが優勝したら『フェンルあいしてる』と、試しに言っていただけますか?」
「棄権したくなってきた」
「ひどいですー!」
そうして俺たちは、隠し部屋を出た。
棺の中で眠る魔王ちゃん……棺の少女リッゼルに手を振って。
さてと、屋上でシンシアとリーティアを回収して、地上に戻るとしよう。
それから、武術大会の準備だ。
優勝できるとは思わぬが、できることはやっておかねばなるまいよ……。
──数日後。武術大会第1回戦──
「他の参加者が全員棄権したため、優勝はクロノ=プロトコルさんです!」
……どうしてこうなった。
────────────
──その後の自治都市の記録には、こう記されている。
『棺の少女リッゼル』は目覚め、武術大会の優勝者と共に旅に出た。
領主たちは反対したが、リッゼル姫の意思は固く、さらに侯爵令嬢ナターシャ=ライリンガと、伯爵令嬢ニーナ=ベルモットの口添えもあり、結局は『静養のため』辺境近くの村へと旅立つこととなった。
その旅立ちは、とても派手だった。
数十人が乗れる上に、浮遊する馬車など、誰も見たことがなかったからだ。
そう……その馬車には辺境の『ジルフェ村』の子どもたちと、リッゼル姫より少し年上の少女……いや、幼女たちが乗っていた。
彼女たちの様子を見た者は、誰もが驚いたことだろう。
全員が、まるで生まれる前からの姉妹のように、仲むつまじかったからだ。
その中心にいたのが、武術大会の優勝者クロノ=プロトコル。
馬車も彼が、なんらかの能力で作り出したものだったのかもしれない。
武術大会の優勝者の彼を、仕官させようとする貴族は多かった。
が、彼は結局、誰の誘いにも乗らなかった。
断る理由は不明だったが、リッゼル姫はこう言っていた。
「クロノはねー。結局、わたしたちがわちゃわちゃしてるのを、見るのが好きなんだよ。それだけなんだよー」
──と。
彼らが戻ったあとの『ジルフェ村』は、すさまじい発展を遂げた。
村の学校は、世界を変えるほどの才能を多く輩出し、『ジルフェ村の学校に行かない者は、世界を語ることなかれ』と言われるほどとなった。
特筆すべきは、その治安の良さだろう。
魔物もいなければ、犯罪者も近づけない。本人さえも気づかないうちに『遮断』されてしまう。
そうして村は『ジルフェ村の奇跡』と呼ばれるほどの大発展を遂げたのだ。
その後のリッゼル姫と、クロノ=プロトコルたちの記録は、残っていない。
村に戻った数年後、彼らは全員、旅に出たと言われている。
行き先について問われた彼らは、
「昔の城を見に行くことにした」
それだけ言い残していったと、自治都市の記録には記されている。
転生魔人の『どこでもスローライフ』 進化する『盾』と『結界』で快適無双
おしまい
そんなわけで、魔人さんのお話は、ここでおしまいになります。
きっとこれからも魔人さんも魔王ちゃんも、フェンルもノエル姉ちゃんも、仲良くわちゃわちゃしていることでしょう……。
ここまでおつきあい、ありがとうございました!




