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第63話「魔人、塔の屋上でくつろぐ」

静寂(せいじゃく)の塔』の屋上は、小さな庭園になっていた。

 俺たちは浮遊能力を与えた『結界』に乗って、そこにふよふよと舞い降りた。


 庭園の中央には、鉄製の扉のついた小屋がある。

 そこが、屋上から塔に入るための扉らしい。


「俺は中に行くが、シンシアとリーティアはどうする?」


 俺は聞いた。

 リーティアはともかく、シンシアはまだ青い顔でうずくまっていたからだ。


「まずはゆっくりと、塔の屋上を眺めていたいのです」

「私は、お嬢様におつきあいします」

「では、これを使うがいい」


 俺は屋上に新たな『結界』を展開した。


「中にベッドを設置しておいた。壁を叩けば水が出る。シャワーを浴びたい時は『熱くなれ』と思って叩け。だが、あまり長時間は困るぞ」

「わかっております。夜明けまでに降りなければなりませんから」

「いや、のぼせると困るからな」

「不法侵入後にシャワーでのぼせるほどのんきではございません!」

「そうか?」


 どうせこの塔、武術大会が終わるまで誰も入らないのだから、何泊かしてもいいと思ったのだが。


「だが、シンシアのその緊張感は評価に値する。ならば、リーティア」

「はい。クロノさま」

「これを使うがいい」


 俺は『収納結界』から、短い布を取り出した。


「ここに、最近手に入れた『あかすりタオル』がある。これを使えばシンシアの入浴時間を限界まで減らせるはずだ。使うがいい」

「かしこまりました」

「だからどうしてシャワーを浴びること前提なのですか!?」


 それはシンシアが冷や汗で全身びっしょりになっているからだが?

 ……なんだ、気づいていなかったのか。

 せっかく、父君の遺産を目にするのだ。身だしなみは整えた方がいいだろう。というわけで、着替えは結界の中にある。フェンルのものが使えるはずだ。あと、落ち着くためのホットミルクを渡しておこう。クッキーも焼いておいた。よし、食べたな。そうだ。クッキーを食べて、ミルク飲んで……はい、落ち着いたらシャワーに行こうな。こらこら、寝るな。


 ずっと追われる身で疲れが溜まっていたのだろうな。だが、寝るならせめて身体を流してからにしろ。

 リーティア、すまぬがシャワーを一緒に浴びて……いや、違う。手を引っ張るな。俺がお前と浴びたいわけではない。え? シンシアお嬢様と旦那さま以外に興味が持てる人と初めて出会った、か? どんだけひどい家だったのだ。シンシアの実家は。


「今日より、クロノさまを『旦那(だんな)さま』とお呼びしてもいいでしょうか?」

「別に俺はお前の主人になるつもりはないぞ。リーティア」

「これは主従関係のない『旦那さま』ですので」

「それなら別に構わぬが」


 要は『店の若旦那』とか、そういう意味であろう。

 俺も冒険者をやっているからには『冒険者の若旦那』あるいは『結界屋の若旦那』とも言えないことはないからな。リーティアがガッツポーズしている理由は、よくわからないがな。あと、シンシア抱えて下着姿でシャワー室に向かうのはどうかと思うが。いや「旦那さま水くさい」って、何の話だ。


「…………むむむむむ」


 あと、フェンルよ、どうしてお前は俺の背中に爪を立てているのだ。

 幼女化どころか赤ん坊化してるのか、お前は。


「……ふみぃ、クロノさま……ぶろぶろさまぁ」


 フェンルには、上空40メートルまでのトランポリン上昇による移動は無茶だったか。

 俺は自分の『結界』を完全にコントロールしているが、フェンルたちは身を任せるだけだからな。怖がるのも仕方がないな。


「それにしても、すごい塔だな、ここは」


 この高さ、この大きさ。さらに屋上の庭園の美しさ。

 この世界の技術をはるかに超えているような気がする。


 これに匹敵するものといえば、400年前に存在した魔王城くらいか。

 あれは専門の魔人が作った逸品だが、人間にもこれほどのものが作れたとはな。『建築の魔人』もかたなしだ。やーい。


「……実は……お父さまは、この塔を、ご自分の力だけで設計したわけではないのです……」


 そんなことを考えていたら、結界の中からシンシアの声がした。

 シャワーを浴びたら、目が冷めたらしい。


「お父さまは、シンシアにだけ教えてくれました。お父さまは、あるところで手に入れた古文書(こもんじょ)を元に、この塔を設計したそうなのです」

「古文書、だと?」

「そうです。この塔の構造図と、設計図が書かれていたそうです。材料のくみ上げの手順まで。お父さまはそれを参考に、この塔を作り上げたとおっしゃっていました」

「たいしたものだな」

「……え?」

「いくら設計図があったとて、それを実際に造る気になるかどうかは、本人次第だ。シンシアのお父上は古文書を手に入れ、実際にそれを造ることを考え、権力者に話をもちかけ、実現したのだろう? ならば、お父上の功績で間違いあるまい」

「……クロノさま」

「俺も子どものころ、自作の『たからのちず』を書いて孤児院のベッドの下においといたことがある。実際にその宝を探すことを考え、ノエル姉ちゃんの目を盗み、実行したのはチビたちだ。ならば、チビたちの功績で間違いあるまい。あいつらが迷子になったのは俺の責任ではないのだ……」

「それはちょっと話が違うと思います!」


 そうか?

 あのとき、ノエル姉ちゃんに怒られて、俺はかなりへこんだのだが。


『たからのちず』には「さがすなよー。ぜったいにさがすなよー」って書いておいたのに。チビたちを村中探し回ったのは俺なのに、どうして怒らなければいけなかったのか、今でも理不尽に思っているのだが……。


「もしかして、お父上が塔の図面を焼き捨てたのは?」

「はい。他人が設計したということが、わからないように……というより、図面にも、そうするように書いてあったそうです」

「なんと素直な!」


 見習えチビたち。特にミリエラ。


「なるほど、父上はすばらしい方だな。実行力もあり、自分の力量を知っていて、さらには見知らぬ古文書の主の言葉に従う判断力もある。子爵の位を得たのもわかるな……」

「ありがとうございます……お父さまのことをそう言っていただける方に会えて、シンシアは……うれしいです」

「そんなに一生懸命、頭を下げることはないぞ」

「そ、そうですよね。おおげさですよね」

「いや、『結界』の壁は内側からなら通過するようになってるからな。シンシアの身体が鎖骨(さこつ)のあたりまではみ出してて、髪から水滴が飛んでくるのだ。あと、素肌を夜風に当てるのはよくない」

「────っ!?」


『結界』から身体を出してたシンシアが、慌てて引っ込んた。

 シャワー中だからな。湯冷めされると、看病しなければならなくなるからな。


「ク、クロノさまのおっしゃる通り、この塔がお父さまの仕事であることは間違いありません。シンシアは、どこまでが古文書の通りで、どこからがお父さまの仕事か、実際に見て確かめたかったのです」


 そう言ってシンシアは言葉を切った。

 たいしたものだ。その行動力、勇気。敬意に値する。


「では、俺たちは中を見学するとしよう。俺も探しているものがあるのでな。ここでなにか、手がかりをつかんでおきたいのだ」

「それなら、隠し部屋の開け方をお教えしましょう」

「なるほど。フェンルが手当たり次第に探って、塔を壊すかもしれぬからな」

「いえいえ、この塔の感想を、クロノさまからお聞きしたいだけです。って、フェンルさま、そんなにわんぱくなのですか?」

「シンシアが『結界』から上半身を出したときから、俺の背中をぽかぽか叩いているのだ」


 幼女化するとやんちゃ盛りになる癖はなんとかからぬか、フェンル。


「えっと、塔の隠し部屋は、紋章(もんしょう)が鍵になっております」


 そう言ってシンシアは、最上階隠し部屋の開け方を教えてくれた。

 屋上の階段を降りると、儀式のための広間がある。その東側の壁が、実は隠し扉になっているそうだ。

 壁のひとつに紋章のついた石があり、それを押すことで、隠し扉が起動する。その奥に隠し部屋があるそうだ。


「なにがあるのかは、シンシアも知りません。ただ、大切なものを長期間保存しておくものだと聞いています」

「となると、あるのは生物(なまもの)か?」

「わかりません。魔物ではないとは思いますが、十分にご注意を……」


 心配そうなシンシアに答えて、俺はフェンルを背負ったまま、屋上から最上階へと降りることにした。


魔人さん、塔の探索に向かいます。

そして彼が目にするものとは……

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