第62話「魔人、幼女と手をつないで塔を登る」
自治都市に着いた日の夜。
俺とフェンルとシンシア、リーティアは『静寂の塔』に来ていた。
「やはり、見張りがいるな」
「2人くらいですね。塔のまわりを回っています」
ずずーっ。
俺とフェンルはお茶を飲みながら『静寂の塔』を見上げていた。
塔の高さは、勇者世界の単位で40メートルくらい。各階の大きさは、普通の家くらいだ。
もっとも、部屋があるのは1階部分と最上階だけ。他の階にあるのは螺旋階段だけらしい。
「問題は、どうやって衛兵に見つからずに屋上に行くかだな。なにかいい案はないか? シンシア、リーティア」
「それどころではございません」
どうしたシンシア。
ベッドの影に座り込んで、息を潜めているようだが。
リーティアも隣にいるな。ふたりとも、ここでかくれんぼをしてどうするのだ?
「どうしてクロノさまも、フェンルさまも、そんなに堂々となさっているのですか?」
「ティータイムはリラックスして楽しむものだからだ」
「そうじゃなくて、ここ、塔のすぐ側ですよね?」
「正確には、塔のまわりにある公園の一角だな」
まわりには石畳が敷き詰められている。まばらに生えてるのは、木陰をつくるための街路樹だ。
もっとも、今は夜だから、人の気配はまったくない。
衛兵が塔のまわりを、一定間隔で回っているのが見えるだけだ。
「ですからどうして、塔の真っ正面でお茶をしていらっしゃるのですか!?」
「ここが、俺の張った『結界』の中で、『結界』には風景に溶け込むようにカムフラージュがされてるからだ」
難しい話ではないだろう?
もちろん、音声も『遮断』してあるから、声は外には漏れない。
こそこそするのは趣味ではないからな。堂々と、衛兵の隙をうかがわせてもらおう。
「シンシアお嬢様。少しは落ち着いてください」
「あなたもね、リーティア」
「私はすでに覚悟を決めています。お嬢様の夢を叶えるために、この身をささげる所存」
「……リーティア」
「その結果、何の成果も得られずに命を落としたとしても……まぁ、あのまま暴漢の手にかかるよりはましでしょう。自らの道を選んで生きた、それだけを誇りとするのも、お嬢様と旦那さま以外はすべて腐臭を放つ者だけだった貴族に仕えていた身としては、望外の幸福なのかもしれません」
「ごめんなさい。ほめられてるのかけなされてるのか、見当もつかないわ」
たぶん、ほめているのだと思うぞ。
リーティアが淹れてくれたお茶は普通に美味いからな。
彼女は冷静で、かつ、希望も捨ててはいないのだろう。
「さて、と、塔の屋上にあがる方法はふたつあるが、どっちを使うか……」
シンシアから塔の情報は手に入れてある。
中に入れる場所は2箇所。1階と、最上階。
1階には衛兵が詰めている。俺たちが入れるとしたら、最上階だ。あっちには鍵がかかっていない。空から入るなんてことは、想定されていないからだ。だから俺たちは、外から最上階へ登ればいい。
衛兵に俺の『結界』は見抜けないだろうが……動き出すとどうだろうな。
『結界』に風景を溶け込ませて、ふわふわ浮かんでいくのは、危険なような気がする。空気の流れや、気配で察する者もいるからな。そう考えると、ひとつ目の方法は却下だ。
ここは、素早く上がれる方法を選ぼう。
「次に衛兵が向こうに行ったら動く。準備をしておくがいい」
「なにをすればいいのですか? クロノさま」
「覚悟だけでいい」
俺は言った。
「4人とも、絶対に互いの手を放さない。その覚悟だけだ」
カウント開始。3・2・1……。
「衛兵が塔の裏側に回った。今だ!」
「行きます!」「参ります!」「行きましょう、お嬢様!」
『結界』を解除すると同時に、俺たちは走り出す。
めざすは塔の手前、約10メートル。
そこには新たなる『結界』が設置してある。
形は、おわん型。
大きさは、10メートル4方。
高さは地上、数十センチ。
俺たちは全速力で走り、勢いをつけて−−
「「「「せーのっ!」」」」
手を繋いでそこに、飛び乗った。
「『もふもふぷにぷに能力』全開!!」
うにょーん
『結界』が、俺たちの重みで、地面に向かって伸びた。
ほどよく伸びたところで、俺は『もふもふぷにぷに能力』を解除する!
ぱっちん!
「「「──────────っ!!!?」」」
縮んだ『結界』は俺たち4人の身体を真上へと、吹き飛ばした!
『勇者武術』を相手にしたときとは違う。
今回は方向も勢いも、すべて計算してある。もちろん、幼女の負担にならない速度で。
ひゅ────────っ!!
俺たちの身体は『結界トランポリン』の反動で、塔の真横を真上に向かって飛んでいく。1回目のトランポリンで跳んだ高さは、約5メートル。飛び上がった俺たちのと一緒に、トランポリン用の『結界』もついてくる。『結界』には偽装がかかってるから、衛兵が見ても風景に溶け込んでるはずだ。
4人の乗った『浮遊結界』だと、どうしても上昇速度が遅くなる。
人目につかないためには、手早く済ませる必要があったからな。
それに、ちびっこというのは絶叫系が好きなものだ。
『ジルフェ村』のチビたち……岩場から深い淵に飛び込んだりしてたからな。これは上下が逆になっただけだ。こうして見ると結構楽しい。下には『結界』があるから、地面に落ちることはないからな。
さてと。
「第2弾、いくぞー」
「ふわああああああい」「ひぃ……」「あはははははー」
勢いよく上がっていた俺たちの身体が、止まる。
直後、今度は真下に落ちていく。でも、すぐ下には『結界』がある。俺たちの身体をやわらかく受け止めてくれる。
うにょーん
伸びる伸びる『結界』が伸びる。『もふもふぷにぷに』で伸びていく。
そして──
ぱっちんっ!!
「「ふおおおおおおおおっ!!」」
フェンルとリーティアの口から変な声が漏れている。
泣き出さないのはたいしたものだ。
修羅場をくぐっているフェンルはともかく、シンシアもリーティアも……あ、シンシアは気絶しているのか。まぁいい。彼女の手は、フェンルとリーティアがしっぱりつかまえているからな。落ちなければそれでいいのだ。
すでに俺たちは塔の3分の1くらいの高さまで上がっている。下には声は聞こえまい。聞こえたとしても、衛兵ごときは手出しはできぬ。
俺たちはふたたび、勢いよく上昇している。
これをあと4回くらい繰り返せば、塔の屋上にたどりつけるだろう。
しかし、空に向かって飛び上がるというのは、なかなか気持ちのいいものだ。仰向けに上昇しているから、まるで星空が近づいてきているようにも見える。たまに娯楽として、実装してみるのもいいかもしれぬな。
「どうだフェンル。なかなか気持ちのいいものだろう?」
「そうだねおにーちゃーん。ふぇんるは、これ、きにいったよ。あははははは」
駄目だな。幼女化している。
リーティアの方はーー
「ひゃっはー! おじょうさま。見て見て。おそらがちかづいてきますー」
……どっこいどっこいだな。
さて、第3弾トランポリンを使うとしよう。せーのっ……。
そんなことを、あと4回ほど繰り返してーー
「ふぇんるはへいきだよへいきだよへいきだよー」
「………………」
「楽しかったです! すごかったですよね、お嬢様!」
俺たちはなんとか『静寂の塔』の屋上へとたどりついたのだった。
魔人さんとフェンルは、塔の中に入ります。
彼がそこで見たものとは……。




