第61話「魔人、武術大会にエントリーする」
自治都市についた俺は、とりあえず武術大会にエントリーすることにした。
『静寂の塔』に入れるのは、大会の優勝者だけだ。
裏技使って忍び込む方法はすでに考えてあるが、万が一ということもある。
保険はかけておいた方がいいだろう。
とりあえず、フェンルとシンシアとリーティアには宿屋で休むように言いつけて、俺は武術大会の登録会場に向かったのだが……
「すいません。登録枠はあとひとつしか残ってません」
受付の女性は、申し訳なさそうに言った。
いや、そんなに恐縮することはないのだ。遅れたのはこっちなのだからな。
「枠がひとつ残っているのなら、それで登録をお願いしたいのだが」
「あなたは初心者冒険者なのですよね? クロノ=プロトコルさん」
「そうだが?」
「……では、おすすめできません。危険すぎます」
「危険?」
「はい。残っているのは『スペシャルシード枠』と言いまして、すべての強豪と戦わなければいけない特別枠なのです。だから、みなさん登録したがらなくて……」
受付の女性は説明をはじめた。
自治都市の武術大会は、本来、最も勇気ある者を選び出すためのものだ。
そのために「とても敵わない相手に立ち向かう勇者枠」というものが存在する。
それが『スペシャルシード枠』で、そこに登録した者は、超ハイレベルな相手数人と戦わなくてはいけないのだという。
もちろん、それで勝ち残った場合は『シード選手に勝った』ということで、本戦は決勝からスタートになるそうなのだが。
「武術大会は遊びではありません。怪我人も多く出るものです。今回はあきらめて、次回の大会を待った方が……」
「ていねいな説明、感謝する」
「では!?」
「うむ。ぜひ参加させていただこう!」
「あーなーたーねーっ!」
受付の女性は声をあげて、それから「はぁ」とため息をついた。
「わかりました。登録しておきます」
「感謝する」
「もちろん、この武術大会は棄権もできます。本当に危ないと思ったら、棄権してもいいんですからね!? わかってますね!? はい。これが参加証です。危ないと思ったら捨ててくださいね! わかりましたか!」
親切な女性だ。
もちろん、この『武術大会』はあくまでも保険だ。
命をかけるつもりはない。
俺には『沈黙の姫君』と出会い、魔王ちゃんの遺産を手に入れるという目的があるからな。それまで死ぬわけにはいかないのだ。それに、ノエル姉ちゃんたちに招待状出しちゃったからな。孤児院のみんなを心配させるのは『クロにいちゃん』として気が進まぬ。
ふん……俺も人間らしくなったものだ。
だがもしも、本当に俺が武術大会に出ることになったとしたら──
……『魔人ブロゥシャルト』の本気を見せねばなるまいよ。
俺は声に出さずに言った。
この時代の人間をなめてはいない。強敵はどこにでもいるのだ。
魔人スキル全開で、互いが死なない程度に戦うこととしよう。
「で、クロノ=プロトコルさん。あおり文句はどうしますか?」
「あおり文句?」
「トーナメント表の名前の横に書く言葉です。一般的には、自分の強さを示すために、相手を威嚇するような言葉を書くことが多いですね。『金の剣は失われても、我が剣術は輝きを失わず』とか」
「では『もふもふぷにぷに強振動』で」
「……なんですかそれ」
「俺の、最も恐ろしい技のひとつだ」
「……はぁ、ではそれで」
受付の女性は台帳に、俺の名前と『もふもふぷにぷに強振動』を書き入れる。
それでエントリーは完了だ。
「では、大会は1週間後です。遅れないように来てくださいね? もちろん。危ないと思ったら棄権してもいいんですからね!? この『スペシャルシード枠』はそういうものなんですからね!? 忘れないでくださいね!!」
「ありがとう。感謝する」
親切な女性の声に送られながら、俺は登録会場を出たのだった。
──クロノが去ったあとの登録会場で──
「本当に大丈夫なのでしょうか。初心者冒険者さんなのに……」
「なにかあったのかしら?」
「ああ、これは『勇者格闘術』のモニカさん。実は『スペシャルシード枠』に参加したいという人がいらっしゃいまして」
「……ふっ、なめられたものね」
「あなたが初戦で当たることになります。お手柔らかにお願いしますね」
「相手の出方によるわね。で、名前は?」
「クロノ=プロトコルさんです。あおり文句は『もふもふぷにぷに強振動』で──って、モニカさんっ!」
「うがごげええええええええええ。ひゅええええええええええええええええっ。ぐごわはああああああああああああああああ!!」
突然、うずくまって激しくえずき始めた『勇者格闘術』のモニカに、受付の女性は声をあげた。
「やめてやめて揺らさないで気持ち悪い死んじゃうおえええええええええっ!」
ふるふるふるふるっ!
そのまま両脚を抱えたまま、『勇者格闘術』のモニカは震え出す。
「な、なにがあったんですか!? 振動にトラウマが!?」
「いやああああああああっ! 頭を揺らされるのも真上に飛ばされるのももういやあああああああああっ! 棄権する。棄権するからゆるしてええええええええええええっ!!」
「そ、そんな!? 優勝候補の一人が棄権を!?」
「おいおい。なにがあったんですかねぇ?」
騒ぎを聞きつけたのか、登録会場に別の男性が入って来る。
「これはこれは。あなたまで参加者の様子を見に?」
「まさか。私の優勝は決まったようなものですからね。それで、モニカはどうしたんです?」
「はぁ。『スペシャルシード枠』の参加者のことをお教えしたら、こうなってしまったんです」
「はっ! 『勇者武術』の一員ともあろうものがだらしない!」
男性はあきれたように吐き捨てた。
「それで、何者なのですか? 『スペシャルシード枠』に登録したという、身の程知らずは」
「はい。クロノ=プロトコルさんという方で……って、ちょっと、コリントさん!?」
ふるふるふるふるふるふる。
「こわいこわいこわいこわい。『多頭竜乱舞』が見切られてるこわい。『禁忌の森の主』のまぶだちこわい。こわいこわいこわいこわいこわい。無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理たたかえないいいいいいいいっ!! きけんするぅうううううううっ!!」
「ちょっと。コリントさん!? 『勇者槍術』のあなたまで!?」
──ころん。
受付の女性が叫ぶ中、登録会場のテントの外から、小さな札が飛んできた。
『武術大会』の登録証だ。
書かれている名前は『ミハエル=ランゲルス』。シード選手の一人だ。しかも、登録証はまっぷたつに折られている。その上、名前には大きなバッテンが書いてある。棄権の表明だ。
「『勇者剣術』のミハエルさんまで!? ちょっと! どこに行くんですか!? シード選手がほとんど棄権しちゃったら、武術大会が成り立たないでしょう!? ねぇ!!」
受付の女性は叫んだ。
けれど、ミハエルの姿はすでにない。
『勇者格闘術』のモニカと、『勇者槍術』のコリントは、床にうずくまって震えるばかり。
「……おい。『勇者武術』の3人が棄権するって……」
「……それほど恐ろしい相手なのか、おい」
「……冗談じゃねぇ! 命あってのものだねだぞ!!」
さらに、登録会場にいた他の参加者たちまでざわめき始める。
人々は『クロノ=プロトコル』についての噂を話し出す。
・幼女好き。
・山ダンジョンでゴブリンロードを瞬殺した。
・山ダンジョンで数日過ごしたあと、お肌つやつやになって帰ってきた。
・彼の通ったあとには、なぜかお菓子が残っている。
・彼の配下の幼女が、岩を通過できる。
・ダークバッファローをぶん投げた。
・宿に泊まってるのを見たことがない。
・だったら野宿しているはずなのに、現場を誰も見たことがない。
・たまに幼女が街道沿いで謎の体操をしている。
・幼女以外には容赦しない。
神出鬼没、所在不明。
しかしいつも健康そのもの。彼自身も幼女も、疲れたり暗い顔をしているのを見たことがない。
どうして強いのか、どういう力を持っているのか、情報がまったくない。
対処の立てようがない。
はっきりしているのは『勇者武術』を恐れさせるほどの存在だということ、それだけだった。
「騒がしいでありますな? なにかあったのでありますか?」
「ああっ。『勇者短剣術』のナナミさま!」
登録会場にやってきた少女を見て、受付の女性は救われたような顔になる。
「あ、あなたは棄権なんかしませんよね!?」
「棄権? する予定はないでありますよ? せっかく『勇者補助金』をもらえるようになったのでありますから」
「クロノ=プロトコルという名前を聞いても、ですか?」
「クロノさまの? ふむー」
ナナミは顎に手を当てて、少し考え込むような仕草をして−−
「棄権はできませんな。そんな失礼なこと、できないであります」
「ですよねえええええっ!」
「でも、勝てる気もしないでありますが」
ぴしっ。
少女ナナミの言葉が、受付会場の空気を凍り付かせた。
「あのお方に勝てる者など、現世にはいないでありましょう。自分だって、せいぜい胸を借りる程度であります。まぁ、本当に運が良ければ、短剣の一太刀くらいは入れることができるでありましょうが、そのまえに吹き飛ばされているでありましょうな。ふむ……そのようなぶざまなところ、あのお方に見せたら軽蔑されてしまいますな。前言撤回であります。やはり棄権を…………あの、ちょっと?」
ナナミの言葉を遮るように、人々が受付に殺到する。
『棄権』『やめる』『死にたくない』『いくらなんでも無理』−−そんな言葉が登録会場を満たして、割れた登録証が宙を舞う。
そして、騒ぎが過ぎ去ったあとには……。
「……ど、どうしましょう。大会、どうなるんですかあああああああっ!?」
「あれれー?」
呆然とする女性とナナミと−−
「やめてやめて揺らさないでこわいこわいこわいこわい……」
「槍術が通じないどうしようこわいこわいこわいこわい……」
いまだ震え続ける『勇者格闘術』のモニカと、『勇者槍術』のコリントだけが残されたのだった。
そうして魔人さんは『静寂の塔』の探索に向かいます。
彼が考えた、らくちん探索方法とは……。
明日も更新する予定です。




